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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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 昼食中、トイレに行った響司が美術準備室に戻ろうと廊下を歩いていると、紀里香が腕を組んで扉の前にもたれかかっていた。


 他の三人が紀里香を追い出すはずがないので、紀里香の意志でいることになる。


「何かあった?」


 先に口を開いたのは紀里香だった。響司は返答しようにも、心の中で引っ掛かっている部分があって困ってしまう。


「何かって?」


 出てきたのは、誤魔化すような質問返しだった。


 むすっとした表情のまま紀里香は響司の長い前髪を左手で持ち上げた。


 怒った顔でも顔立ちが整っていると別の意味で目を合わせづらい。とはいえ、前髪をもたれているので、どう目線を動かしても、アップの紀里香が視界に入ってくる。


「こっち見なさい」

「無理むりムリ!」


 紀里香が空いていた右手で下から響司の顎と頬を固定してくる。


(力……強くない?)


 女の子に力がない、という思い込みはいけないらしい。


 紀里香の疑り深い目が、響司の視界を埋め尽くす。直前までしていた緊張とは別の緊張がやってくる。


「やっぱりね」


 呆れたように紀里香は吐き捨てると、響司の髪と顔を放した。同時に耳に入る、風鈴の音。寂しそうな音が一回だけ鳴った。


「よくわからないけど無理してるでしょ」


 確信めいて言う紀里香に響司は首を傾げる。


「そうなの?」


 紀里香の額に大きな青筋が見えた。


「そうなの、じゃないでしょ。自分のことでしょ!」

「鼻をつねらないで!?」


 トナカイよりも赤くなっていそうな鼻を押さえて響司はしゃがみ込む。


「日が経つにつれて逢沢さんが攻撃的になっている気がする……」

「遠慮してたらまたあの暗い顔されるんでしょ。同じクラスだから嫌でも目に入るわよ」

「そんなに僕を見ることあるかな? 席、一番後ろだよ? いえ、はい……アリマスヨネ」


 悪魔よりも恐ろしい目つきを一瞬だけした。本能的に逆らってはいけないと理解する。


「で、今回もヨルさん絡みなの? 『烙炎』がどうのって昨日メッセージ飛ばしてきたけど」

「ヨル絡みと言えばヨル絡みなんだけど……」


 状況の伝え方に迷い、響司は首を揉んで下を向いた。


「最近ニュースになってる不自然な焼死体。あれは『烙炎』っていう危ない悪魔がやってるんだって。その悪魔はヨルに恨み持ってて、戦うことなるって」

「それで?」

「僕も戦う」


 紀里香の顔色を下から窺うと、酷く冷たい目をしていた。


「誰かが傷つくから?」

「わかんない。傷つく人を見たくないって言うのもあるんだけど、ヨルを死なせたくないからっていうのもあるから」

「『烙炎』っていうのはヨルさんが負けちゃうかもしれないぐらい強いんだ」

「どっちが強いとか聞いてないからわからないけど、ヨルが死んだら……ヨルの記憶が消えちゃうってさ……」


 もし記憶がなくなった後、また平然と日常にいる自分の光景。きっと忘れてしまった自分はまた晴樹たちと笑っているのかと思うだけで心地が悪い。


 ヨルがいたことを知らない、気付かないことが恐ろしい。


「怖いんだよ……。ヨルにとって記憶が消えるのが当たり前らしいから何とも思ってないし、僕も学校にいるときはただの学生で……。ヨルが近くにいたとしても、いないものとして扱わなくちゃいけないんだ。それが普通だから、って……」


 一度吐き出し始めたら言葉が止まらない。


「あぁ、そうか……」


 昼食を食べる直前に感じた違和感の正体が分かった。


 ――ヨルがいないことに不安しかないのだ。


 ヨルが消えても響司は認知できない。だからこそ、落ち着かない。日常の中で笑っていた自分が嫌いになりそうだった。


「記憶が消えるってそんなことあるの?」

「前に図書室で話した悪魔の話、覚えてる?」


 響司の質問に紀里香は口元を手で隠した。次第に目を細めて頭を抱え始める。


「図書室で何か、手芸の話をしたのは思い出せるの。でもなんでそんな話になったのか思い出せないわ……。嘘でしょ。忘れてるの?」

「その話のキッカケとして消えた悪魔――グラムの話をしたんだよ」

「なんで刹那くんだけ悪魔のこと覚えてるの?」

「契約者は例外らしいよ」

「他に私が忘れてることない?」


 記憶を失ったことを疑うことなく紀里香は響司の両肩をつかんで尋ねてくる。


 グラムと会って、魂を剣の形にして見せてもらったことも忘れてしまっているらしい。


「一度グラムに会ってることかな」

「そうなのね。覚えてないわ。恐ろしいわね。刹那くん言われるまで図書室で話したことすら忘れてたもの」

「時間が経って忘れるだけならいいんだけど、ヨルの存在がなかったことになるのが嫌なんだよ。ずっと頭の隅っこでそのことが残ってて、顔に出たんだと思う」


 響司は左手で右の二の腕についている黒い輪を服の上から確認した。


「話したらちょっと楽になった。ありがとう」


 立ち上がって響司は美術準備室の扉を開けた。


「遅いぞ。俺は食べ終わっちまったぞ」

「紀里香んと何してた吐け! 吐くのだぁー!」

「さっきよりも騒がしいのでは?」


 三人はそれぞれの出迎えをしてくる。その奥、窓の外にヨルがいた。


 日常の中の非日常。大切な非日常。


(忘れない。何があっても忘れてやるもんか。『烙炎』も倒して、またヨルと退屈しのぎをするんだ)

家族がコロナになり、看病をしているので更新が乱れます。

おそらく来月の中旬まで……。

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