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響司は出来立てのオムライスとケチャップをトレイに載せてリビングに行くと、ヨルが新聞を左手にニュース番組をじっと見ていた。
グラムの一件が終わってから、ヨルはニュースや新聞を使い、世間の情報を集めるようになっていた。難解な漢字やカタカナの横文字の意味が分からず、質問してくることがある。
質問される記事の内容は偏っていた。
「原因不明の人体発火現象についてです」
淡々とした男のニュースキャスターの声だけが静かなリビングに広がった。
「突如、身体が燃焼し始める不可解な現象が立て続けに発生しています。発火開始から一分前後で人体は炭のように黒く、そして砕けてしまうとのことです。専門家に電話で尋ねたところ『人体が内側まで炭化するのは時間がかなり必要で、間違っても一分で炭化するなんてありえない』とのことです」
音を出さないように響司はテーブルの上にトレイを置く。ケチャップの蓋を開けて、オムライスの薄焼き卵の上にケチャップをジグザグに落としていく。
「現在判明している被害者は十六名。そのうちの半数が遺体の状態が酷く、身元特定が出来ていないようです。警察や消防隊が今後、どのように対応していくのかは未発表のままです」
ヨルは新聞を床に投げ捨てる。
「十六……か」
納得がいかなそうに被害者の数を口にした。
「このニュースずっと追いかけてるけど、もしかして悪魔関連?」
響司はスプーンでオムライスをすくい、口に運ぶ。
「是だ。『烙炎』という悪魔がおってな。己の力を人間に植え付け、魂を吸いつくすのだ。吸いつくされれば魂のない肉体は燃え尽きる」
力を持つ悪魔の証とも言える忌み名をヨルが呼んだことに響司は目を何度も瞬きさせる。グラムが消えてしまった戦いの中で、忌み名持ちが現れたとヨルが言っていたのを忘れていなかった。忘れられるはずがなかった。
「もしかしてグラムが消えちゃったのに『烙炎』は関係してるの?」
「しておる」
オムライスをすくいあげたスプーンが口へ運ぶ途中で止まる。響司はスプーンを皿の上に置いて、ヨルの方に身体を向けた。
「悪い悪魔、だよね」
「人間に仇為す行為を悪と呼ぶのであればそうなる」
ヨルは左手の4本の爪の先をこすり合わせて、響司の眼前に黒と白の二本の糸を垂らされる。
「『烙炎』を狩るなら黒を握れ。手を出さぬのなら白を握れ」
響司は黙って黒い糸を右手で強く握った。黒い糸が蛇のように響司の腕を這いずり、二の腕に黒い輪を作った。
「てっきり危険だから近づくなとか言うと思った」
「止めたところで小僧はワシの話を聴かぬ。聞かぬなら手綱を握る他あるまい」
「僕、ヨルの契約者だよね? 犬じゃないよ? なんでそっぽ向くのさ」
半眼で抗議する響司。
ヨルは小さく、そして鼻で笑うような音を漏らした。
「小僧がやる気がなかったとしても、ワシだけで狩るつもりだった」
「グラムの敵討ち?」
「どちらかといえばライゼンとワシの尻拭いだ。『烙炎』は一度ライゼンが封印した悪魔だからな。ワシが喰っておればよかったのじゃが、ワシが近くにおらなかったからライゼンが封印しおった。封印が強固だった故、放置したが何らかの拍子に封印が破られたのじゃろうな」
「因縁があるってことね」
「ワシからしたら迷惑極まりないが、ちょっかいをかけてくる気満々じゃな。はるばる遠方からワシを探してきたのだからのう。のう」
『烙炎』の行動とライゼンとヨルの関係性から、響司は力を蓄えてから『烙炎』はヨルに復讐しようとしているのではないか、と予想を立てる。
力。つまり人間の魂をこれからも吸い続ける。
悪魔の存在を知らなければ他人事で、どうでもいいことだった。
――今は違う。
『烙炎』に倒され、喰われてしまえば、ヨルと過ごした時間が、退屈ではなかった時間が無かったことになる。
誰かの命が無暗に絶たれることよりも響司にとって、グラムの記憶を失った智咲のようにヨルとの記憶を失うことが身近で何よりも怖かった。
「早めにどうにかしないと被害が広がっちゃうね。逢沢さんにもあとで連絡しておくよ」
「しかし便利な世の中になったものじゃのう。知らぬ情報が素早く簡単に手に入る。ライゼンと行動していた時は何日も情報収集に時間がかかったものだ」
床に置いた新聞紙をヨルは爪でつついた。
無邪気に現代の除法スピードの速さに感心しているヨルの姿を目に焼き付ける。
(忘れない。絶対に)
草食動物の骨と黒い靄。靄から生えた細い骨の腕。
時折、見せる悪魔らしくない言動。
――今ここにヨルは確かにいる。
悪魔の横で響司はスプーンを手に、オムライスを頬張るのだった。
また二~三日に一回更新していきます。
体調崩したら休むと思う。




