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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
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21

 ヨルとグラムにとって、黒い靄の身体しか持たない悪魔たちはいないも同然だった。


 攻撃を工夫する腕や足、悪魔最大の武器である能力も使えないギリギリ人間の世界にいるだけの悪魔たちは脆い身体で突撃してくるだけ。


 ヨルは糸で悪魔を縛り、消滅するまで搾り上げる。グラムは能力で作り出した氷を足場にして、剣を振るう。


 病院の屋上でヨルとグラムが合流する。


 消滅していく悪魔たちの中でヨルは舌打ちをした。


「減った分だけ増える。しかもところどころ肉体を持つ悪魔がおるぞ」

「ただ倒すだけであレバ、造作もないことデス」


 横目でヨルはグラムの姿を見た。


 美しかった空色の鎧にヒビが入り、砕けていた。グラムの握るショートソードはレイピアと見間違えるほど細くなっている。


 ――限界だった。


 力を持っているとはいえ、契約者なしに幾度も幾度も悪魔と戦っていたグラムはいつ消えてもおかしくなかった。


 延命を願い、病院の守りを手伝い、グラムに悪魔を喰らわせていた。


「良いのだな?」

「二度も守れないのは契約悪魔の名折れデスカラ」


 今にも折れそうな剣をグラムは前に構えた。


 まだ空に沸き続ける悪魔たちを見たヨルはあるはずのない右手を睨んだ。


(右手が使えればな)


 響司を助けたときに出した右腕は今は出してはいけない。出せば響司の魂が間違いなく乖離する。悪魔の大群の中、魂をむき出しにするのは、空腹の肉食獣の前に生肉を放り込むようなものだ。


 契約を切っていたからこそ、前は己の力を削って、右手を作り出した。今は響司と繋がっている。力を無理やり引きだそうとすれば、負担はすべて契約者である響司にのしかかる。


「ヨル様、貴方は絶対に無理をしないで下サイ。セツナ様を守ることをお考えヲ」

「貴様が言うか、『雹剣(ひょうけん)』」

「これがワタクシが思い描いタ契約悪魔像なのデス。殺さズ、壊さズ、契約者に寄り添う存在。理想の悪魔像デス」


 不機嫌な空気を隠さなくなったヨルの左肩にグラムは手を置いた。


「いざとなったら、セツナ様を連れて逃げて下サイ」

「誰が逃げるものか。ワシは願いを叶える悪魔だ。誰の願いも潰えさせはせぬよ」


 二体の悪魔が話していると、下から何かに弾かれる音がした。


 響司の結界だ。病院に入り込もうとしている悪魔を外に追い出したらしい。


「小僧も戦っておる。今ここで貴様を置いて逃げてみろ。ワシは一生恨まれるぞ」

「それは困りマスネ」

「まったくだ」


 ノイズが一瞬だけ背後で鳴った。ヨルは咄嗟にグラムを左手で押して、自分は身体を左に引く。


 黒炎の槍がグラムの立っていたところに突き刺さった。


 燃え盛る槍は屋上に焦げ跡を作って消滅する。


「出てこい『烙炎』! ワシに用があるならワシだけを狙えば良かろう! のう! のう!!」


 悪魔に染まった空に響くヨルの怒号。


『烙炎』の声が帰ってくることなく、体勢を崩したヨルとグラムに悪魔たちが突撃してくる。ヨルの目の前には五体。腕だけ生やした悪魔もいる。


 悪魔の質が上がってきている。喰えれば力は多少戻るだろうが、喰らっているところを横から『烙炎』の槍が狙ってくるかもしれない。


「まったく、ワシを怒らせるのが上手い雑魚共だのう!」


 ヨルは左手から出した糸を硬化させる。そのまま爪の延長のようにして切り裂いた。


 腕を生やした悪魔が一体、糸を弾いて懐に潜り込もうとしてくる。ヨルは身体を浮かび上がらせ、左手の爪で細切れにする。

 

 回復する隙がないので、糸の強度が下がっている。


「平気か」


 グラムは氷の壁を作って悪魔たちを閉じ込めて攻撃を凌いでいた。


 無事かと思いきや、グラムの剣が音を鳴らして落ちた。右腕が砕けて粉雪のようになり、舞っていく。


 左手で握ってグラムは立ち上がる。


「人間の言うご老体というのはこういう姿かもしれまセンネ……」


 強がっているが、グラムは立ち上がるだけで苦しいはずだ。肉体持ちの悪魔にとって、肉体の崩壊は力がもうない証拠なのだから。


「下らぬ下らぬ下らぬ下らぬ下らぬ下らぬ!」


 弱ったグラムの声が聴こえぬようにヨルは大声でかき消そうとする。


 ライゼンが死んだときと同じ感情が湧き上がってくる。怒りと悲しみと憎しみが混ざった名も知らぬ想い。


 二度と味わうものかと誓ったはずの感情だった。


 また耳障りなノイズが鳴った。ノイズの方角からまた炎の槍。着地点はどう見ても、足取りがおぼつかないグラムの背中だ。


 ヨルは左手の糸を出せる限り出して、炎の槍を絡めとる。


 糸が何重にも巻かれた炎の槍は槍を構成する炎を推進力としているのか、ヨルの静止を拒み続ける。ヨルの左腕は今にも、もがれそうだ。


 歯を食いしばりながら、耐えるヨル。しかし、相性が悪すぎた。


 糸が炎に燃やされていく。糸を追加しても追加しても追いつかない。


 ヨルの左腕に何かが噛みついた。


「今は来るな雑魚共が!」


 のしかかる黒い靄がヨルの身体を重くする。力が悪魔たちに吸い取られていく。


 炎の勢いは止まらず、そのまま糸が焼き切られていく。力を譲渡したことが裏目に出始めていた。


「次の糸が、出せぬ……! グラム、逃げよ!」


 グラムは逃げるどころか、ヨルにまとわりついていた悪魔たちを斬り伏せていた。


 斬ることすら困難であるはずのレイピアのような剣で斬る技量は流石だとヨルは感心する。しかし、同時に何故助けた、という疑問が浮かぶ。


 ヨルの目の前で、グラムの剣は折れてしまう。


 氷の足場を作る力も残っていないらしく、グラムはそのまま落下していこうとしていた。


 ヨルが慌ててグラムの左腕を握る。鎧も原型を保てないらしく、握った箇所から空色の粉が散る。


「何をやっておる! 消えたいのか!」

「ヨル様にはセツナ様という契約者がいマス……。ワタクシにはおりまセン。残るべきハ、貴方だ!」


 グラムの左腕から力が流れ込んでくる。ヨルが渡した力の何倍もある力が、拒む暇を与えずヨルの中に流し込まれる。


 ヨルが手を引こうとも、グラムの手が力強くつかんで逃がそうとしない。


「何をしている離せ!」

「ヨル様はワタクシの願いを叶えて下サルと言いマシタ。代価を、受け取って、クダさい」


 空色の騎士はヨルの黒い靄の身体に溶け込んでいく。

 

「だから、だから嫌いなのだ! 貴様らのように他人のために存在を散らす奴らはっ!!!」


 ヨルの右腕が姿を露わにする。黒い毛に生傷の跡が残る大きな右手。左手とは違って、獣らしさが残る手。


 左手の爪から黒い糸を出し、片手で編み上げていく。


 編みあがったのは漆黒のハープ。右手で抱えて、左手の爪でハープの弦を一本鳴らす。


 音と同時に広がっていく黒い世界。ヨルが作り出した結界だ。


「お主ら、聴いていけ。今のワシの魂鳴りを」


 ハープの弦に二回、爪が触れた。


 音は無く、結界が揺れる。結界に飲み込まれた悪魔たちの身体が結界と共鳴するように揺れた。


「――弾けよ」


 またヨルがハープを鳴らす。今度は綺麗な音が奏でられた。悪魔たちが次々に内側から爆発するように消滅していく。


 病院を囲んでいた悪魔の半数が一度に消滅した。


「ワシの魂鳴りが聴こえたらなら早々に去るがよい。去らぬというのであれば貴様らの身体にワシの音を叩き込もうぞ!」

「あぁ、怖い怖い。『夜兎(ようさぎ)』ってば急に本気だすんだからさ。ねぇ、『雹剣(ひょうけん)』はおいしかった? ねぇねぇ、おいしかったから右腕が戻ったんでしょ?」


 挑発してくる『烙炎(ラクエン)』の声。声は槍を放っていた場所と同じ方角だった。


 ノイズの方角へヨルはハープを奏でる。空気が振動し、弾となって直進する。


 狙った場所を空の上からのぞき込むように確認すると、燃え尽きた人間が道の真ん中で横たわっていた。悪魔に乗っ取られた人間の最後だった。


 本体は索敵範囲外にいるらしい。


 やり場のない感情を胸に病院の屋上に戻るヨル。グラムの剣の握りが屋上には転がっていた。手に取って、ヨルは黒い靄の身体に押し込む。


「ああああぁぁぁぁぁ!!」


 ヨルは獣のように叫び、まだ病院の周りをうろついている悪魔たちを爪で切り裂き、ハープの音色で消滅させていく。


「何故だ! 何故だ! 何故だぁぁぁぁ!!」


 ヨルの咆哮は悪魔をすべて消滅させるまで続いた。

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