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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
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18

 ―― ◆ ―― ◆ ――


 太陽の沈んだ街をグラムは跳躍する。

 

 向かうは智咲のいる病院。


 足元で光る街灯や店の広告を下にして、建物の屋根や屋上を足場にして跳んでいく。一定の間隔で近づく夜空には雲一つなく、三日月がずっと顔を出している。


 夜でも明るい街から離れたところに病院がある。同じ街でも病院のあたりだけは妙に暗かった。


 病院の塀をつま先で踏み、最後の跳躍をする。

 入院患者のいる病棟の上に黒い靄に白い頭蓋骨が鎮座して、空中にいるグラムを見上げていた。


「昨日よりも遅かったではないか」


 智咲を守っていたヨルは空を見上げたままグラムに話しかけた。


「申し訳ありまセン。学校で指輪が完成できなかったのデ、セツナ様の家で作らせていただきマシタ」

「通りで昨日と戻ってくる方角が違ったか」


 グラムはヨルに歩み寄って、右手で握りしめていたビーズの指輪を手の平にのせて見せる。


 宝石に見立てられた緑色のビーズが長方形になっており、エメラルドを彷彿とさせる。リングには透明なビーズにワンポイントとして水色のビーズが入っている。誰でも指輪と答える形になっている。昨日の指輪の出来を知っている者からすれば雲泥の差だった。


 ヨルの頭蓋骨の奥にある赤い瞳が動き、横目で指輪を流し見た。赤い瞳は指輪の次にグラムに向いている。


「どうかされマシタカ?」

「あまりにも貴様が浮かれているのでな」

「まだこれからデス。明日、セツナ様に協力して頂いただいて、指輪をチサキ様に渡しマス」

「小僧とグラムで話がついているならワシは従うまでのこと。しかし、これからと言いながら貴様の足は喜びを隠せぬらしいな」

「足、デスカ?」


 グラムが自分の足を見つめる。人間でいう太ももから、つま先まで空色の鎧が纏われている。グラムにとって当たり前の状態だった。


「足音だ。馬鹿者。いつもは遅く、静かな癖に先程は早く騒がしかったからのう。のう」

「ワタクシの感情を読み取るのはヨル様以上に分かりづらイと思っていたのデスガ、こんな方法があったトハ」


 グラムは軽く足踏みをして鎧を鳴らす。


「ワシは音の悪魔だぞ。それ抜きにしても鎧で顔を隠す貴様より骨だけのワシの方が感情を隠すのは上手いだろうがな」


 嘲笑するヨルをグラムは否定することなく、首を横に振った。


 笑っていたヨルの声が急に止む。真剣な空気を放ちながらヨルは空を飛んだ。


「雑魚共がくるぞ。今までで一番数が多いか」


 グラムの警戒範囲にも悪魔の気配はまだ入っていない。


 ヨルの感知範囲の広さはグラムも知っている。信用に値する言葉だった。


「さすが、音の悪魔『夜兎』デスネ」


 遠方の空が一段と黒く染まっている。


 黒い靄の中に完全ではないが、悪魔としての靄以外の形を持つ者も混じっている。


「それなりに力を持っていそうな悪魔もいマスネ」

「いくつか知っている音があるのう。おそらくワシの客人も混じっとる。貴様が『夜兎』の名を外で出すからだぞ」

「こんなに早く嗅ぎつけてくるものなのデスネ」

「ワシに恨みを持っとる悪魔は数え切れぬ。餌場をいくつも破壊し、人間を襲うため徒党を組んでる馬鹿共を喰ったこともある。悪魔からすればワシは同族でありながら敵だ」

「ワタクシにとっては心強い味方デス」


 グラムが素直な感想を伝えると、ヨルは嫌そうな空気を溢れださせる。


「合点がいった。小僧の気持ちが分かった気がするのう。のう」


 ヨルは小言の後、空を飛んで悪魔の群れに突っ込む。


 左手の爪から糸を出し、鞭のようにしならせて、器用に立ち回っていく。


「ワタクシはまたこちらで守るべき者を守りマショウ」


 グラムは鞘からショートソードを抜いて、苦笑するような声を漏らした。


「短いデスネ」


 ヨルの攻撃を避けてきた悪魔たちが病院のエントランスまでやってきていた。


 グラムは悪上から迷うことなく飛び降りて切り伏せる。


 まだ目の前にいる靄が二つ。


 一つを横に切った後、勢いそのままに突きを出す。靄には一歩届かず剣先が靄を貫けない。逃げようとする靄をグラムはフルヘルムの中から睨みつけた。


「逃がしまセン!」


 さらに姿勢を低くして前に出した右足のつま先に力を入れて、飛び込むように前進する。


 ショートソードは靄を貫き、黒い靄が霧散する。


 倒した悪魔が完全に消滅する前にグラムはショートソードで吸収していく。しかし、剣の長さは変わらない。


「ふむ。困りマシタネ……」


 想定している感覚と剣の長さの違いに戸惑いながらも病院に寄ってくる悪魔を確実に狩っていく。


 すべてを狩り終わる頃には日が昇り始めていた。


「やれやれ、次から次へと湧いてきおって」


 愚痴りながらヨルは消滅しかかっている黒い靄を糸で縛ってグラムの前に戻ってきた。


「ほれ、喰うといい」


 地面に置かれた黒い靄たちの正体は形ある悪魔の一部だった。まだあやふやながら手や足に見えなくもない黒い物体たちが地面に次々にばらまかれる。


「よろしいノデ?」

「どうせ指輪を作るのに小僧に憑依でもしたのだろう?」


 見透かしたようにいうヨルにグラムが顔を下にした。


「ヨル様という契約悪魔がいるのに彼の言葉に甘えマシタ……」

「構わぬ。嫉妬深い契約悪魔が勝手に憑依や多重契約を良く思わぬだけだ」


 響司の提案は悪魔にとって、浮気のようなものだった。憤慨する契約悪魔であれば契約を切ったり、一時的に人間に嫌がらせをする。


 グラムは響司の身を案じていたが、ヨルはまったく気にしていなかった。、


「それに、本来憑依は憑依した相手の魂を吸い、じっくりと支配するものだ。貴様は己の身体が消えゆくことを分かっていながら小僧の魂を喰らわなかった。『欲無し』とはいえ雑魚を喰らうよりも力を得れたのにも関わらずな」

「喰らえばワタクシはただの悪魔になってしまいマス。そしてカイ様に顔向けできなくなりマス」


 ヨルが持ってきた悪魔の一部にグラムは剣先を向けて、吸収していく。


 美しい空色のショートソードに禍々しい漆黒の煙がすべて吸い込まれ、糸に縛られた悪魔の一部が消える。


 ショートソードの長さは伸びる。


 グラムは感覚を確かめるように何度も素振りをする。縦、横、突き。様々な構えから繰り出される攻撃は朝日に反射した空色の光が残像のように残る。


 素振りを止めたグラムはしきりにショートソードを上から下まで眺める。


「まったく、なかなかどうしテ……」


 鞘にショートソードを収めたグラムは右手を胸に置いた。


「ヨル様、一つ頼み事をしてもよろしいでショウカ?」

「小僧ではなくていいのか」

「えぇ、ヨル様にしかお願い出来ないのデス」

「悪魔が悪魔の願いを、か。代償は頂くぞ」

「もちろん。お支払いいたしマスとも」


 落ち着いた声でグラムは願いを口にする。


 ヨルは黙って聞き、大きく頷いた。


「承知した。貴様の願いは必ず叶えよう」


 夜明けを病院の屋上で迎えた二体の悪魔の契約は静かに成立するのだった。



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