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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
交差点の悪魔
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 ―― ◆ ―― ◆ ――


 流星のごとく黒い影が夕暮れの空を流れる。

 

 ヨルは一直線に悪魔のいる場所へ空を飛んでいた。呪いの交差点に近づくにつれて住居から背の高い店舗へと建物が変わっていく。


 呪いの交差点が視界に入ったところで、ヨルは速度を落とす。


 二つの黒い塊がヨルを待ち構えるように浮かんでいた。


「キサマ邪魔」


 左の黒い塊から声帯を壊してしまったような声にヨルは鼻で笑った。


「言うではないか。己で人を狩ることも出来ぬ雑魚共め」

「人間ノ下僕ニナッタ分際デ何ヲ言ウ」

「本来の姿をまともに保てぬ野良悪魔風情がよう吠えよるわ。貴様らのような雑魚を相手する気はないのだがな、綺麗な魂鳴(たまな)りをさせる娘を喰らうというのなら容赦せぬぞ」

「魂ヲ喰ラウハ本能。理解ニ苦シム。同胞デアル事ヲ嫌悪スルゾ」

「同胞だと? 思ってもいないことを口にするな。契約悪魔と貴様ら野良悪魔は根本が違う。人の欲望と魂を喰らうことしかしない貴様らと同じはずがなかろう」


 険悪な空気が色濃くなっていく。

 ヨルには悪魔たちの本心が聞こえていた。


 ――娘を喰ったら、貴様を消滅させてやる。


 笑いを堪えきれなくなったヨルは左手を黒い靄から出して、長い四本の指で顔を覆った。骨の指の間から二体の悪魔を見据えた。


「貴様ら、ワシを喰えると思っておるのか。めでたいのう。のう」


 遠くで動く音があった。紀里香の魂鳴りだ。

 

(ふむ。約束の時間か)


 ヨルの身体の中心の靄から黒いものが生える。右腕だ。左が腕も手も骨だけなのに対して右腕には肉があった。肘の曲がり方は人間と同じ。艶のある黒い毛が生えている。しかし、無数に小さな切り傷があり、深い傷のところだけは毛がない。


 ヨルは右腕を伸ばした。

 

 黒い塊を二つとも掴むつもりだったが、一つには避けられてしまう。


 掴んだ黒い塊を顔に持っていき、飲み込む。骨の顔のどこに吸い込む能力があるのか、響司がいたら疑問を投げかけられていた。


「起きてからの初めての食事だ。馬鹿な人間がいたから病院では喰いそこなっておったからな」

「『同族喰ライ』メ!」

「懐かしい響きだ」


 ヨルは一瞬で残っている黒い塊に近寄り、右手で捕らえる。最初に捕まえた悪魔は言葉を発することも暴れることもなく喰らうことができた。おそらくは死にかけ。


 右手の中で暴れまわる二匹目にヨルは見えない舌なめずりをした。


「喰われる前に聴いていけ。ワシの名はヨル。貴様らが忌み嫌う契約悪魔よ」

「黒イ毛ノ同族喰ライ……。ソシテ『ヨル』。ソウカ、『ライゼン』ノ悪魔カ!」


 ヨルは久方ぶりに聞いた『ライゼン』の名前に心を震わせた。


「ハハハハハハ! ワシとライゼンを知る悪魔だったか。あの男の名前をまた聞くとは思わなかったのう! のう!!」

「百年前ニ倒サレタハズダ! ドウシテ、コンナ所ニ! 『ライゼン』ガ居ルノカ!?」


 黒い塊は声を荒げた。悪魔は怯えているのか魂の雑音が激しい。


 ヨルは笑うことを止めて、右手に力を込めた。黒い塊は反抗するように反発する力を加えてくるが、力の差がありすぎて、ヨルの手の中で歪んでいく。無言でゆっくりと黒い塊を締め上げていく。


「貴様が『ライゼン』の名を二度も呼ぶな」


 右手の力を一気に強くして黒い塊を握りつぶした。

 手の中で砂鉄のようになった悪魔をヨルは口に流し込んだ。


「正確には百と三十四年だ。人間である『ライゼン』が生きておるはずなかろうが」


 落ち着いたトーンでヨルは呟いた。夕焼けの空に浮かんだままヨルは上を見た。一番星が暗くなった空に顔を出していた。


「時代は変われど星は変わらぬか」


 独り言ちて、ヨルは紀里香の行方を捜すため、耳を澄ました。


「せっかく悪魔から守ったのだ。喰われては全てが無に帰してしまう」


 人間の魂は大なり小なり音を鳴らす。ヨルはあらゆる魂の雑音の中で一際目立つ紀里香の魂を聞き取った。


彼方(あちら)か」


 ヨルは頼まれてもいない紀里香の護衛をするために、空をまた飛ぶのだった。


 ―― ◆ ―― ◆ ――


 響司は(から)になったカップ麺の容器をテーブルに置いたまま、リビングで寝転がり、思案していた。頭にあるのは、交差点で泣いていた幽霊のことだ。


 悪魔に脅されて、生きている人間を殺し続ける立場に自分がなってしまったら、と置き換えて考えると響司は吐き気がした。


「どうにかしてあげれないかなー」


 天井を見ても、白い天井しか見えず、いい案が浮かぶわけでもなかった。


 静かな空間に、リビングの壁にかけられている時計の秒針の音だけ。

 ひたひたと透明なモノが忍び寄ってくる気配がした。


 ぼやけた視界。弱くなっていく心臓の鼓動。響司はすべてを察した


(まずい!)


 遅かった。心臓が止まる。

 空間がモノクロになり、秒針の音がゆっくり間延びしている。息が苦しい。呼吸をしようにも水中に閉じ込められたようになっていて、酸素ではないものを取り込んでいる。


 カーペットの上で藻掻こうとしても身体は金縛りにあっているのか、動かない。


 秒針の音が二回、正常に聞こえた。


 心臓が勢いよく血を巡らせる。足りなくなった酸素を全身に行き渡らせるために全力で稼働する。

 嫌な汗がじわりと、出ていた。


 退屈で死ぬ。比喩でもなんでもなく死ぬ。病院で調べても健常者となってしまう。検査中に一度なったが医者も付き添いで一緒にいた父親も認識していなかった。


 ヨルが現れてから一度も来なかったため、響司は完全に油断していた。


「何をしておるのだ?」


 天井と響司の間に骨だけの顔が出てきた。


「びっくりした! 音もなく戻ってこないでよ!!」


 響司がゆったりと上半身を起こす。ヨルは響司の横で鎮座する。


「あの娘は何者だ」

「クラスメイトの逢沢(あいさわ)紀里香(きりか)さん」

「美しい。実に美しい」


 ヨルから聞くことがないであろう表現に響司は戸惑った。


「悪魔でもそう思うんだ。逢沢さん、綺麗だもんね。学校でも男子から人気だよ」


 演劇部に所属しており、昨年の演劇コンクールでは特別賞をもらっている。高校一年のときに学校内で話題だったのが今では近隣の学校でも噂されていると晴樹から聞いたことがある。


 事実、他校の生徒から告白されているところを目撃されているので、疑う余地もない。人当たりもよく、笑顔が魅力的とくれば、好かれて当然だ。


 響司も笑顔を目の当たりにしたとき、紀里香の魅力にやられそうになった。


「容姿ではない。魂の話だ。良き魂鳴りであった。あの若さでここまで強く、繊細な音を鳴らす人間は珍しい」


 芝居がかった物言いに骨の左手が何かを求めるように動いていた。響司に表情が見えていれば、恍惚とした危ない笑みのヨルが目の前にいたことだろう。


「そっちなのね」


 風鈴のような紀里香の魂の音は聴いていて心地よかった。特に最後の澄んだ音は響司の心にまだ残っている。


「見た目だけじゃなくて魂も綺麗だなんてすごいな。あ、ヨル。逢沢さんの魂を食べちゃダメだからね」

「阿呆。誰が食うものか」


 釘を刺したつもりで放った言葉をヨルは一蹴した。


「アレ、そういう話じゃないの?」

「悪魔の世界は弱肉強食。力を欲するのは正しいが、無暗に魂を喰うのは愚か者のすることだ」

「人間の魂を食べて強くなるんでしょ。食べちゃダメなの?」

「悪魔は本来、この世界に不要な存在。世界は不要なワシらの存在を否定し続けるのだ。そんな世界にとどまるためには力を継続的に得る必要がある」


 魂は力の源だ、とヨルは付け加えた。


「あの娘。キリカといったか。あのような音を鳴らす魂の周りには悪魔の欲する力が常に溢れ出るのだ。喰らって一時的に力を得るよりも微弱ながらも常に得る力の方がワシらにとっては都合がよい。もっとも、強い力をすぐに求める悪魔なら喉から手が出るほどの魂だ。一概に襲われないとは言えん」


 人間が無尽蔵なガソリンスタンドで、悪魔は自動車みたいな関係だと、響司は解釈した。

 そして同時に危惧すべき事項が頭をよぎる。


「仮にだけど、呪いの交差点を逢沢さんが通ったらどうなる?」

「その場で殺されるか永遠に魂を吸われるかのどちらかだ。ワシの目の前でキリカの魂を喰らおうものならワシが悪魔を喰らってやるわ」

「僕の場合は?」

「ハッ。貴様の魂を喰らうぐらいなら悪魔を喰らっている方が幾分マシだ」

「僕の魂ってそんなにまずそうなの!?」

「不味い以下だな」


『紀里香 <<(越えられない壁)<< 悪魔 < 響司ごみ』の式が響司の頭の中で成り立ってしまって、精神的にダメージをくらってしまう。


「貴様、先は死んでおったな」


 ヨルの言葉に響司は口を小さく開けたまま固まった。


「わかる、の?」

「契約者の生死はどこにいても分かる。正直、貴様が退屈で死ぬと言っていた意味が分かったぞ」


 前のめりの姿勢で響司はヨルの言葉を待った。


「『欲無し』あるいは『欲欠け』と呼ばれる存在だ。魂と肉体を結ぶ『欲望』がないのだよ、貴様は」


 響司は自分の胸に手を当てる。欲がない、というのは響司にとって、おかしな話だった。


「僕さ、あの幽霊の女の子をどうにかしてあげたいって思うよ。それは欲だよね?」

「そんなのが『欲』だと思っておる時点で間違っておるのだ。いいかよく聞け。貴様は生者(せいじゃ)だ。生者(せいじゃ)は生きる者だ。生きておるのだ。欲のないまま生きる者はおらぬ」

「当たり前のことを何言ってるの?」

「この言葉の意味が分からぬから貴様は『欲無し』なのだ」


 ヨルは吐き捨てるように言った後、また姿を消した。


「死者に関わるな。死者を救おうと思うな。これはワシからの最後の警告だ」


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