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放課後の教室掃除を終えた響司はチリトリと片手サイズの箒をロッカーのフックに引っ掛ける。
「んじゃ、最後にゴミ捨てよろしくな」
「あいさー、りょーかい」
彩乃が返事をすると、掃除当番だった佐藤と晴樹は鞄を持って、部活に行ってしまった。テスト一週間前になると部活は休みになる。
「テスト前なのに部活してるのってすごいよね」
「ボランティアで未経験のビーズ細工をやろうとしてる刹那っちが言ってはいけない」
「確かに」
ストラップやキーホルダーの大量についた鞄を彩乃は肩にかけ、廊下側一番後ろの響司の前の席に持ってきた鞄を下ろした。
「んじゃ、ちょちょっと教えてあげますかねー」
椅子の前後ろ逆に跨って座り、背もたれを腕置きにしていた。ビーズ細工には自信がかなりあるようで、余裕のある顔をしている。
「とりあえず材料買ってきた。あと大体こんな感じのが作りたいっていうの描いてきたよ」
「オッケー、見せて見せて」
グラムが知っている指輪を描いた紙を彩乃に渡す。彩乃は真剣な表情で紙に目を通していた。その間に鞄から材料の入った袋を机に置く。
「セツナ様、一緒に作るというのハ、結局どうするのデスカ?」
背後にいたグラムが話しかけてきた。響司の邪魔にならないように授業中は沈黙を貫いていたので、突然の声に響司は内心、驚いた。
ルーズリーフを一枚出して、ペンを走らせる。
『悪魔なら人にとり憑けたりするんじゃないの?』
「出来マスガ……よろしいのデスカ?」
『問題でもあるの?』
さっきまでとは違う沈黙が起こった。
横を見ると、思案するようにグラムがヘルムを左右に迷わせていた。観念するように首を曲げる。
「カイ様のため、チサキ様のためデス。やりまショウ」
グラムが真後ろに立って、響司の背中から覆いかぶさるようにのしかかる。
重さはないのに、膜のある空気に触れたような感覚と寒気が一瞬だけ肌に伝わる。
「あとでヨル様に謝罪しなければならないかもしれまセンネ」
頭に直接グラムの声が響く。
(なんか変な感じ)
「互いの魂が開放的な憑依では話し合うことが出来るのデス」
(僕の考えてること筒抜けなの?)
「大丈夫デスヨ。話しかける感覚でなければ読み取っておりまセン」
(読もうと思えば読めるんだね……)
「悪魔なのデ」
騎士で悪魔と言えば、首のない騎士の悪魔・デュラハンが思い浮かぶ。しかし、馬車もなければ人間を殺すような行動もしないグラムと共通するのは騎士という点だけだ。
頭と呂律が回らなくなった酔っ払いよりも遥かにグラムは話が通じる。普通の人間と接しているような気持になってしまう。
「うん、この指輪なら作れる。ちょっと初心者には難しいトコもあるけど……。これをウチが作ったほうが早くない?」
「そうだと思うけど、誰かに作ってもらったら意味がないんだ」
グラムが作ることに意味がある気がした響司は彩乃の意見を受け入れなかった。
「念のための確認。告白の小道具を作る、とかじゃないんだよね?」
「逢沢さんのことで警戒してるのはわかるけど、ないよ。だいたい僕とは釣り合わない」
「そっちもあるけど、仮に、仮にね? 告白する前に女のウチと二人っきりというのはどうなの、と。ぶっちゃけウチはイヤ。他の女と作った指輪とか死んでもいらない」
仮の話のはずなのに彩乃は顔をしわくちゃにして嫌悪感丸出しだった。
(ちょっとだけグラムのこと話していい?)
「構いまセンヨ」
グラムから許可が下りたので、響司は口を開く。
「病院に入院してる女性がいて、その人に元気を出させるのを手伝ってくれって頼まれた」
響司はグラムと出会ってから数日のことを脳内で巻き戻しながら話す。
「依頼してきた人は入院している女性の恋人の友達で、表立って動けない立場なんだ」
「三角関係的な?」
「依頼してきた人はキューピットみたいな立ち位置だよ。でも、女性は彼の存在を知らないんだ。裏でずっと手伝っていたから」
「恋人の男は? 何にもしないのおかしくない?」
「死んじゃってるんだ」
響司が包み隠さず言うと、彩乃は気まずそうな顔をした。
「女性が入院した原因も恋人さんが死んじゃったかららしい。で、女性の状況を知った友達は動きたいけど、相手からは見ず知らずだから下手に動けない。そんな悩んでいるところに僕と出会って一緒に考えて欲しい。手伝って欲しいって言われてね」
「ストップ! ストーップ! 聞いておいてアレだけど、辛すぎるよ。女の人も友達さんもさ! 涙が出てきちゃったじゃん!」
彩乃のくりくりとした目に涙が溜まっていた。
響司の身体の内側で氷が砕ける。アイスピックで勢いよく砕かれたような音が確かに聞こえた。
音源は内側ということもあって、グラムだろうと予想は付く。しかし、グラムは同族喰らいの悪魔。魂鳴りが聴こえるはずがなかった。
「もう深くは聴かぬ! 指輪を作ろう!」
涙をぬぐって、親指を立てた彩乃は響司の渡した紙にテグスをどうビーズに通していけば指輪になるか捕捉付きで描いてくれる。
捕捉の文字が丸文字であることや星やハートのマークが混じっているのが彩乃らしかった。
「わからないことがあったらいくらでも教えようぞ。ウチはここでテスト勉強してるから。ん? なんだその顔は。ウチだって勉強するし!」
顔に出てしまっていたことを反省しながら響司は顔を逸らした。
「いや、だって一年の時いつも赤点ギリギリで戦ってたの知ってるからさ」
「紀里香んと出会ってウチは変わったんだい!」
「どんな風に?」
「赤点だったら紀里香んに怒られます。推しでもあるので紀里香んに怒られるのはご褒美でもあるんだけど、怒られた後しばらく無視されます。辛いです……。めっちゃ効きます。ウチに効果ばつぐんです……」
目に光がない。
一年の二学期末にあったテストが終わった後も死んでいる彩乃がいた。テストだけではなく紀里香関連でのダメージを負っていたらしい。
「同じクラスになった今年。目の前で無視されるとウチは生きていけません……」
「……勉強、頑張って! 指輪作りが終わったら絶対に勉強教えれるところは教えるから!」
「そっちもな!」
熱い握手を交わし、やるべきことにそれぞれ没頭し始める。
グラムは響司の身体を使い、おぼつかないながらもビーズで指輪を作っていく。意志とは関係なしに動く指に響司は感動していた。
――二時間後。強制下校時刻まで十分。
「……刹那っちってこんなに不器用だっけ?」
ビーズで出来た歪な輪っかが響司の机の上に転がっている。テグスによるビーズの固定が甘く、動きまわるビーズたち。
とてもじゃないが誰かに渡せるような代物ではなかった。
「まぁ二時間で形になってるだけすごいんだけどね? これ、渡すの?」
「流石に無理かな……」
「しょうがない。指輪が完成するまで付き合っちゃる!」
腕を捲って、ポーズをとる彩乃。響司は小さく拍手をしていた。
「誠に、誠に申し訳ありまセン!」
憑依を解いたグラムが悪魔を認識できない彩乃にひたすら頭を下げ続ける。
鎧が激しく動いて、金属がぶつかる音が何度もする。一番大きな要因は皮の鞘と共に揺れるショートソードだった。グラムの頭が下げると、膝と同じ位置で鞘の先端がワンテンポずれて動く。
(あれ? グラムの剣ってこんなに短かったっけ?)
紀里香の心を模した剣を見たときはわからなかったが、最初に見たときよりも、短くなっているように響司は感じた。




