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「はよー」
「おはよう」
教室に入ってきた晴樹に響司は挨拶を返す。晴樹は相変わらず部活に使う大きな鞄を背負っており、汗だくだった。
何の変哲もない朝の日常。日常と違うことがあるとすれば響司の隣にはヨルではなくグラムがいることだ。
病院は基本、ヨルに任せて、指輪作りが終わるまでは響司とグラムが共に行動する。響司サイドで何か問題があれば使うようにとヨルから黒い糸を一応もらっている。
「大丈夫デス。ワタクシはセツナ様のご迷惑にならぬように致しマス」
廊下側の席の後ろで静かにしているグラムを見ると、グラムはフルヘルムの顔をほんの少しだけ動かした。
「別に迷惑とか考えなくていいよ。ヨルなら好き勝手に話しかけてくるし」
グラムにしか聞こえないように小声で話す。さすがにカモフラージュのイヤホンを学校で使うのは気が引けて使っていない。
「え!?」
「紀里香ん、変な声出してどしたん?」
彩乃が気にせず教室に入ってくるのに対して、グラムが見えている紀里香は空色の西洋甲冑に声をあげていた。
グラムの近くにいた響司にアイコンタクトで『これは知り合い?』と尋ねてきていた。
響司は大きく一回だけ首を縦に振る。
「気にしないで。ちょっと目の前で虫が飛んだだけだから」
「なら全力でその虫を退治しようではないか」
シャドーボクシングをする彩乃。
左右の拳が前に出てきているが、方向は響司目掛けてだった。
「僕は虫じゃないよ?」
「似たようなもんじゃろがい!」
犬歯をむき出しにして威嚇する彩乃に響司は両手を挙げて無害アピールをする。
「彩乃?」
「だってさ! だってさ! 紀里香んが男子と話すのあんまり見ないし、ちょっと前に変な噂あったし!」
うんうん、と周囲にいたクラスメイトが数名、頷いていた。
殺意の波動を出す生徒は日が経つにつれて減っている。それも表の話で、裏では冗談交じりでいつ刹那響司という男を抹殺するか話されているらしい。
下手に紀里香のファンを刺激すれば、響司の立場が一気に危うくなるのは変わっていなかった。
「その噂の元凶をどうにかするのを手伝ってもらったって説明したでしょ? 変なところでヤキモチやかないの」
「くぅーん」
紀里香が彩乃の頭を撫でると、彩乃は飼い主に相手をされて喜ぶ大型犬のようになった。
あるはずのない耳と尻尾が動いているのが手に取るようにわかる。
「指輪作りのこともあるんだからケンカしないでね」
「彩乃、わかった! ケンカ、しない!! 今日はとってもいい日だぁ!」
底なしに明るく笑う彩乃は踊りながら、教室中央付近にある自分の席へと着実に向かう。
「一気にIQ下がってない?」
「私の前ではアレがデフォルトよ。ところで……」
嘗め回すようにグラムの頭からつま先までを紀里香は見ていた。
「これは驚きマシタ。ワタクシが見えているのデスネ」
「まぁね」
「ちょっと鞄をおいてくるわ。まだ時間があるから外で話しましょうか」
「わかったよ」
長い黒髪を揺らして紀里香も自席へと向かった。
「面白い魂の持ち主デスネ」
「綺麗ではなく?」
思わず響司はグラムの言葉に反応してしまう。
ヨルは紀里香の魂を『美しい魂鳴りをさせる強い魂』と評していた。グラムは面白いの一言で済ませた。
紀里香の魂は風鈴のような澄んだ音をさせる。
魂鳴りを聴く響司からすれば、グラムの面白いという評価が違和感でしかなかった。
「行きましょ」
教室の外へ出た紀里香を追いかけるべく、響司は席を立つ。
登校してくる生徒がいる廊下。人にぶつからないようにしながら、早歩きで追いついて紀里香の右隣りに並ぶ。
歩く二人の背後でずっと金属が軽くぶつかる音がし続ける。
「今いるのが依頼してきたっていう」
「うん。グラムっていうんだ」
後ろにいるグラムは無言でずっと一定の距離を保ったままついてくる。不信感がグラムにはないので、ストーカーをされているというよりボディーガードがいる感覚に近い。
グラムが話に入ってくるのを待っていても入ってこないので響司は後ろのグラムを確認する。
「挨拶は後で致しマス。人目がある中、ワタクシのような存在と会話するのハ避けるべきデス。視線を無暗に合わせるのも厳禁デス」
片言で注意してくるグラム。
響司は前を向いて、歩く。
「なら一旦校舎裏に行きましょう。朝は特に人が少ないから。戻ってくるときは走ることになるかもしれないけど、いい?」
「いいけど、なんでそんなこと知ってるの?」
「変に知られていると安息の場所って限られるのよね……。ふふ、ふふふ」
人気者は人気者で辛いらしく、紀里香は暗い笑みを漏らす。
校舎裏まで来た響司と紀里香。
まだ梅雨らしい梅雨も来ていないのに太陽が強い日差しを地上に向けてくる。
ただでさえ朝で人がいない校舎裏は日陰らしい日陰がないので人が一層寄ってこない場所となっていた。
「ここなら最適じゃないかしら」
「感謝しマス。セツナ様から先程紹介がありマシタが、今一度」
グラムはゆっくりと丁寧な一礼を紀里香にしてから直立する。
「剣の悪魔・グラムと申しマス。宜しくお願い致しマス、セツナ様のご友人様。御名前はキリカ様で間違えありまセンカ?」
「えぇ、逢沢紀里香よ。ヨルさんとはまったく違うタイプの悪魔ね」
紀里香と同じ感想をグラムに初めて会ったときの響司は思ったので、響司は内心で強く同意する。
「逢沢さんは指輪作り方を知ってる人の友達なんだ。さっきもう一人女の子がいたでしょ? あの子が作り方を知っている子だよ。僕一人だと、頼めなかったと思う」
「なるほど。そういう事デシタカ。キリカ様、ありがとうございマス」
深々と頭を下げるグラムを紀里香はまじまじと見ていた。
「騎士の役に困ったときはグラムさんを参考にすればいいかも?」
ぼそり、とつぶやいた紀里香に響司は驚く。演劇部の役者であったことを再確認させられる。
グラムはというと何かを思案している様子だった。腕を組み、紀里香を見つめていた。
「そうデスネ。感謝の意を込めて一つ芸をご覧に入れマショウ。」
グラムはショートソードを抜いて、胸の前に構えた。
剣舞でもするのかと思って眺めていると、グラムのショートソードから白い煙が出てくる。足元にひんやりとした空気が流れ始めた。
ショートの空色に輝く剣の部分が太くなる。そして、強い輝きを放つ。目を細めればまだ耐えれる輝きが数秒続き、光はゆっくりと消えていく。
「ご覧クダサイ。この剣を」
グラムの持つ剣はショートソードではなく、ツーハンドソードと呼ばれる大きな剣になっていた。剣身は空色が完全に抜けて無色透明。しかし、ただ透明なのではなく、模様付きのビー玉のように透明な中に赤、青、黄のさまざまな色が混じっている。
色はそれぞれの色を強調し合うように寄り添っていた。
「これはキリカ様の魂。剣の悪魔であるワタクシが見たまま模したものになりマス」
「立派で綺麗な魂だね」
響司が思ったことをいうと、紀里香の口元がむずむずしながら顔を紅くしていた。
「今、この魂は良い影響を受けて変化しているところデス。良い影響を受け続けレバ、さらに美しくなることデショウ」
グラムの言葉に反応するように、紀里香が響司を恨めしそうな、でも攻撃ではない不思議な視線を向けてくる。
「何?」
「別に、何でもないわ。今日の放課後から彩乃には指輪作り教えるように言っておくから。細かいことはそっちで話し合ってね」
「あのー、なんで僕は目を隠されたのでしょうか?」
「剣を見ないで欲しいから」
「めっちゃ綺麗だったんだからいいと思うけど」
「そういうコト言うから見ないでって言ってるんでしょ!?」
叫ぶ紀里香にハテナマークを浮かべる響司。
二人を見てグラムはヘルムを揺らして笑うのだった。




