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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
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13

「え、ヨルとグラムは戦ったことがあるの?」

「戦闘らしい戦闘は行ってまセン。当時のヨル様は手負い。それでも襲ってきたので退けマシタ」


 響司とグラムは解散することなく共に病院へ来ていた。


 人の出入りが少なくなった病院のエントランス付近で、ヨルの昔話をまだしていた。


「グラムは強いってヨルが言ってたんだけど、戦ったことがあったのなら、そりゃ知ってるよね」

「この時代に再会すると思ってませんデシタ。しかも敵ではなく、協力者とシテ」

「それはこちらの台詞だ」


 空から黒い靄が降ってくる。


「帰りが遅いと思えば……。小僧がおるし、過去の話をペラペラと喋っておるしのう。のう」


 呆れと面倒くささが混じった声をさせたヨルはグラムの鎧を軽く左手の爪でつついた。


 グラムからヨルの忌み名を聞いた響司はヨルの顔を注視する。草食動物の頭蓋骨は兎と言われれば、兎の顔がぼやけて見えそうだった。


「ワシの顔に何かついておるのか?」

「『夜兎』って言われてたって聞いたからヨルの顔がちゃんとあったらどんなのかなって」


『夜兎』の単語を聞いた途端、ヨルの靄の身体がざわつくように揺らいだ。


 ヨルはすぐにグラムへ詰め寄った。逃げられないように右肩を左手で掴んでいる。


「小僧に昔の話をしたのか」

「ほんの少しだけデスヨ」

「あの時代を生きた悪魔なら『夜兎』の名が危険であることを知っておるだろう。無暗に口にするでないわ」

「何か危ないの?」


 グラムの真剣に注意するヨルに向かって、響司が呑気に質問した。


「野良悪魔たちの縄張り争いが絶えない時代にヨル様は餌場に集まる悪魔たちだけを狙い、餌場を潰して回ってたのデス。忌み名を持つ悪魔も何体も狩ってマシタネ」


 ヨルは黙ったままだった。否定しないところを見ると、事実らしい。


「いいか、小僧。ワシを『夜兎』と呼ぶな。そして『夜兎』を知る悪魔と関わるな」


 真面目なヨルに響司はとりあえず頷いた。


「わかった。でも『ライゼンの悪魔』は?」

「そちらはまだ新しい名だ。ライゼンの力は強大だった故、知っている者が多い。馬鹿な悪魔はライゼンがまだ生きていると思い込んでいるしのう。ライゼンの名が虫除けになってくれるじゃろう」


 ヨルは恨めしそうにグラムをじっと睨んでいた。


「『夜兎(ワシ)』に恨みを持っている悪魔は多いぞ。死んでも悪魔の前で口にするな」

「兎なんて愛らしい生き物の影も形もありませんデシタガ?」

「悪魔に愛らしさなどあってたまるか」


 吐き捨てるような言い方をするヨルにグラムは笑っていた。


(『夜兎』に『ライゼンの悪魔』、今のヨル。どれが本当のヨルなんだろう?)


 響司は気になったが、尋ねるのが怖くなった。


 契約悪魔をやめて野良悪魔へ。そしてまた契約悪魔に戻ったヨル。理由を知っているのはヨルだけだ。尋ねたとき、ヨルが離れていかないか不安になる。


 力を使いすぎて、靄が薄くなったときと近い感覚。取り残されてしまうような気がした。


(きっと、ヨルがいなくなるのが嫌なんだ……)


 母親が入院しているときも響司はずっと恐怖していた。完全に母親の病状は理解していないまでも、いなくなってしまうことだけは理解できてしまっていたから――。


 響司は母親を失った自分と愛する人を失った智咲を重ね合わせる。


(似ているのに、どこか違う。何かが、決定的に……)


 何が、と問われれば答えはない。しかし、直感的に違うとだけは断言できた。


 智咲がよくいるベンチ近くへ響司は歩き始める。

 同じ場所、同じ景色を見れば智咲との違いがわかる気がした。


「小僧どこへ行くのだ。家は逆だぞ」


 ヨルの言葉を聞かず、そのままずんずんと進み、智咲が車椅子で止まっていたところに立つ。

 何度も車椅子を止めているせいか、タイヤの跡が残り、草が育ち切っていなかった。


 智咲がいつも見ている景色がわからず響司が視線を彷徨わせていると、糸が切れる音が近づいてきた。


「そこ、譲ってもらえないですか?」


 か細い声で話しかけてきたのは智咲だった。前よりも顔が痩せている。


 力のない目が響司に『どいて』と訴えかけていた。


「わかりました」


 大人しく響司が一歩ずれて譲ると、智咲は車椅子のタイヤを両手で動かして響司がいた場所で止まった。智咲が何を見ているか盗み見ると、ただまっすぐ病院を見ているだけだった。


 後ろからグラムとヨルがゆっくりとやってくる。グラムは智咲がいるのことに驚いたのか、一瞬だけ、固まっていた。


「いつもここにいますよね。何をしてるんですか?」


 智咲は首を少しだけ横に動かしたが、響司の顔は見なかった。


「……さぁね」


 小さな声と糸の切れていく確かな音が耳に入ってきて響司は唇を軽く噛んだ。

 

 智咲と界の関係を知っているだけに下手に何も言えないことがもどかしかった。


枝野(えの)さん、やっぱりここにいましたか」


 女性の看護師が駆け足で智咲に近寄った。腰を下げて、車椅子に座っている智咲に視線の高さを合わせる。


「外出の許可とってないのにダメじゃないですか。また明日、来ましょう?」

「昼間は検査で来れなかったから来ただけ。もう帰るわ」


 車椅子を自力で動かして智咲は消えていく。


「すみません。一般の方ですよね? もう受付が終わってまして……」

「身体が悪くて来たわけじゃないんです。その……ここから見た病院って何かあるのかなって。さっきのお姉さんが病院に来ると、ずっとここにいるから」


 響司の言葉に看護師は妙に納得したような声を出した。


「詳しくは知らないですけど、枝野(えの)さんにとって大切な場所だとかで毎日いるんです」


 看護師の目つきが鋭くなった。


「そうですか。何かあるのかと思ってました。じゃあ僕は帰ります」


 智咲に近づく怪しい人物だと思われているのでは、と思った響司は早口で喋り、おじぎをして病院の外まで走って立ち去る。


「動きが不審者そのものだのう」

「うるさいっ」


 病院の敷地と公道を分ける壁に手をついて、響司は空を飛んでいるヨルに吠えた。


 息を整えていると、グラムが壁をジャンプで超えてきた。


「セツナ様、ビーズの指輪作り、ワタクシに手伝わせてくだサイ」

「僕は歓迎だけど、急にどうしたのさ」

「思い出したのデス。あの場所はカイ様が昔、仕事中に倒れて仮入院していた時にチサキ様と会うときに利用していた場所デス」


 グラムは興奮気味で、聞いたことがないぐらい早口だった。


「チサキ様はまだカイ様を想っておられマス。嬉しいことデス。だからこそ――チサキ様を生かすため、断ち切らなければなりまセン」

「助けたいんだよね? なのに断ち切るって……好きな人の想いなんだからそっとしておけばいいじゃないか。ダメなの?」

「駄目なのデス。もし今回生きれたとしても、また何かあれば魂は肉体から離れかねまセン。その場凌ぎではナク、これからのために、断ち切る必要があるのデス」


 フルヘルムの奥に熱いものが見える。

 

 断ち切るという行為には賛同できなかったが、響司には覚悟を決めたグラムを止めることは出来なかった。 


体調崩したので、二日ほどずれます。

次回、11日です、

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