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「お言葉に甘えて本当によろしいのデショウカ?」
「別にいいんじゃないかな。ヨルが代わりに智咲さん守ってくれてるんでしょ」
駅前にある手芸屋。入口は狭いが、細長く奥まで続く店内の一角にあるビーズ細工のコーナーに響司と空色の騎士グラムはいた。
指輪の作り方を教わるにしても材料がないと作れない。作るなら界が作った指輪と極力同じものがいいと思い、グラムを連れてきてビーズを選んでいる。
「しかし、他にも人がいるのにワタクシと会話をしていても見向きもされマセンネ」
近くにいる人は二人いる。毛糸を手に取って見比べている成人女性と在庫確認をしているであろう女店員だ。
店内にいる他の客も、虚空に向かって話す響司を気にするそぶりも見せない。
「まぁ、イヤホンがあるからね」
耳に付けたワイヤレスイヤホンを響司は指先でつついた。
登校していて信号に引っ掛かったとき、話相手がいないのに喋っている男性を見かけた。自分を含めた付近にいた人は誰も彼が変だと思わずスルーしていく。
響司が一般人には認識できない悪魔と話している時と状況は同じはずなのに、一人で喋っていても奇異の目で見られることがない理由が耳にあったワイヤレスイヤホンだった。
イヤホン一つで、遠くの誰かと喋っていると認識される。悪魔たちと話す時もイヤホンをすればいいのでは、と響司は至り、実践してみたのが今日だった。
「みんな通話してると思うんだよ。先入観って言えばいいのかな」
イヤホンから音は出ておらず、カモフラージュ用の装備でしかなかった。
「人前でカイ様と話をするときはジェスチャーばかりデシタ」
グラムとの会話に反応する界を想像する。
大きな身体でダイナミックに動く界は不審者でしかなかった。
「警察呼ばれなかった?」
「よくお分かりデ」
乾いた笑いをして響司は壁に固定されたメッシュパネルから空色のビーズを手にする。
「どうかな?」
「丸ではなく、もう少し槍の先端のような形をしていマシタ。色は近いデス」
「じゃ、こっちか」
ダイヤの形になっているビーズが入った袋を左手に持っているカゴに入れる。
「似ているビーズがあったら指差して」
グラムが緑色と透明な丸いビーズを指差した。
響司はカゴにビーズをいれる。
「提案なんだけど、グラムと一緒に指輪作れないかな」
「共に作る必要性はないと思いマスガ」
「僕が指輪作って、僕が智咲さんに渡すのはいいんだけど、全部部外者の僕でいいのかなってさ」
「チサキ様からすれば見えないワタクシも似たようなものデス」
もっともな意見だったが、グラムは見えてないだけでずっと界と智咲の関係を見守っていた存在だ。決して部外者ではなかった。
「違う形の指輪渡して作戦が失敗したら嫌じゃない? それに指輪の形とかちゃんと覚えてるのグラムだけだし」
「……少し、考える時間をくだサイ」
「うん。前向きによろしく」
テグスの棚に行って、彩乃に指摘された二号のテグスをカゴにいれた。
「そういえばさ、悪魔が昨日病院に向かったと思うんだけど大丈夫だった?」
響司は声を小さくしてグラムに質問した。
「問題ありませんデシタヨ」
「ごめんね。僕が餌場を潰したから悪魔が病院に行くようになったみたいなんだ」
「知っていマス。ヨル様から聞きました」
「そうなの?」
「他にも己を呪ってしまった少女をお助けした話を伺いマシタ」
「病院にいるときヨルは何をしてるのさ……」
「最近の話から、『夜兎』とヨル様が呼ばれていた昔の話デス」
響司がレジに向かう足を止めた。
「忌み名ってやつ? ヨルは『ライゼンの悪魔』じゃないの?」
「どちらもヨル様を指す名デス。先に付いたのが『夜兎』。後が『ライゼンの悪魔』デス」
知らないヨルの過去に戸惑いながら、響司は誰も並んでいないレジに並んで会計を済ませ、ビーズとテグスの入った茶色の紙袋を持って店を出る。
「では、ワタクシは戻りマス」
グラムは軽く膝を曲げてコンクリートの地面を蹴る。グラムには空を飛ぶ力はないらしく、手芸屋の屋根に飛び乗った。
「待って。ちょっとだけヨルのことを教えてくれない?」
屋根にいたグラムが響司の前に飛び降りて、鎧がずれる音をさせた。
「構いまセン。しかし、直接訊けばよろしいのデハ?」
「ライゼンさんの話をしたときがあったんだけど、楽しそうに話してると思ったらライゼンさんのことが嫌いだっていってさ。気にはなっているんだけど訊きづらくて……」
思い出に浸る人の空気にしてはジメジメしていた。ヨルの魂が聴けたのなら、どんな音をさせたのか響司は想像がつかなかった。
「ワタクシが主に知っているのは『夜兎』と呼ばれた野良悪魔時代のヨル様デス」
「ヨルは契約悪魔だよ」
「契約悪魔となったのハ『ライゼンの悪魔』と呼ばれて以降のはずデス。それまでは誰とも契約せず、同族喰らいとして名を馳せていマシタ」
忌み名の違いでヨルの扱いが異なっていることが響司は理解できず、顔をしかめた。
「野良悪魔と契約悪魔は同じなの?」
「始まりは基本、契約悪魔デス。悪魔が人間界に出てくるには人間からのアプローチが必須デス。野良悪魔とは契約終了後も人間界に留まっている悪魔たちの総称デス」
「つまり、今のグラム?」
「その通りデス」
野良悪魔はすべて悪いと思っていた響司は感心の声を漏らした。
「あれ? ヨルは契約悪魔をやめて、野良になって、また契約悪魔になったの? そういうもの?」
「異端デス。野良悪魔になれバ、他の悪魔に喰われ消滅まで野良悪魔として世界に留まるものデス」
「話きいてもヨルのこと、さっぱりわからないや」
「そうでもないデスヨ」
響司の胸にグラムは手の平を優しく当てた。
「契約悪魔として在り続けている悪魔は口を揃えて言いマス『人間に期待しているから』ト」
「悪魔が人間に期待することってあるのかな。すごい力持ってるよね。壁抜けとかさ」
「力がすべてではないのデス」
ただいまです。
また二~三日に一回更新していきます。
遅れるときは後書きか、活動報告あたりに書いときます。




