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ヨルが空の上から病院を見下ろすと、響司が警戒していた悪魔はグラムの剣に切り裂かれていた。
グラムが駐車場の真ん中で、消えそうになる黒い靄にショートソードを近づけて吸い取っていく。普通の鉄にしか見えなかったショートソードの刃が悪魔を吸ったと同時に空色に染まる。
グラムがショートソードを鞘に納める瞬間、冷気が漏れ出して空気が白く垂れる。
「力を少しは取り戻したか」
音を立てずグラムの後ろにヨルは着地した。
「消費する力よりも得る力が僅かながラ多いデスから」
「それは良いことだ」
「ヨル様が正当な取り分を受け取らないからデショウ」
責めるような口調のグラム。
ヨルはからからと骨を鳴らして笑った。
「何のことだかさっぱりだのう。のう」
ヨルとグラムが共闘したあの日以降、病院にやってきた悪魔を二体の悪魔は狩り続けていた。狩った後は悪魔たちが世界から消滅する前に喰らうのだが、ヨルは毎度、何も喰っていないに等しかった。
「ワシが一で、貴様が九で良いではないか」
「商人なら卒倒しそうナ配分計算を止めていただきたいものデス。倒している数はヨル様が多いではありまセンカ」
「契約者がいるかいないかで配分を変えているだけじゃがのう」
「理解致しかねマス」
グラムが入院患者の憩いのスペースとなっている簡易庭園を眺めていた。
車椅子に乗った智咲が看護師と共に院内に入っていくところだった。
弦の切れる音は止むことなく一定間隔で聞こえてくる。日が経つにつれて、音の大きさが大きくなっている。一度に切れる欲の弦が多くなっている証拠だ。
悪魔であるグラムも智咲の魂が悪い方向に進んでいることを察したらしく肩を落とす。
ヨルは音。グラムは剣を象徴とする悪魔。認識方法は違えど答えは同じだった。
「ちと気になったんじゃが、小僧の魂をグラムはどう見る?」
「セツナ様の、デスカ?」
音の悪魔のヨルからすれば同族喰らいと変わらない無音の存在。剣の悪魔であるグラムは魂を剣として捉える。
『欲無し』の魂であれば差異があるか知りたくなったのだ。
「変哲のない握り。鞣しの甘い皮の鞘。剣身は鞘の中に隠れていたので見えませんデシタ。剣の見えない魂――『欲無し』デスネ」
「如何にも」
「『欲無し』で降霊術ヲ……」
「魂と肉体が切り離されないか心配か? 小僧の魂は案外頑強でな、負荷をかけすぎなければ問題ないのだよ」
「そこではありマセン。色んな人間の魂を視てきたからこそわかるのデスガ、重みが違いマシタ」
興味深い言葉にヨルは骨の左手で顎をさする。
「ワタクシは剣を引き抜いて相手の魂の本質を見定めマス。鞘に入っていても関係ありマセン。しかし、セツナ様の魂は重すぎて抜けないデス」
「『欲無し』故か?」
グラムは首を横に振って、否定した。
「過去に一度、『欲無し』の魂も見たことがありマス。引き抜くのは苦労しましたが、半分まで引き抜き、見た剣身は無色透明デシタ」
「重い、というのはグラムの感覚では何を示すのかのう?」
「生存欲求デス」
ヨルは骨の頭を掻いて、息を長く吐いた。
「欲もないのに漠然と生きたいだけとは難儀なことだ」
「セツナ様は答えを持っていないだけデスヨ」
「答えがないのが難儀だと言っておるのだ。ワシは小僧に欲を持たせねばならぬ。そういう契約なのだ」
「また変わった契約をしたものデスネ」
「契約外のことをしておる貴様に言われたくはないのう。のう!」
興奮しながら反論するヨルを置いて、病院の中に入ろうとするグラム。
「本当に契約者に守れと言われたから守っているのか?」
「……何が言いたいのデス」
「死者には貴様が守っているか確認する目も、サボっているからといって咎める口もない。一時期は『雹剣』と恐れられた古の悪魔が、律儀に死者との約束を守って消滅する必要はなかろう」
「我が身だけが可愛けれバ、またあの孤独しかない闇の中に戻ったデショウ。次の契約者が現れるまで何をするでもナク、虚しく漂い続けるだけの世界に」
グラムはショートソードの握りを左手の人差し指で撫でる。
「ヨル様なら知っていると思いマス。悪魔であるワタクシたちが呼び出さレ、乞われる願いの醜さを……」
悪魔と契約する人間は願いを持つ。人間性や願いの質は問われない。どんなクズでも適正さえあれば悪魔の意志とは関係なく召喚できてしまう。
ヨルを召喚した人間のほとんどがクズだった。そして、全員が似た願いを言う。
――アイツを殺してくれ。
要約すると、つまらない一言で終わる願い。契約者の魂を喰らって力をつけるため、ヨルはくだらない契約を早急に絶ちたいが故、願いを叶え続けた。
「人間が醜いのはいつものことだ」
「カイ様は今までの契約者と違いマシタ。『恋を実らせるために手伝ってくれ』。それがカイ様の願い。そして、従者のように振舞うワタクシを叱り、友になれと言ってくれた方でもありマス」
穏やかなグラムの声が駐車場に広がる。
「チサキ様はそんな主を愛してくれた方デス。守らないはずがありマセン」
強い意志を感じさせる断言にヨルは舌打ちのような音をさせた。
「朗報だぞ。指輪を作るアテが出来たそうだぞ」
「なんト!? ありがたいことデス! しかしナゼ、ヨル様は不貞腐れるのデス?」
「どいつもこいつもド阿呆だと思ってのう!」
ヨルはまた空中を浮かぶ。病院よりも高く飛んで、周囲のの警戒に当たり始める。
初めこそ遅かったが、速度を徐々に上げて、高速を走る車を軽く追い越すまでスピードを上げた。
「――何故だ。何故、貴様らは己がために生きぬのだ」
響司とライゼンの話をしてから頭の中にライゼンと過ごした記憶が流れてしまう。
人も悪魔も死者も分け隔てなく救い続け、笑って傷だらけになるライゼンの姿が忘れられない。どうしても響司とグラムを亡きライゼンに重ねてしまう。
「馬鹿者め! 大馬鹿者共めがっ!!」
ヨルの飛ぶ速度はその日、衰えることはなかった。
次回更新が遅くなります。7/3には更新します。




