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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
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10

 強制下校のチャイムが鳴った。

 彩乃を連れてくると言った紀里香を校門で待つ響司は鞄から黒い糸を取り出した。

 

 今朝もヨルに渡された黒い糸だ。悪魔に襲われたとき、すぐに切れるように左の手首に巻く。


 うまく結べず、右手で結び目を押さえながら、口で糸の端を軽く噛んで、結ぶ。


「彩乃、暑苦しい」


 下足場から、ちらほら出てくる人影の中で目立つ女子二人組がいた。容姿が目立つのもあるが、二人の距離が異様に近いのだ。


 黒髪のロングヘア―の女子は汗をかいている。原因はどう見ても、金色の小さなサイドテールの女子だ。サイドテールの女子は満面の笑みで二の腕を離すまいと両手でしがみついていた。


 まだ本格的に暑くなっていないとはいえ、五月の気温と人の体温が合わさったら誰でも汗を出すだろう。


「いーじゃん。ちょっとぐらい。減るもんじゃないしぃ」

「ちょっとも許した記憶はないわよ」


 抗議しながらも目を閉じて諦めた表情をした紀里香は一直線に響司の前を通る。


「行くわよ」


 止まることなく校門の外に出た紀里香。


 響司の背後から殺意の籠った目線をプレゼントしてくる部活終わりの男子が数名いた。このまま置いて行かれると指名手配のコラ画像が遺影に早変わりしかねない。

 

 遅れながら響司は二人の後ろをついていった。


 彩乃が顔だけ響司に向けた。笑みは消え、ジト目になり、口をへの字にしていた。


「なんで刹那っちがついてくるの?」

「用事があるから一緒に帰るのよ」


 寝耳に水だったらしく、口を大きく開けた彩乃は紀里香の腕から手を離した。


「しゃー! しゃしゃしゃ、しゃー!」


 両手を上にあげて威嚇する猫のような声を出し、響司を威嚇する。


「最後まで話を聞きなさい」

「くぅーん……」


 紀里香が注意すると、しゅんとなった彩乃が犬になった。


「この前の演劇でビーズの指輪作ったでしょ。あれの作り方を刹那くんに教えたりできない?」

「教えるのは別にいいよ。紀里香んの頼みだし!」


 任せろ、と言わんばかりに彩乃は胸を叩いた。


 響司が喜びを拍手で表現していると、彩乃が下からガンを飛ばしてきていた。


「ただねぇ……指輪の使い道が気になりますな……。誰に渡すんじゃワレェ、答えようによっちゃ、命をここで落とすぜぃ」


 長い爪を首に押し当ててくる彩乃が何を言いたいか察して、響司は首を必死に横に振った。


「九条さんが考えている方に渡すつもりはないよ!?」

「ホントじゃろうなぁ?」

「神だろうが仏だろうが何にでも誓います!」

「念のために言っとくけど紀里香んが言ったから教えるんだかんね? わかったか!」

「イエス、マム」

「誰が刹那っちのお母さんだ!」

「マムって先生って意味のはずよ」


 敬礼する響司に意味を勘違いした彩乃が吠え、冷静に紀里香がツッコミを入れていた。


「けど何で急にビーズ細工をするん? また『退屈しのぎ』ってやつ?」


 紀里香の眉が一瞬動いた。


「またってどういうこと?」

「刹那っちは『退屈しのぎだ』とか言って切り絵始めたりコインタワー作ったりするから、そーいうのかなって」

「人助けじゃないのね」

「割とボランティア的なのもやってたよね。先生たちの授業の準備手伝えーとかプリント取りに来いーとか刹那っちがほとんどやってたし」

「他にも備品清掃付き合ったり、草むしり手伝ったりとか」


 ちょっとした便利屋扱いで、一年の終わりには教師経由で生徒会からも頼まれるようになっていた。


(ただ退屈で死にたくなかっただけだったんだけどな……)


 退屈がしのげそうなものが絶対に見つかるわけではない。しかし、停まっていれば死が近寄ってくる。身体を動かしていれば気がまぎれる上に死ぬ回数が減るなら、と手が空いた時は誰かの手伝いをしていた。

 

「刹那くんに詳しいのね」

「一年は同じクラスだったもん」


 響司は腕を組んで頷いた。


「ならなんで急に仲が悪くなったのよ」

「今までウチを頼ってたのに紀里香んが刹那っちを頼ってたからヤキモチみたいな――」


 むくれる彩乃はぽつぽつと喋り始めると、声が遠くなっていった。


 ――ザ、ザザッ。


 紀里香と彩乃の口は動いているのにノイズが音をかき消していく。


 片耳を塞いでも両耳で上空で鳴る音をちゃんと捉えていた。


(悪魔のノイズ!?)


 数日は聞こえてなかったノイズに驚き、夕暮れの空を見た。


 オレンジの空に黒い靄が浮かんでいる。悪魔が襲ってくる確証はない。しかし力の強い紀里香に気付けば襲ってくるかもしれない。


 視線を二人に戻すと、困った顔をした紀里香にまた抱き着いている彩乃。依然、二人の会話は聞こえない。


 彩乃は悪魔を知らない普通の女子高生。力が強く、悪魔が見えるようなってとはいえ、紀里香も悪魔に抵抗する力がない以上、大差はない。


(僕がやらなきゃ)


 響司は右手首に着けた黒い糸を親指と人差し指の爪で挟み、切った。


「ごめん、ちょっと急用思い出したから帰るね」


 響司は下り坂を走りだす。


 二人は口を動かし、何かを言っていた。しかし、響司の耳はノイズで支配されていた。


 見ているのは異質な黒い影。駅とは違う方向に向かうので知らない住宅街を走っていく。


 紀里香から距離が離れていくのはわかったが、悪魔が何をしようとしているのかさっぱりわからなかった。


「あの悪魔、どこに向かってるんだろう?」


 肩にかけた鞄を太ももで蹴りながら悪魔を追いかける。


「何かあったのか」


 ヨルが空を飛んでやってきた。響司が追いかけている悪魔の横を通って。


「なんで悪魔をスルーしてこっち来ちゃうのさ!?」


 走っている響司の横を同じ速度で低空飛行するヨルを怒鳴ると、ヨルは空に顔を向けた。


「大丈夫だ。グラムがやるじゃろう」

「グラムがここに来てるの?」

「あの悪魔が向かうのだ」


 走っていた足を止めて、あがっている息を整える響司。


 頭の中に地図を出すと、確かに悪魔の移動する方角には病院があった。


「病院に何があるのさ」

「人間だ。それも死に近い人間がのう」


 悪魔は魂を喰らい、力を蓄え、世界に留まる。


 病人怪我人が集まる病院は交差点とは違った意味で悪魔にとって良い餌場と言える。


「あの悪魔は今からご飯ってことね。結界……は多分届かないよね」

「グラムは強い。手を出さなくてよいのだ」

「ヨルが大丈夫って言うなら信じるけど……」


 ノイズの音は遠くなっていく。


 耳の感覚が戻ってきて、子供の声が小さいながらも入ってくるようになる。


「元々あった餌場を小僧が壊したじゃろう。餌場が無くなったから雑魚共は死者の生まれる場所や留まる場所を目指しておるのだ。数日調べたが新しい餌場も出来たおらぬようだったぞ」

「じゃあ、あの悪魔が病院に向かっているのって僕のせいってこと!?」

「逆だ。歪だったのが本来の形になっただけだ。それに、今はこれで良い」


 ヨルの言葉に響司は首を傾げた。


「要件があの悪魔だけであればワシはまたグラムのところに戻るぞ」

「なんでそんなに悪魔の扱いが軽いのさ……」


 ヨルは答えず空中にまた浮かび上がる。


「戻るならグラムに伝言して。ビーズの指輪作りの目途が立ちそうだって」

「ワシは伝書鳩ではないんじゃがのう。のう……」

「鳩って顔じゃないよね。肉も毛もないし」

「小僧! ワシの顔を愚弄するか!? 良い度胸だここで殺しても構わぬのう! のう!」


 響司は両耳を塞いで、怒鳴り散らすヨルを知らんぷりをするのだった。

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