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放課後の図書室。ラミネート加工された手芸のラベルを見つけた響司はビーズ細工の本がないか一人で探していた。
ヨルは相変わらず病院でグラムとずっといる。何を調べたいのかは謎のままである。
縫物系、刺繍系と並ぶ中、棚の一番下の段にあった小物づくりの本をしゃがんで手にする。表紙にはビーズで作られたブレスレットが掲載されている。
「この本ならいけるかな?」
「何がいけるの?」
「ビーズでできた指輪作りの参考に……ん?」
質問に答えたところで響司は誰と会話をしているのか、わからなくなった。ヨルがいない今、しゃべる相手はいないはずだった。
上から降ってきた声の主を拝むべく、響司は顔だけを上にずらしていく。
長い黒髪を垂らし、逆さまドアップで映る逢沢紀里香の整った顔に響司の身体は勝手に跳ねた。
「勉強しなくていいのかしら?」
半眼で冷たいトーンの紀里香に響司は言い訳が見つからず手に持っている本を盾にした。
「自分の事より困った他人よね。未来の自分はテストの点数が低くて困ったことになるのに。私のときもそうだったものね」
「ちゃんと帰ったら勉強するから大丈夫だってば」
本の横から紀里香の様子を窺う響司。
数センチ先にある紀里香の顔に信頼の文字はなかった。
「私の一件で命落としかけた人が何を言ってるんだか」
「……生きてるから問題なしということにはなりませぬか」
「結果論でしょ」
論破されてしまって響司はもう一度本で守りを固めた。紀里香は守りのない響司の背中を膝でつんつんとしてくる。
身体が前後に揺らされる響司は新たな視線が横から飛んできていることに気が付いた。遠くを見ると、司書が返却されたのであろう本を両手で抱えながら恨めしそうな目でこちらを見ていた。
「……静かにしまーす」
響司は立ち上がってテーブルと椅子が並んでいる読書スペースへ静かに向かう。
ノートと教科書が広げられたテーブルが一つ。他のテーブルはイスが整理されたままで使われている形跡なし。
誰も使っていないテーブルを見つけてすぐに座ろうとすると、紀里香がノートと教科書を広げたテーブルを指差した。
「こっち」
空いた椅子に置かれているパステルカラーのミサンガのようなストラップが鞄は教室で何度も見たことのある紀里香のものだ。
「今は勉強する気がなくて……」
「何か言ったかしら?」
響司は紀里香の背後にいつぞや動画で見た貴族の令嬢の幻影が見えてしまった。
「いえ、何も言っておりませぬ」
大人しく響司が座ると対面に紀里香が座った。また図書室で勉強をしているようだった。
持ってきた小物の本を開いて目次にビーズ細工の文字がないか確認する。
「あったあった」
目的のページまで一気にめくっていく。
完成したビーズのブレスレットがカラー写真で掲載されており、イラストでビーズとテグスの組み合わせ方が丁寧に解説されている。
作りたい物はあくまで指輪だ。
ブレスレットの作り方を応用して作れるようになるかもしれないが、智咲が受ける手術までの間に指輪の作成まで辿り着かないだろう。
(動画、とか? でも作りたい指輪の形は界さんが智咲さんに渡した指輪だし……。形次第で作り方とか変わるんじゃ……?)
形や色の詳細はグラムから聞いて、簡単なイラストにしている。智咲の誕生日が三月ということで界はアクアマリンを模した水色のビーズを主に使った指輪を渡したらしい。
誕生石のことまで考えている界は本気で智咲が好きだったのだと改めて思い知らされた。
「弱ったな」
ぼそりと呟きながら本を閉じると、紀里香がシャーペンを片手にじっと見つめてきていた。
「何か?」
「最近、ヨルさんと一緒にいないけどケンカでもしたの?」
「ヨルがどこかに行くのはいつものことだと思うけど」
「見えるようになってから数日しか経ってないけど、なんだかんだとヨルさんは刹那くんの近くにいたわよ。少なくともヨルさんは刹那くんが見える範囲にいると思うわ」
第三者の視点からヨルはずっと近くいたらしいことを聞いて響司は信じられなかった。
「ケンカはしてないよ。前に話した悪魔のいる病院にずっといるみたい。あと僕とヨルがケンカをしたら絶対に負ける。死んじゃう」
結界で閉じ込めたはずのヨルが外に出てきたことを思い出す。ヨルは響司よりも力が絶対に上だ。それでもヨルは響司を契約者にしている。
再契約までした。ヨルはヨルの考えがあって行動しているのは明白だった。
「契約者、なのよね? ゲームなら立場上でしょ? さすがに殺されたりはしないんじゃない?」
「手加減はしてくれてるみたいだよ。ただ、契約については知らない事多いってわかったばかりだし……」
先輩契約者である界に聞いておけばよかったのではないか、と後悔すると同時に智咲と会わせられなかった事実が響司の胸を締め付けた。
今日一日、気を抜けばずっと界に心の中で『智咲さんに会わせれなくて、ごめんなさい』と謝っていた。
「またその顔」
「何が?」
「刹那くんは今日、暗い顔ずっとしてるから」
紀里香は響司の変化を見抜いていた。
まだ関わって長くない紀里香が見抜いてきたことに響司は舌を巻いた。響司は閉じたまま両手で挟んでいた本をテーブルの上に置いて、イスを引いて座り直す。
「助けなくちゃいけない人がいて、助けるためにやるべきことをしたはずなのに、ずっと納得できないんだ。間違ってる間違ってないじゃなくて、完全に気持ちの問題だって分かってるのに消化できないでいる……」
座り直したのに響司はずるずるとテーブルの下に飲み込まれていく。正しい姿勢なんてものはなく、顔だけを椅子にのせる。
白い天井で灰色に汚れている一カ所だけに視線を集中させた。
響司は頭にあった界の手の感触がまだ残っている気がして、自分の頭に右手をおく。
「割と重めね」
「そうなんですよー。今、体重計ったら太り過ぎ確定なんですよー」
晴樹と一緒にいるときのようにふざけてみるが、重さは変わらなかった。
「無理に消化しなくていいと思うわよ」
「なんですと?」
テーブルの下から頭だけを生やすと、頬杖をついて口をとがらせた紀里香がいた。
「無理に解決しようとして、自分を呪っちゃうぐらい拗らせた本人が言うんだから間違いないわよ」
「嫌な太鼓判。傷つくなら言わなきゃいいのに……」
頬杖をやめて、顔を隠すように両腕で小さな壁を建築していた。
「だって嫌じゃない。助けてくれた人がウジウジしてるの。ちょっとは力になりたいじゃない……」
「えっと、味方だから?」
迷いながら言うと、黒い髪で隠れていた左耳が髪の隙間から顔を出した。ほんのりと、赤くなっている気がした。
「そうよ、悪い?」
不機嫌な物言いが照れ隠しだとわかって、響司は図書室でまた叱られないように笑いをこらえる。
「……今の刹那くんはちょっとだけ嫌いだわ」
さらに高くなる腕の防護壁。
響司は見つからないように口だけを動かす。
ありがとう、と。
「ビーズの指輪をどうするか考えないといけないや。他に参考になりそうなものあるかな?」
「さっきから思ってたけど、何か関係あるの?」
「うん。思い出の品で生きる力を取り戻そう大作戦を決行しようと思ってさ。現物残ってないらしいから作り方を一から調べないといけないんだよね」
腕の防護壁は崩れ去り、紀里香がまた姿を見せる。
「作戦名的にビーズの指輪っていうのが思い出の品ってことね……。そういうことなら一人心強い助っ人がいるわよ」
見当がつかず、目を何度も瞬きさせる響司。
「彩乃よ。あの子、演劇部で服作ったり小物作ったりしてるから。ビーズの指輪もこの間の貴族のお嬢様役の子全員分作ってたし」
彩乃はオリジナリティある二色のブレスレットを常にしている。演劇部で指輪を作った経験があるなら心強いことこの上ない。それでも、素直に喜べない響司がいた。
九条彩乃は響司を敵と認識しているのか、猫のような威嚇をしてくるようになった。すべては中指を立てたスタンプが送られてきてからである。
「僕、殺されないかな?」
「悪い子じゃないのよ……本当に……」
図書室でフォローになってない言葉をもらって響司は新しい悩みを抱えるのだった。




