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「――でさぁ、智咲のやつ、俺が手を握ったら急に無口になってそっぽ向きやがんの。可愛くないか?」
「そうですね」
「だろぉ!!」
界と智咲の昔話を始めて数分後、界の話す熱が上がっていき、ただの惚気話となって止まらなくなっていた。
すでに十分は話題が尽きることなく一人で喋っている。響司は話を切らないように相槌や肯定的な数文字だけを返し続ける。
智咲を助けるためのヒントを得るため、響司はメモを取っていたが途中でメモの速度が追い付かなくなり、録音に切り替える。
「何故、つまらぬ話を聞き続けられるのだ……」
耳元でヨルが愚痴るように呟いた。
「父さんが母さんの昔話をするときと似てるから、かな? 酔ったときとか親戚が嫌がる顔しても続けるし」
「申し訳ありまセン。主様はチサキ様の事となるト、周りが見えなくなる方なのデ……」
「気にしてないよ。大切で大好きな人の話だからこそ、溢れてくるんだよ。多分だけど」
智咲の話をしている界はとても輝いている。生き生きとしていて、死者だとは思えない活力が溢れだしていた。
自分にはないモノを持っている界を見て、響司は羨ましさとほんの少しの寂しさが混じった感情が湧いてくる。
(好きな人がいたら、僕も変われるのかな?)
右手のひらを心臓に当ててみる。正しく心臓が鼓動するだけで何かがわかるわけではなかった。
「そういや、智咲がメチャクチャ落ち込んだ時期があったな」
「どんなことですかっ」
界は口元を大きな手で隠した。
「あー、すっげー青くて恥ずかしいことした。マジで……」
白くて半透明な霊体のままなのに、恥ずかしさで耳が赤くなっているように見える。
「俺と智咲って進路が違ったんだよ。俺は何やりたいか決まらないから大学に行くことにしたんだ。智咲は美容関連の仕事がしたいっつって専門学校に通うって感じで」
「学校が違うから落ち込んだ?」
「いや。遠距離恋愛になっちまったんだ。俺が頭良かったら智咲の学校付近の大学に行けたかもしれねぇがそこまで頭良くなかったんだわ。そもそも大学合格がギリギリだった」
さっきまで熱のあった界とは違って、静かになっていた。
「知ってっか? 遠距離恋愛になったら破局する確率七割を超えるんだそうだ。そんな噂を智咲は真に受けて落ち込んでよ。卒業までの数カ月、雰囲気暗いわ、急に泣き出すわの情緒不安定祭だったのよ」
「でも、結婚直前までいったんですよね?」
「智咲は二年たったら戻ってくるって話だったから二年間はお互い頑張ろう。週末は電話するか会いに行くって約束をしたんだよなぁ。――指輪付きで」
「高校生で指輪!? 給料三カ月分とかいうアレ?」
「そんな立派なものじゃねぇさ。俺がビーズで作っただけの指輪だ。指の大きさなんて知らねぇし、卒業間近でバイトもまともに出てなかったから給料なんて雀の涙程度で買えるかよ」
「貯金的なもので買ったのかと」
「意味もなく貯金するぐらいなら智咲とのデートに全額投入するわ。てか、した」
豪快とも潔いともとれる界の発言に響司は感心する。
「なら今回もビーズ細工で、っていうのはどうかな? 界さんのメッセージ付で。そしたら智咲も元気が出るかもしれない。今、指輪ってどこにあります?」
「壊れちまった。ずっと着けてたらしくてな。専門学校二年のときに潰して泣いてたからな」
指輪と同じものを作って、界にメッセージカードでも書いてもらえばいいと思っていたのは甘かったらしい。
「あの指輪でしたラ、形や色を覚えていマスよ」
グラムの言葉に響司と界が振り向いた。
「マジでか?」
「主様が不器用過ぎて御手伝いしたのをお忘れデスカ」
「テグスとかいう糸にビーズすら通せなくて、すんませんした……」
グラムに頭を下げる界。
一時期、退屈しのぎに手芸をやっていた響司も手芸専門店でテグスは見たことがある。太くてそれなりに強度のある糸だった。
「ビーズの穴って大きいから針の穴に糸を通すより楽じゃ?」
「力任せに糸を入れるから、糸を入れている途中でビーズが指から弾けるのデス」
「あれは暗いところでやったからでだなぁ」
「誰にも見られたくないからといっテ、布団の中、懐中電灯の明かりだけデ作業していたからデショウ」
懐中電灯を置いた狭い空間。大きな手で一粒のビーズを持ち、筋肉で無理やりテグスを通そうとしている光景が浮かんだ。
「不器用なのに無茶を……」
「男がビーズ細工なんて恥ずかしい、と言って見せたがらなかったのデス」
界の話声がしなくなったと思ったら、病院の廊下を忍び足でゆっくりと歩いていた。
「界さん、どこ行く気ですか?」
「いやぁ、智咲の顔を見たくなってな。この病院にいるんだろ? だったら探せばいいかなって」
「やめておけ」
黙っていたヨルが強い語気で言い放つ。
「いいだろ、見たらちゃんと消えるって」
「申し訳ありませんがその願いはかなえられまセン」
グラムが廊下の入口までの道を塞ぐように立つ。右手は剣の柄を握っていた。
「グラムまでなんでだよ! 智咲に一目会いたいんだよ!」
「貴様、悪霊になりかかっとるぞ」
界の足元をヨルは指差した。
黒い泥のようなものが湧き出ている。泥よりも粘着質な異物は底が見えない。間違って足を踏み入れれば、そのまま沈んでいきそうだった。
「小僧は触れるなよ。結界に触れたときのように魂と肉体が切り離されるぞ」
ヨルが響司の前に立ち、左手の爪を出した。
「死者が無駄に欲を持つな。欲を受け止める肉体はない。死んで苦しめるだけならそこには互いを求め合う愛があろう。死んだ後も苦しめるなら愛ではない。自己満だ」
ヨルの重い言葉に界は不機嫌そうな顔をした。
「少しでもダメなの?」
響司が尋ねると、グラムが首を横に振った。
「悪霊にするために呼んだわけではありまセン。あくまでも助言が欲しかっただけデス。チサキ様に苦痛を与える可能性があるならバ――主様でも斬りマス」
「都合よく俺を使いやがってよ……」
界はおずおずと降霊の陣の前まで戻ってくる。足元の泥は取れていた。
「智咲を傷つけることができるかよ。グラムに斬られるのもゴメンだ」
「申し訳ございまセン、主様」
「主様はやめろって」
界の身体がゆっくりと透明度が上がっていく。
「刹那、悪いが智咲のことどうにかしてやってくれ。俺にはどうにもすることが出来んらしいからな」
「やれるだけやってみます」
「男なら必ずやってみせるぐらい言いやがれ」
「わからないことを言い切るのはちょっと……」
困り顔で響司が言葉を返すと、界の大きな手が頭を軽く押さえつけてきた。
人の感触がある空気は何度か左右に撫でて離れていく。
「グラム、サポートしてやれ」
「もちろんデスとも」
「智咲に『生きてくれ』って伝えてくれよな」
界の身体は消えた。降霊の陣も反応を失い、輝きが無くなる。
響司は頭に残った感触を思い出して、ヨルとグラムを見据えた。
「本当に智咲さんに会わせるの無理だったの?」
「あの程度であれば問題ないと言えば問題ないかもしれぬな」
予想外のヨルの回答に響司は思わずパンチを繰り出した。黒い靄に吸い込まれて通り抜けてしまった拳は虚しかった。
「ワタクシも会わせたかったデス。しかし、昔と今のチサキ様の変貌ぶりをご覧になった主様がどうなるか見当もつかないのデス」
「本当に悪霊になったとき、グラムに斬らせるのか? それとも小僧が結界を使って消滅させるのか?」
淡々と選択肢を出すヨルを睨みつける響司。
ヨルは動じることなく、言葉を続ける。
「ワシらの目的はチサキという人間をどうにかすることだ。目的を間違えるな」
「それでも……会わせたかったよ」
込み上げてくる感情が処理できず、泣きそうになりながら響司はしばらく天井を見上げた。




