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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
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「どうされたのデスカ、その御身体ハ!?」


 学校が終わってすぐに病院へ駆け付けた響司に対して、開口一番にグラムが叫んだ。


 病院の駐車場に止まっている一台の大型車の裏に姿を隠している響司は、目の前にいるヨルとグラムから目を逸らして苦笑いをする。


 制服姿の響司の左頬に大き目の四角い絆創膏があった。両手の甲には擦り傷と円形の腫れ。ヨルと分かれた朝にはなかったものだ。


「何かあれば糸を切るように言ったはずだがのう。のう」


 ヨルが左手の尖った爪で響司の額の中央を何度もつつく。


 爪楊枝で肌を刺されるような痛みを響司は甘んじて受け入れた。


「あったはあったんだけど、逢沢さんと一緒に帰ってることや連絡先交換したことがバレて賞金首みたいな感じになってたりして……。嫉妬のゴタゴタにヨルを巻き込むのはどうかなー、とか思ってしてたら放課後になってましたね。はい……」


 晴樹が火に油を注ぐなと言っていたが、現実はさらに一つ上。前は遊び半分だった嫉妬の炎に可燃性ガスが投下されて爆発していた。


 紀里香から響司へ電話をしていた、という事実があっという間に広がっていたのだ。さらに、彩乃が紀里香と響司の名前を連呼して晴樹から連絡先を聞き出していたことも相まって、信憑性(しんぴょうせい)が上がっているオマケつき。


 何も知らず登校した響司の一日は、靴箱に入っていた新聞紙の文字を切り抜いて作られた殺害予告の手紙から始まった。


 なんだかんだと無事生きていられたが、最後の体育が地獄だった。サッカーをやることになり、クラスメイトから『ボールは友達』を前後逆で実践されそうになったのだ。


 誰よりも先にゴールキーパーになることで回避できたと思いきや、ゴールネットに向かうべきボールは響司の身体へ向かう魔法にかかっていた。


「嫉妬って怖いよね。本気でさ……」


 心身共に疲弊しきった響司は口を半開きにした状態で静かに笑う。


「恋は人間を狂わせるからのう」

「しかし、やり過ぎではないデショウカ」

「命はある。問題なかろう」


 二体の悪魔は対極的な言葉を発した。


「契約者が傷つけられたのデスヨ」


 ヨルは響司の額をつつくのをやめて、グラムと顔を突き合わせる。


「傷で済んどるからよいのだ。ワシらがよく召喚された時代であれば女に手を出して殺されるなぞ、よくあることだったではないか」

「今と昔は違いマスヨ」

「……面倒な時代になったものだのう」


 ふわふわと浮遊したヨルは背を向け、病院の壁をすり抜けて入っていった。


「またどっか行っちゃうし」

「降霊術を行う場所へ向かったのデショウ」

「え、もうするの? まだ人が」


 診察受付は午前中に終わっているが、まだ診療中の人がいる。

 

 人の目がある以上、降霊術を使う気にはなれない。


「大丈夫デスヨ。ワタクシとヨル様で人払いの結界を張りマス。セツナ様は降霊術に集中してもらえればいいのデスヨ」

「認識阻害の結界って、ヨルから教えてもらった結界だからヨルは使えるの分かるけど、グラムも使えるんだ」

「力をある程度持った悪魔なら使えマス。セツナ様が結界を覚えたと聞いたときは驚きマシタガ」


 グラムは上半身を低くし、手と腕でこちらへ、と老執事のごとく丁寧に響司を案内する。


 響司はヨルが消えた壁をじっと見つめた。


「グラムって本当に悪魔? やっぱりヨルと全然違うけど」

「同じ人間はおりマセン。悪魔も同じデスヨ」

「分かっているんだけど、ここまで違うとね。ヨルにグラムの爪の垢でも煎じて飲ませればもう少しは僕の扱いがまともになると思うんだけど……。あれ、そもそも悪魔だから爪の垢どころか爪がない?」


 空色の騎士のヘルムから小さな笑いが漏れていた。


「誰かと喋るのは楽しいデスネ」


 一般人には悪魔のグラムを見ることも話すこともできない。確実に干渉できる契約者も死んでしまっている。


 グラムは智咲を守っている間、ずっと独りだったのだろう、と想像して響司はもっと話がしたくなった。


「質問なんだけど、グラムの契約者さんはどんな人だったの?」


 前を歩いていたグラムが黙ったまま手を横に伸ばし、静止を促してきた。響司は黙って従い、足を止める。


 病院の自動ドアから右腕を包帯で固定した男性が出てきた。


 男性との距離が数メートル離れてたところでグラムは手を下ろし、また前を歩き始める。ペースはさっきと比べて、ややゆっくりだった。

 

「今回の主様の名はカイといいマス。カイ様は表情が豊かで、真っすぐな方デシタ」


 今回の、という言葉が響司の中で引っ掛かった。

 

(ヨルがライゼンさんと五日だけでも契約していたんだし、契約悪魔は何人かの人間と契約しているのは当たり前なのかな)


 今更ながら契約悪魔のこともロクに知らないことを自覚する。学校の勉強は嫌いだが、悪魔に関する参考書があるならば、時間を惜しんで勉強していた。


「真っすぐすぎて、よく人に騙されそうになっておりマシタガ……」

「そうなんだ」

「ワタクシと契約したときでさえも『恋が叶うおまじない』だと信じ切って、一人きりの教室でコックリさんをしていたのデスカラ」


 コックリさん――占いだったものが降霊術として日本では定着してしまったものである。紙に数字や五十音などを書いて硬貨おいて行う。


 ホラー番組で紹介されているところを響司は見ただけで詳細は知らない。


「それって、まずくないの?」

「一歩間違えれば悪意のある存在が呼び出されて死ぬデショウネ」

「ですよねー」

「ワタクシが現れたときはカイ様が喚き散らして願いを聞くのに苦労致シマシタ」 

「コックリさんって、和式の降霊術だよね。なのに西洋甲冑って……」


 召喚に使われたモノとグラムの見た目がアンマッチすぎる。


「確か『鎧武者じゃないんかい!』と契約した後に叫んでマシタネ」

「ツッコミのできる主様だ」

「要望通り鎧武者になろうとしたら、とめられマシタ」

「融通の利かない悪魔だ……」


 談笑して進むと、ヨルが見覚えのある紙コップタイプの自販機の横で待っていた。


 グラムと初めて会った沢渡大学病院の端っこにあるスペースだ。


「人がそもそも来ないような場所だけど、降霊術の陣を描く場所は?」

「アレらしいぞ」


 ヨルが顎で廊下の奥を指した。


 先にはローラー付きの大きなホワイトボードが一台あった。格子状の黒くて太い線が最初から入っている。


「ルーズリーフの薄くて細い線で陣は起動しなくなっていたんだよ。絶対無理だって。降霊の陣って大きく描かないと発動しないんだから」

「裏は何も書かれてないから大丈夫だ」


 壁側を向いているホワイトボードの面を見る。裏は真っ白で、ボードの表と裏で別の使い方が出来るようになっていた。


「陣の大きさに関しても大丈夫だろう。なんだかんだと小僧は力をつけているようだしのう」

「そうなの?」

「ワシを結界に閉じ込めたのを忘れたか。交差点のときに使った陣よりも小さい陣で効果を発揮していたではないか」


 交差点のときに使った結界の陣はA4サイズのコピー用紙いっぱいに描いていた。ヨルに結界を張ったときは手のひらサイズの生徒手帳。


 確かに陣が小さくなっていた。


「そっか。僕、力ついてたんだ。というか、何でヨルがコピー用紙の結界のこと知ってるの?」

「……無駄口をたたいておらず陣を描け。さっさと描け」


 左手の爪で響司の後頭部を高速でつつくヨル。


 逃げる響司の後頭部をヨルの爪はちゃんと追いかけ続ける。


「痛い痛いってば! 描きます。描かせていただきますぅっ!」


 グラムは腕を組み、今はいない主を思い出しながら騒がしい人間と悪魔を眺めるのだった。


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