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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
38/78

 ―― ◆ ―― ◆ ――


 満員電車から解放され、改札を出た響司は歩き慣れた学校まで続く道をヨルと共に進む。


 太陽は絶好調。満員電車の暑さにやられそうになった今ぐらいは雲の後ろに引っ込んでいて欲しいが、雲が少なかった。


「――という訳だ。悪魔があの病院をいつ襲ってくるか分からぬからグラムは動けぬぞ」


 大きなあくびを噛み殺していると、ヨルが話を締めくくる。ヨルから昨晩の出来事のあらましを電車の中でラジオのようにしていた。


「病院から離れられないなら降霊を病院でやるしかないよね。どうしようか……」


 前髪で隠れて見えづらい眉間にシワを作る。


 降霊術をやっているところを誰かに見られたくなかった。人のいない深夜の公園でやったらいいと響司は考えていたが、無理そうだ。


「ライゼンであれば認識阻害の結界を貼りながら降霊術を行使できるだろうが、小僧は魂が耐えれぬからな」


 ヨルの口から久しぶりにライゼンの名を聞いて、響司は好機だと思った。


「ライゼンさんってどんな人なの?」

「聞いてどうするのだ。とうの昔に死んだ人間だぞ」

「ヨルと出逢うキッカケを作ってくれた人だよ。知りたいに決まってる。ヨルとはどんな関係だったの?」


 響司とヨルが共に行動する時間は日が経つにつれてどんどん増えている。ふらりと勝手にいなくなっていたヨルが昨日は行く場所を事前に言い、提案までしてくれた。


(少しは信頼してくれてると思うんだけど……相変わらずヨルは自分のことを全然話してくれないんだよね)


 心の中で苦笑をしていると、ヨルが唸った。


「強いてあげるならば悪友といったところかのう」

「契約者じゃないんだ」

「ライゼンは生まれながらにして強い魂を持ち、悪魔や魂を感知する力を持っていた。ライゼンと契約したのはたったの五日だけ。それ以外はワシが一方的にライゼンに絡まれていただけだ」


 心底うっとおしそうにヨルは語った。


 ライゼンのことをヨルの元契約者だと思っていた響司は契約期間の短さとヨルの扱い方に驚く。


「どんなことをされてたの?」

「無理やり悪魔祓いの仕事に付き合わされたり、ワシを新しい陣の実験台にしたりと好き放題しておったわ。それこそあのオルゴールも実験の結果生まれたものだ」


 オルゴールを見たヨルが怯えていたのも頷ける。実験の中で散々な目にあっていたのだろう。


「それ、悪友って言っていいのかな……」

「肩を並べて悪戯をしていた時期が長いのだ。とはいえ、ライゼンが子供の時の話だがな。先の話はアイツが大人になってからの話よ」


 ヨルの声のトーンが少しずつ高くなっていく。


「子供から大人って、結構長い間一緒に過ごしてたんだね」

「そのせいでワシは『ライゼンの悪魔』と呼ばれるようになってしまったがのう」

「二つ名的なもの?」

「うむ。悪魔は力を持てば身体を持ち、力を示せば忌み名を付けられる。ライゼンにそそのかされて悪魔と戦わされることが多かったせいで不名誉な忌み名を付けられてしもうたのじゃよ」


 不名誉と言いつつヨルが笑っているような気がした。


「ライゼンさんのこと好きだったんだ」

「嫌いじゃよ。無理やり契約させて勝手に他の悪魔に敗れ、喰われたのだ。そんな男を好きになるはずがないのう。のう」


 学校まで徒歩五分ぐらいのところで長い上り坂が見えた。人もさっきまで通っていた道よりも多くなっている。しかも、ほとんどが響司と同じ制服を着た男女だ。


 通学の方法も生徒も教師関係なく沢渡高校に通っている者が合流する坂道だ。遅刻ギリギリであれば走る制服で歩道が埋まる。


 響司は早めに登校しているので、まだ人が少ないとはいえ、これ以上ヨルと会話をし続けるのは難しそうだった。


 ヨルも察したのか、黙って空を飛ぶ。


「ワシはグラムのところに行く」

「わかった。学校が終わったら僕も行くよ」


 ヨルは左手を出して、響司の左腕に糸を絡みつけた。糸は今まで見たことのない太めの黒い糸だった。


「何かあったときはそれを切れ。そうすればワシに伝わる」

「ヨル版の110番(ひゃくとうばん)ってこと?」


 響司が左腕についた糸を触りながら質問したときにはヨルはいなくなっていた。


 まだ聞きたいことはいっぱいあるが、今日はヨルとライゼンのことを知れたのでプラスとして捉える。


「にしても、ライゼンさんが嫌い、か」


 ライゼンのことを話すヨルはどう見ても嬉しそうだった。なのにヨルは嫌いだと言った。


 おそらく不用意に踏み込んでいい場所ではない。ヨルの地雷なのだろう。


 響司にも地雷はいくつもある。地雷の中でも、踏み抜かれたらいつもの自分でいられるか不安になるほどの特大の地雷が一つ。


「次からヨルにライゼンさんのこと聞くときは注意しないといけないかも」


 響司は頭にあるヨルの説明書に新しいページを作って、学校まで伸びる坂道を見つめた。


「テストのこともそうだけど、降霊術をどうするかも考えないといけないよなぁ」


 授業を疎かにできないことに苦悩しながら、降霊術を病院のどこで行うか思案するのだった。



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