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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
約束の騎士
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「この時間は、おそらく外デショウ。ついて来ていただけマセンカ」


 グラムの言葉に従い、響司とヨルはグラムの後ろを二歩半下がってついて行く。グラムの足取りは遅すぎず早すぎないスピードだった。


 人が多くなる病院の受付とエントランス付近では、グラムの歩くスピードがゆっくりになり、時折、響司との距離を確認するように振り向いては足を止めていた。

 

 悪魔であるグラムは人や物にぶつからずに歩ける。対して人間の響司は実体があるためぶつかる。悪魔と人間の違いを理解し、気遣うようなグラムの行動がかなり人間慣れしているように響司は思えた。


 病院を一度出て、病院の裏手に周る。裏には駐車場があり、駐車場の端を抜ける。さらに進むと、花壇が並んでいるスペースが見えた。


「やはり此方(こちら)でシタカ」


 花壇の先には芝が敷き詰められた緑豊富な広いスペースがあり、看護師と入院中の患者と思われる人たちがいた。


 その中でグラムが見ていたのは車椅子の上で座っている女性だった。肩にかからないぐらいのボブスタイルで、足の長いスレンダーな人だ。もし通りですれ違ったら、もう一度見てしまうのは間違いない。


(綺麗、なんだけど……)


 響司の心の中で迷いが生まれてしまったのは女性の顔色の問題だった。切れ長の目の下は酷い(くま)。響司と女性はまだ十メートル以上離れているのにも関わらず唇が青いのがわかってしまう。


 どこかに健康を捨ててきてしまっていた。


「あの人がグラムの契約者?」

「いえ、主様の奥方となるハズだったお方デス」

「はず、だった? その……別れちゃったとか?」


 聞きづらいながらも確認のために質問すると、グラムは下を向いて首を横に振った。


「別れた、というよりも別たれたというべきデショウ。ワタクシの主様はこの世界から去ってしまいマシタ」


 明らかにトーンの下がった声でグラムは答えた。


 響司はグラムの言葉を思い出す。


(役目を終えたって、そういう意味か……)


 ヨルが『そうか』と言葉少なく返したことも理解した。それ以上に返す言葉もなかったはずだ。


 ――プツン。


 物思いにふけっていると、糸が切れるような音がした。ヨルを見たがヨルは何も反応していなかった。


 気のせいかと思った響司は車椅子の女性を再度観察した。目には生気がなく、車椅子の上でまったく動かないので、精巧な人形と言われても納得しそうだった。

 

「契約者を失っても契約者のために働くか。大馬鹿者だな」

「ヨル!」


 見直しかけたところにヨルが失礼なことを言ったので響司は強めに叱咤した。


 貶されたはずのグラムは軽く笑い飛ばす。


「いいのデスヨ。ヨル様は何も間違っておりまセン。契約悪魔は契約者がいなくなれば生まれた場所に還るべきなのデス。しかし、ワタクシは主様にあの方を――チサキ様を置いて還ることができマセン」


 看護師に車椅子を押されて、緑のスペースから病院へ繋がる道を進んでいくチサキを響司はヨルとグラムと一緒に見届ける。


「……最後に主様から『チサキを守ってくれ』と託されましたノデ」


 空色の騎士は腰にある剣の柄を左手の人差し指で撫でていた。


 ――プツン。


 また見えないところで糸が勢いよく切れた。


 看護師と患者が糸を持っていて切ってしまった様子もない。他に何があるか確認するが緑と背後の駐車された車ぐらいしか見えない。


 外にいて、糸が切れる音がはっきりと聞き取れるはずがない。


(もしかして魂鳴り?)


 響司は耳に手を当てて音源を探してみるが、音を鳴らさなくなっていた。


「悪魔が叶える願いは原則一つだ。いくつも叶えていてはきりがないぞ」

「今回の主様とは他の主様たちに比べて長い時間を過ごしマシタ。少しだけ情が湧いてしまったのデスヨ」

「情で動くのは結構だが、己の状況を理解した上で動くことだな」

「それはもちろんデスとも」


 悪魔二体が会話を繰り広げる横で響司はまだ探していた。しかし、一向に音が鳴る気配がない。


 この場所に来た理由はグラムの依頼内容の確認だ。魂鳴りを聴くためではないので、諦める他なさそうだった。


「結局、グラムは僕に何をして欲しいの?」

「チサキ様に生きる気力を取り戻させてほしいのデス。あの方は主様を深く深く愛しておられマシタ。故に主様のいない世界から魂が離れようとしてイマス。悪魔のワタクシには、生きる気力を与えることができマセン」

「人間は悪魔が見えないからだよね?」

「そういう訳ではないのデスヨ」


 悪魔は基本、人には見えない。ヨルが紀里香に見えるようにするときは決まって糸を絡みつけていた。グラムもヨルの糸と似たような能力があれば解決するのでは、と響司は睨んだが、あっさりと否定されてしまう。


「ふむ。小僧よ、弦が切れる音が聴こえておったか?」


 ヨルの質問に響司は目を丸くした。


「やっぱりヨルにも聴こえていたんだ」

「当たり前だ。アレは魂と肉体を繋ぐ欲の弦が切れる音。そして弦を切っていたのは、まさしくチサキという人間だ」


 欲の弦。それはヨルが響司にないと言い放ったものだった。


「『欲無し』になろうとしているってこと?」

「否だ。『欲無し』とは、欲がなくとも生きている人間として狂った存在のことだ。対してアレは生きる支えだった欲を失って、死にたがっているだけだ」


 チサキと自分の違いをなんとなく把握した響司はあることに気付く。


(あれ? さらっと僕、人間じゃないって言われなかった?)


 ヨルは響司を見下ろしたままだった。


「して、グラムの依頼を受けるのか?」

「受けたいんだけど、今のところ何をしたらいいかわからないんだよね……」


 交差点の餌場のときはマオを浄霊する手段を、紀里香のときは呪いへの対応を、とアバウトながらやるべきことが分かっていたため、最初のアクションを決めることが出来た。


 生きる気力を取り戻させろ、と言われても響司の頭に浮かんでくるものが何もない。そもそも生きる気力とは何ぞや、と答え見つからないループに陥っていた。


「可能であれば十日以内に取り戻していただけるとありがたいデス」

「タイムリミットあり、か……。十日後に何かあるの?」

「チサキ様の手術デス」


 手術と聞いて響司は顔をこわばらせた。


「難しい手術なの?」

「医師の方はそれほど難しくないと仰ってイマシタ。デスが、このままでは……」


 難しくないと言っておきながらグラムの声は尻すぼみになっていく。


「死ぬかもしれぬな」


 ヨルが言うと、グラムは首肯した。


「もしかして、死にたがってるから?」

「そうデス。魂と肉体が離れかかっている今、下手に外的要因で意識を失うようなことがあれば魂が戻らなくなるデショウ」

「まだ欲の弦がすべて切れておらぬからよいが、切れたら最後だ。小僧のように戻ってくることはない」

 

 言い切ったヨルの言葉に響司は強く目を閉じた。


 響司の知る死の感覚。あれを誰かに味合わせるのは単純に嫌だった。


「絶対に取り戻させるなんて言えないけど、出来る限りはやってみる、じゃダメかな?」

「ありがとうございマス。それで構いまセン。悪魔のワタクシに出来ることがありマシタら申しつけクダサイ」


 グラムはそう言ってお辞儀をすると、チサキの乗った車椅子が入っていった病棟へと歩いてゆく。


(生きる気力……かぁ……)


 響司はその場に立ち尽くしたまま首を大きく傾けるのだった。

 

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