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「あー、終わった終わった」
沢渡大学病院の端も端にある自販機に響司はお金を入れた。紙コップタイプの自販機のため、冷たい緑茶のボタンを押すとカコン、と自販機の中で紙コップが落ちた。
「身体の具合が悪いわけでもないのに何故、病院に来たのだ」
緑茶の粉と氷が紙コップに入る様を半透明に黒色が入った受け取り口から響司は眺めていると、受け取り口に反射した大きな頭蓋骨があった。
人がいない事だけを確認して響司はヨルに話し始める。
「この前学校で倒れたじゃない? アレが担任のコウ先経由で父さんの耳に入ったらしくてね。病院代はあとで払うからすぐに行ってこいって昨日電話があってさ」
「昨晩『すまほ』とやらで話していたアレか」
「そうそう。事故に巻き込まれたことも連絡してなかったから、かなり怒られた」
響司の父親は基本、怒らない。父親本人曰く『怒鳴るのに慣れていないから』と言っているがその分、理詰めでくる。淡々としっかり追い詰めてくるので怒鳴られるよりも怖い。そんな父親が今回は明らかに感情で怒り、怒鳴ってきた。
自分の身体が健康だとわかっている響司でも父親を安心させるために形だけでも病院に行った方がいいと思い、学校を休んで病院にやってきたのだった。
予約もなしに飛び入りだったので、診察まで二時間半待ち。会計でさらに三十分待った。
スマホの時計を見ると、十三時十八分と表示されていた。
(あとで領収書の写真を父さんに送っとかないといけないな)
自販機から緑茶が完成した合図として、可愛らしいメロディが流れた。響司は紙コップに入った冷たい緑茶を自販機から取り出して、すぐに喉を潤す。
――カシャン。カシャン。
左から聞きなれない音がした。
音がしたのは白い壁の奥。病院の端には部屋らしい部屋はなく、音がするような空間があるはずなかった。しかし、音が止まない。
白い壁から空色の西洋甲冑が浮き出てきた。
フルヘルムで顔を隠して突如現れた西洋甲冑は右手にゲームでしか見たことのないショートソードを握りしめている。
「ん!?」
響司は飲んでいる緑茶を吹き出しそうになる。ヨルが響司と空色の西洋甲冑の間に素早く入った。
「音がしない……。だが、悪魔だな」
空色の西洋甲冑は言葉を発さないままショートソードを横に振った。ヨルは骨の左手を出して身構えた。
「契約悪魔のお方デシタカ。失礼致シマシタ」
カタコトで話す空色の西洋甲冑の悪魔はショートソードを腰の左側につけた鞘に納めた。そして、綺麗なお辞儀をした。
敵意がないとわかると、ヨルはすぐに左手を黒い靄に戻した。
ただ立っているだけで清らかなオーラを放つ空色の西洋甲冑が悪魔だと響司は信じれなかった。
「ワタクシは剣の悪魔、グラムと申しマス。其方の悪魔を野良悪魔だと思イ、主様の命を守るため、剣を抜きマシタ。ご無礼をお許し下サイ」
「誰が野良悪魔だ。ワシをあんな低俗な奴らと一緒にするでないわ」
一つ一つの所作が洗練された動きをする西洋甲冑の悪魔・グラムに響司は戸惑う。
「ヨルと全然違うね」
「姿かたちが異なるのは人間も同じであろう?」
「所作的な意味でだよ」
響司はグラムに歩み寄る。空色の甲冑は遠目で見ると艶があったが、近づくと傷ついている箇所があるのが分かる。
身長は成人男性と同じぐらいで、甲冑のヘルム込みだと一八〇センチを超えるぐらいだった。
「僕は刹那響司。あっちは契約悪魔のヨルだよ」
響司が紙コップを左手に持ち替えて、右手を前に出す。グラムは快く握手に応じてくれた。手甲は鉄よりも硬くて冷たかった。
「これはこれはご丁寧にありがとうございマス」
「本当に悪魔? ヨルと違い過ぎてなんかショックなんだけど」
「ショックとはどういう意味だ小僧!」
吠えるヨルを響司はスルーした。
「お二方は大変仲がよろしいのデスネ」
「グラムとやらよ。ちゃんと視認しておるか? 悪魔の中には眼がない奴がおる。貴様もうそうなのであろうのう。のう」
「ちゃんと真実を見る瞳を持っていマスとも」
「だとしたら、その眼は腐っとるぞ」
「ヨル、言い過ぎ」
響司がヨルに軽く注意すると、グラムは大声で笑った。
「いやはやナンとも! 主様以外で契約悪魔と会話する方がいるトハ!」
「普通でしょ?」
「契約悪魔と会話する人間は稀デス。願いを言ったらそれっきり、なんて当たり前なのデスヨ」
そうなの、と響司はヨルに視線で質問する。
「悪魔と人間じゃぞ。人間でいうところの種族や部族の違いとはさらに上の次元で異なっているのだ。ワシらのような異常な存在に恐怖も敬意も持たずに対話する小僧が珍しいのだ」
吐き捨てるように喋ったヨルはグラムを横目で見ていた。
「先程、主様の命と言っていたが悪魔狩りが貴様の役目か」
「いいえ、ワタクシの役目は既に終えていマス」
ヨルが役目と言い表したのは契約者との願いのことだ。グラムは終えていると言った。
契約悪魔は契約者と呼ばれる人間の願いを叶えるために人間のいる世界に存在する。それが『終わっている』というのはあまりに奇妙な話だった。
(終わっているなら、グラムはなんでまだここにいるんだろう?)
響司は当然の疑問を頭に浮かべた。
「そうか」
ヨルは理解したらしく、響司はさらに混乱した。
「悪魔のノイズがしないということは貴様、同族喰らいであろう」
「そういうヨル様も同族喰らいデスネ。貴方の魂にある剣には濁りも欠けも歪みもないデス」
グラムはヨルと見合った後、響司へと顔を向けた。
「契約悪魔と対話する優しき方と見込んで頼みがアリマス」
突然、グラムが片膝をついて頭を下げた。
「力を貸してクダサイ。悪魔のワタクシには、あの方をお救いすることがデキマセン。何卒、ご助力を……」
「え、ええぇ!?」
あたふたする響司は緑茶のまだ入った紙コップに力を加えてしまい、床に数滴、緑茶をこぼした。
ヨルは長いため息を吐いた。
「事情を説明せねば小僧も判断出来ぬ。小僧は落ち着け。貴様の退屈しのぎになるやもしれぬぞ」
動きまわる響司の頭をヨルは左手で押さえつけた。
無理やり停止させられた響司はクレーンゲームの人形のようにグラムの前に持っていかれるのだった。




