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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
交差点の悪魔
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 病院の廊下の行き止まり。

 人がいないことを確認した後、響司は震え続けるスマホを取り出した。


 画面には『ハルキ』と表示されている。


 受話ボタンを押してスマホを耳に当てる。


「もしもし」

『事故に巻き込まれたって、大丈夫なのか!?』


 電話をかけてきたハルキ――大山晴樹の大きな声にスマホを耳から遠ざける。


 本来なら授業中だ。

 聞こえた声が妙な反響をしていた。晴樹はどこかに狭い場所に隠れて電話をかけてきたようだ。


 心配性な友人の行動に頬が緩んだ。


「なんで知ってるの? どこから電話かけてるのさ。すごい声が響いてるよ」

『トイレからだよ。コウ先が授業中に慌てて教室に来てさ、セツがまだ登校してないって知ったらウチの生徒が事故にあったって騒いでさ――』


 コウ先というのは響司と晴樹のクラスを担任している教師のあだ名だ。


 事故があった後、気が動転して学校に連絡していなかった。

 沢渡(さわたり)高校の制服を着ていたから事故を見ていた誰かが学校に教えたのだろうか。


『で、俺の質問の返答は?』


 考え事をしながら晴樹の話を聞いていたため、言葉に詰まる。


 響司は晴樹に申し訳なくなった。連絡を怠ったことではなく、本当のことを話せないことに対してだ。


 顔の傷で生きていられたのはヨルのおかげだ。

 悪魔に助けてもらった、と答えれば、今すぐに脳を調べてこい、と間違いなく言われる。


「一応は顔を少し怪我しただけだよ。念のためにって救急車に乗せられた。学校にはこれから連絡するけど、検査が今からで学校に行けないと思う」


 顔の骨に異常がないかレントゲンを撮る、と医師から説明を受けた。

 響司より先に衝突した車に乗っていた人たちが先だ。待つことになるが、昼までには診察も終わるらしい。それでも学校に行かないと言ったのは、事故の前にあった耳鳴りがどこか引っ掛かっているからだ。

 

『そっかそっか。五時限目、文化祭の出し物決めるってさ。決まったらあとで連絡してやるよ』

「うん。お願い」


 響司は通話をあっさりと切った。


「心配してくれたのに、ごめん」


 スマホに映る友人の名前に意味のない謝罪をした。


 レントゲンを撮る順番が来るまで響司は椅子に座ろうとレントゲン室前のベンチまで一人、歩き始める。

 

(それにしても、ヨルはどこに行ったんだろう?)


 事故の後からヨルが姿を消したのだ。


 事故が起こることを予測していたのか、ヨルに問い詰めたいところだが、どこにいるかわからない。

 近くにいる気配だけはしっかりする。だというのに目につくはずの大きな身体はまったく見えない。


(ヨルはきっとわかっていたんだ。よくよく考えれば僕が学校に遅刻することなんてヨルには関係ない。だから背中を押したのは僕を守るため……だと思う。なら、なんでヨルは僕を守ったんだろう?)


 湧き上がる疑問を胸にベンチに座った。 


 事故関係者が運び込まれたのは沢渡大学病院。響司の母親が入院していた病院だ。響司にとってあまり来たくない病院でもある。入院中であろうパジャマ姿のおじいちゃんと点滴スタンドと横にいる看護師。綺麗な病院の床の上をたくさんの人が歩き回る。

 子供の騒がしい声と会計を促すアナウンスが遠方で混じる。


 ――カチ、カチカチカチ。


 ゼンマイが回っている。

 他の雑音に邪魔されずはっきりと聞こえた。しかし、消えるように小さくなっていく。

 子供がおもちゃで遊んでいるのかと思って、確認する。

 レントゲン室の周りにいる人たちは全員、ゼンマイ仕掛けのオモチャで遊ぶような年齢ではなかった。


 鳴りやまないゼンマイが苦しそうに、音の鳴らす間隔をあけるようになった。


 響司は気になって、奇妙な音のする方へ足を動かす。

 はっきりと聞こえるゼンマイの音。早足で音のする方へ向かう。


 音が小さくなるせいで近づいているのか遠のいているのか耳だけでは判断できない。

 第六感とも言うべきものが正しいと教えてくれる道を歩く。


 二階へ続く階段をあがっているとき、響司は息を飲んだ。


 黒い靄を纏った男が踊り場に立っていた。靄の隙間から紺のスーツと白いブラウスが見える。血を流しているのかブラウスが赤く染まっている箇所があった。

 

 黒い靄は赤い血を蛭のように(すす)っているのか、蠢いている。


 色だけであればヨルの身体に纏っている靄に似ている。しかし、違うものだと響司は確信する。

 目の前の靄からは鳥肌の立たせる(おぞ)ましさを感じる。ヨルの靄からは微塵も感じなかった。


 交差点で聞こえたノイズが響司の耳の奥を刺激してくる。


(でも、なんでここにあの靄が?)


 今にも止まりそうなゼンマイのような音が目の前の男から聴こえる。


(血を流しているんだから誰か声をかけてもいいのに)

  

 誰も通らない場所に階段なんて造らない。

 絶対に誰かが通りがかったはずだ。


(誰も気づかなかった? もしかして、この人……)


 喉を鳴らす響司。

 覚悟を決めて、靄の隙間に手を入れてスーツに触れようとしてみる。


 手にはスーツの感触はなく、壁の硬い感触だった。

 腕は肘まで男に埋まっている。埋まっている部分だけが涼しい。


「その黒いのには触れるでないぞ」


 背後から無音でやってきたヨルに響司は悲鳴をあげそうになる。

 骨しかないヨルの顔と低い声は今の響司にとって心臓に悪かった。

  

 響司は男の身体をすり抜けている腕を取り出す。腕を曲げて伸ばして、手を開いて閉じて、幽霊に触れて何も変わっていないことを確認した。


「この人、幽霊だよね」


 響司が小声でヨルに確認する。


「否だ。雑魚どもめ、やはり餌を求めて追ってきたか」


 ヨルが靄を骨の左手で握りつぶした。

 黒い靄が霧散して、男の姿が露わになる。


 男の目は死んでいて、どこに焦点を合わせているのか見当がつかない。響司は男の顔に見覚えがあるきがした。


「この人、さっきの事故の人だ」


 響司が救急車に乗るとき、事故車から救急隊員に引きずり出され、担架に乗せられているスーツの男を目端で見た。

 

「悪魔が魂を喰っておったのだ。寿命が数年喰われておるが、すぐに死ぬよりか幾分ましだろうよ」


 響司は青ざめた。

 黒い蛭のようなものは悪魔で、血は魂。

 人が悪魔の手で死にゆく過程を目撃していたのだ。

 

 ゼンマイの音が大きくなっていく。ノイズもなくなっていた。


「さぁ、ワシの気が変わる前に去れ」

 

 血の付いたブラウスを着た男は死んだ目のまま頷くと、おぼつかない足取りで歩いて行った。


「あの人、どうなるの?」

「肉体があるなら息を吹き返す。肉体が持たなければそのまま死ぬだけだ」


 男の歩いて行った先に戻るべき肉体があるのだろう。


「無事だといいな」

「ところで貴様、何故ここにいた。ワシを探していた訳ではないだろう」


 ヨルは何かを確信しているような口ぶりだった。


「探してはいたよ。でも、ここに来たのは変な音が聴こえたからだよ」


 苦しそうな音だった。あのゼンマイの音は「助けてくれ」という声なき叫びだったのだろう。


「魂が見えるだけでなく『魂鳴(たまな)り』まで聴こえるときたか」

「『たまなり』って?」


 聞きなれない単語にオウム返しをしてしまう。

 ヨルは左腕を黒い靄の中にしまい込んだ、


「魂の鳴らす音のことだ。良き魂は美しい音を鳴らし、悪しき魂は聞くに堪えぬ雑音をまき散らす。本来ならば音の悪魔しか聴けぬ音だ」

「ヨルと契約した人間はたまに幽霊が見えるようになるって言ってたよね。耳もそうなってるってこと?」

「そういうことだな。珍しいこともあったものだ。良し悪しはわからぬが、ワシらは相当波長が合うらしいぞ」


 不服そうにな物言いでヨルは階段を下りていく。


「事故の前に変な音が聴こえたんだ。ノイズ……と言えばいいのかな。耳元で細かい砂のような何かが流れる嫌な音がさ」


 ヨルが下りた階段をまた上ってきた。

 響司の前に立つ。


 身長差があるため、響司はヨルを下から眺める形になった。


「ヨルは事故が起こること知っていたの?」

()だ」


 是とはヨルなりの肯定の言葉なのだろう。

 予想通りの答えに響司は頭を掻くしかできなかった。


「低級の悪魔どもが集まってきていたからな。何が起こるかまでは寸前まで分からなかったがな」


 低級の悪魔と言われてさっきまで男の魂がいた場所を響司に視線をやる。

 男に憑りついていた黒い蛭はきっと可視化された悪魔なのだ。ヨルの黒い靄もヨルが悪魔だから、と考えると筋が通る。


 あの交差点には響司が見えていなかっただけで悪魔はたくさんいたらしい。


「悪魔が集まってたから事故が起きた……。あの交差点で事故が多発するのって悪魔せいなのか」

「否だ。(くだん)の引き金は泣いていた幼子だ。今までにも同じことが起こっていたのなら、間違いなくな」


 響司の頭に疑問符が浮かぶ。

 人の魂を喰らう悪魔が大量にいる中、幽霊の女の子が犯人だとヨルは断定できるのだろうか。


「集まっていたのは人間の世界に留まっているだけで必死の雑魚どもだ。弱いからこそ魂を欲する。悪魔にとって魂は力そのもの故な」

「どうしてあの子が事故を起こしたって結論になるのさ」

「力が弱い悪魔はそもそも生者へ干渉する力を持たぬ。だから干渉する力を持つ死者を使うのだ。死者を脅かして生者を傷つける。悪魔は傷口から魂を枯れるまで啜る。どんな時代でもあるものだな。雑魚の集まりというのは」


 響司は泣いていた幽霊の女の子のことを思い出して、奥歯を強く噛む。胸が苦しくて痛い。


(死んでからも泣くようなことをなんでしなきゃいけないんだ)


 制服がぐしゃぐしゃになるぐらい響司は胸を掴んだ。

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