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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
呪われた少女
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15

 放課後になり、響司は今日も校舎を練り歩く。ただ違う点があった。ヨルがいないのだ。


 どこかに行ってもふらっと放課後には姿を見せると響司は思っていたが、そうでもないらしい。呪いの場所を特定するには響司の魂の音を聴く力が必要だと言って、やる気を見せていたヨルが今日になって無責任な行動をとっていることに響司は腹が立ち始めていた。


 自然と歩幅は大きくなり、足取りが早くなる。


「なーんでヨルはどこか行くときに一声をかけてくれないかな。みんなみたいにスマホ持ってるわけじゃないから連絡の取りようがないんだよ……」


 ぶつぶつと文句を言っていると、割れるガラスの音が聞こえた。


 響司は気になり、音の聞こえた方向に走り出す。


 ヨルと契約してから耳が異様に良くなったのか、ガラスが割れた場所が手に取るようにわかる。ゴミ捨て場だ。


 ゴミ捨て場から聞こえない音の波が消えずに残っている。


(悲鳴が一向に聞こえない。割れたガラスの付近に人がいれば悲鳴ぐらいあげてもおかしくないのに……。割った人が慌てて逃げた?)


 黒い靄の上に白い頭蓋骨をのせたような見た目のヨルの背中を見て、響司はヨルも音につられてやってきたのかと考えた。


 ヨルに歩み寄ると、長い黒髪がヨルの背中から、ちらりと見えた。


 呪いに関係している人物が響司を除いて集まっていた。


「ヨルと逢沢さん? 何して――」


 響司は言葉を紡ぐのを止めた。


 逢沢紀里香が目を腫らして泣いていた。


「泣いてるけど、どうしたの?」


 一歩響司が近づくと、紀里香は一歩引く。


「ごめんなさい……」


 風が吹けば消えそうな小さな声で紀里香は謝罪すると校舎の中へと走って行ってしまった。


 状況がつかめず、響司は腕を組んで頭に?マークを浮かべた。


 ヨルは響司の横に立ち、舌打ちのような音をさせた。


「小僧、今回の呪いの件はワシらはもうこれ以上やることがない。呪いの捜索もしなくていい」


 ヨルの言葉がさらに響司の頭を混乱させる。


「キリカの呪いはキリカ自身がかけたものだ。ワシらにはどうすることも出来ぬよ」

「自分に呪いを? おかしくない? なんでそんなことするのさ」

「己を憎み、蔑み、貶める感情や行為をしていれば、それは己を縛る枷となり、やがては呪いとなる。今回はかなり厄介な形で知らず知らずの内に呪いの様相をとってしまったようだがな」


 ヨルがやれやれといった感じで首を横に振った。


「愚かなことに己で己を呪っておるのだ。そんな呪いを解くこと手段をワシは知らぬし、呪術者に返したところでまた呪術者たるキリカのところに呪いが戻るだけだ。呪いを解けるのは生み出した本人だけだが、どうやって呪ったのかも不明だ。打つ手なしといったところだのう」


 泣いて走っていった紀里香と呪いの話が響司の中で嫌な推測をたてた。


「まさかと思うけど、ヨルは逢沢さんにそのこと教えたの?」

「先ほどキリカからわかったことがあるなら教えてくれと言われたので教えただけだ」


 響司はヨルの黒い靄を掴もうと手を伸ばしたが、ヨルはひらりと宙を舞って躱した。


「何のつもりだ小僧」

「事実だったら何を言ってもいいんじゃないんだよ! 逢沢さんはただでさえ呪いで苦しんでたのに呪いを生み出したのは自分自身だって、僕に謝るぐらい責めてたじゃないか!」

「キリカの心をわかったように言うではないか。のう。のう」

「わかるなんて言わないよ! 僕は逢沢さんじゃないから。これは、僕の想像だ」


 響司が聞いたガラスが割れた音が耳の奥から離れない。


(逢沢さんの魂がヨルの言葉に耐えれなくなったからあんな音だったんだ。壊れそうなぐらい辛かったはずだよ)


 ズボンから響司は生徒手帳を出した。生徒手帳にはボールペンが挟まっていて、膨らんでいる。ボールペンが挟まっているのは、メモを取るのに使う白紙のページだった。


「再契約のとき、ヨルは何を言ったか覚えてる?」

「小僧の魂鳴りを聞かせろと言ったことか? それとも命令しろと言ったことか?」


 忘れてしまっていたヨルに響司は怒りの炎がさらに強くなった。ボールペンを手に、白紙のページに走らせた。


「『間違ったときは貴様が正せ』って言ったんだよ!」


 ヨルの周りに結界が一枚現れる。次々と現れる結界はヨルを中心に立方体を作ろうとしていた。


 危険を察知したヨルが高度を落として空を駆ける。結界はヨルの行く手を阻むように何度も生成される。


「ぬぉぉぉ!? なぜライゼンの結界をワシに向ける!? 己の契約悪魔を消滅させる気か!!?」


 響司の握る生徒手帳のにはライゼンの結界陣が白紙のページいっぱいに描かれていた。


「僕はヨルのことを少しはわかってるからいいけど、逢沢さんはヨルのことまだ全然知らないんだよ? どうせ、何も考えずに重いことを突然言ったんでしょ? 受け止めきれないって、普通は!」


 結界を張るような機会にあったのは今回で二回目。響司の結界は交差点の時よりも結界を構築するのが下手になっていた。


 結界を張る場所の指定がズレたり、結界が想定より小さなものしか作れない。


「ワシは事実を言ったまでだ。キリカも言っていたではないか、嘘は嫌いだと。ぬぉぉぉ!?」


 口答えするヨルに響司は結界を張る速度を早めていく。ヨルも少しずつ速度を上げていた。


 蛇行しながら回避するヨルに合わせて結界を張るのではなく、行動を制限するように結界を設置していく。


(ただの壁を作るんじゃなくて、迷路状にして、端に閉じ込めたところで仕留める。結界は最初から閉じ込めるものじゃないんだ)


 精度をあげれば結界の生成速度が遅かったが、結界を数度張ったところで一定の速度で作ることが出来るようになってきた。


「例え事実だとしても、黙っている優しさってのもあるんじゃないかと思うんだけど!」

「悪魔に優しさなぞ求めるな。欲望を喰らう化け物じゃぞ」

「それでも、ちゃんと言葉と心があるんだから考えてあげてよ! 人間は強くないんだから!」


 結界の生成速度が最高に達したとき、ヨルが空中で逃げ場を失った。


(今!)


 一度に六枚の結界が現れてヨルを捕えた。


 小さな立方体の中でヨルは押し込められていた。結界の中でヨルは暴れるが、結界は柔軟性があるのか、伸び縮みする。


「……命令か?」


 ヨルは結界の中で嫌そうな声を出した。


「お願いしか僕は言わないよ。人のことをちゃんと考えて話すように。あと、逢沢さんにちゃんと謝るように! ……僕も後で謝った方がいいよね。ヨルの飼い主として」

「飼い主とはなんだ飼い主とは! ワシを犬か何かだと思っとらぬか!?」

「勝手に出ていって勝手に戻ってくるあたり猫でしょ」

「猫!? ワシをあんな奴らと一緒にするでないわ!」

「そうだね。猫はカワイイからヨルとは違うかもね」

「小僧! 調子にのっていると今すぐ喰ってやるぞ!」


 騒ぐヨルを置いて、響司は校舎に向いた。


「おい小僧。まさかワシをこのまま置いてゆくのか!?」


 焦りから上ずった声を出すヨルに響司は伸びた前髪の隙間からこれでもかと冷たい目を送る。


「ちょっとは反省したら?」


 響司は紀里香の魂鳴りがしないか探りながら、紀里香を捜しに校舎へと戻るのだった。


 ―― ◆ ―― ◆ ―― 


「悪魔への願いは一つだというのに……。小難しいことを言うものだのう。しかし、詰めが甘いな」


 ヨルにとって、響司の結界はライゼンに比べて可愛らしいものだった。逃げるときに使っていなかった左手の爪を一本だけ黒い靄から出して、結界に突き刺す。


 爪を立てるとあっさりと結界に刺さった。刺さった爪で結界を引き裂く。結界の一枚が破れ、ヨルはまた外の空気を吸う。


 残っている結界をヨルは左手で触って、強度を確かめる。


「これであれば呪いを捕えることは辛うじてできるぐらいじゃろう。後はキリカが呪いに立ち向かう決意をするか、飲まれることを受け入れるか」


 ヨルは響司が残していった結界たちを眺めた。残っている結界が他の悪魔に見られると、力を持った人間がいると知られてしまう。


 悪魔が響司に攻撃を仕掛けてくる可能性があった。


「また結界を壊しておくかのう。ライゼンと違って配慮しなければならぬ点が多い契約者だ」


 ヨルはふわりと宙に浮かび、左手の爪で結界をすべて破壊していくのだった。



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