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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
呪われた少女
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14

 ―― ◆ ―― ◆ ―― 


 呪い取り逃がしてしまった翌日。


 響司はどうやって呪いを捕まえるか電車での登校中から考えていた。午前の授業も上の空で、ところどころ空白のルーズリーフを授業が終わるごとに生み出していた。


 午前最後の授業の終了のチャイムが鳴り、ルーズリーフと黒板に書かれている文字の量の違いに愕然とする。


「セツ、飯食いに学食行こうぜって、なんだその穴だらけのノート。さっきの授業寝てたのか?」


 響司がにらめっこしているルーズリーフを横から覗きこんだ晴樹が呆れた顔をした。


 呪いのことで頭がいっぱいの響司はルーズリーフを裏にして自分の席を立つ。


「考え事だよ。リフレッシュしないと死にそう」

「セツの場合、死ぬ云々はシャレにならないぞ」

「昨日の今日でまた死にたくないよ」


 響司は黒い呟きを漏らした。 


「なんか言ったか?」


 教室を出ようとしていた晴樹が首だけを動かして響司を見ていた。


「あとでノート写させてって言ったの」

「朝練で疲れて寝てた俺に言うことではないな。セツにノート写させてもらう気マンマンだったし」

「なんでそんなに堂々としてるの?」


 しれっとした態度をしている晴樹に響司は頭が痛くなった。


 暗い表情の紀里香と目があった気がしたが、すぐに逸らされてしまった。紀里香とは昨日の保健室の後から連絡も取っていなければ一言も話していない。


 元気がなさそうなので声をかけてみたさはあったが、近づけば男子が黙っていないので響司は静観していた。


「今日は朝練で疲れたからカツ丼特盛食うぞ」

「お腹いっぱいになって午後の授業眠っても知らないよ」

「友情とは、助け合いとみつけたり……」


 胸の前で合掌をした晴樹はモノローグを読むような口調で都合のいいことを言った。


「他力本願を友情と言ってはいけないと僕は思います。まる」


 響司はいつもの調子で適当に返した。


「ちょっと待てやい! 面かせやこらぁ!」


 教室のドアの前を塞ぐように両手を大きく広げて、響司と晴樹の前に金髪女子がダイナミックに滑り込んできた。


 滑り込んできたのは、威嚇する動物のように犬歯が剥き出しの九条彩乃だった。


 晴樹が彩乃を見て、眉をひそめていた。アイコンタクトで「お前か?」と晴樹が確認してきたので、すかさず響司は「違う」と手を横に振った。


 晴樹が黙って、晴樹自身の顔を指差した。


「いや、晴樹んじゃない」

「晴樹ん、やめい」


 今度は響司が自分の顔を指した。


「そう! 刹那っちに用があるのさ! さぁ、さっさとついてこいやぁ!」

「お昼食べてからじゃダメ?」


 彩乃から二つのビニール袋が投げられる。購買で売っているメロンパンとイチゴジャムパンだった。


「飯は渡した! さぁ行こう!」


 響司の右手首を制服の上から彩乃は力強く握ってきた。


「どこに? 助けて晴樹!?」

「晴樹んはそのまま学食行けし! 奢っちゃる! 釣りはとっとけぃ!」


 スカートのポケットから三つ折りの千円札を人差し指と中指で挟んで、晴樹の前に彩乃はつき出した。晴樹は晴樹で、静かに千円札と連行寸前の響司を眺めている。


 悪い顔をして晴樹が千円札に手を伸ばした。


「だ、そうだ」


 千円札を受け取った晴樹はそのまま廊下へと歩いていく。


「一年からの友情はどうしたのさ!」

「友情と食欲。お前なら分かるよな?」

「僕との友情やっす!」

「世の中にはプライスレスという言葉があってだな」

「そういう意味じゃないんだよ、それぇぇ!!!」

「達者でな、我が友よ。生きて会おう」

「死んでないよ!」


 ドアの向こうで手だけを見せるようにして、さよならを告げた晴樹。足音が離れていくのがわかった響司は晴樹への友好値が急下降する効果音が聴こえた。


「キッカケを作ったのはウチだし同情はするけど。ソレはソレ! コレはコレ! だ・か・ら! 演劇部の部室まで来てもらおうか!」

「……もう好きにしてください」


 魂が抜けた響司は彩乃に腕を引っ張られるまま科目棟の美術室の隣にある美術準備室まで連れていかれた。美術準備室の扉についているモザイクガラスから『演劇部機材アリ』とマーカーで描かれた太い文字が歪んで見えていた。


 美術準備室の扉を開けると、絵の具や粘土、木材の匂いが混じった独特漏れ出していた。彩乃は美術準備室に入ってすぐにすべての窓を全開にした。


 彩乃は慣れた様子でパイプ椅子を二つ、右手で持ってきて、美術準備室の中央にある勉強机の前にパイプ椅子を並べた。


「入るよろし」


 響司たちの教室よりも広めな美術準備室の隅に絶対に美術では使わないであろう照明や反射板、長くて太いケーブルがまとまっていた。ホコリが被らないようにビニールの袋で丁寧に保護されている。


 前に響司が来たときは、女子生徒に荒らされた後で踏みつぶされてインクが漏れたマーカーと割れたベニヤ板で酷い光景だった。


 床に少し汚れが残っているが、綺麗にはなっていた。


「勝手に使っていいの?」

「もち。演劇関連でちゃんと理由があったら美術の先生が昼休みは開けてくれる」


 彩乃はパイプ椅子の上で胡坐をかいた。


 恐る恐る響司は彩乃の横にあるもう一つのパイプ椅子に腰を下ろした。


「今回は尋問に使わせてもらうつもりだけど」

「演劇部まったく関係ないよ!?」


 窓が全開なことも響司は気になった。


「だまらっしゃい! ウチの推しに何したんじゃワレェ!」

「推し?」

「紀里香んのことじゃいっ」

「今日は朝から元気ないよね」

「しらばっくれるとはいい度胸じゃねぇかい! 紀里香んがチラチラ刹那っちのこと見てたでしょうが!? 昨日は昨日で一緒に帰ろうって約束してたのに先に帰るってチャット飛んでくるし!」

「気のせいじゃなかったんだあの視線。ちなみに僕は知りません」

「まーじで? 紀里香んが調子悪いのと刹那っち関係ない?」


 改めて聞かれて、響司も疑念がふつふつと湧いてくる。


「ゼロとは言えないかもしれませぬ……?」

「どっちなんじゃいワレェ!」

「僕、昨日の放課後に廊下で倒れちゃってさ。逢沢さんに助けてもらったんだよね。その時少し話したぐらいで他はちょっとわからない」


 決して呪いのことと自分が死んでいたことを誤魔化して伝えると、不服そうな顔をした彩乃は響司が持っていたメロンパンを取って袋を開けた。


 そして、そのまま食べ始める。


「僕のご飯じゃ?」

「そっちがあるでしょ?」


 メロンパンを加えたまま、彩乃は顎で未開封のジャムパンを示した。


「成長期の男子高校生に菓子パン一個は拷問では?」

「警察ドラマのカツ丼みたいなのはないよ。いらないなら食べるケド?」

「……いえ、いただきます」


 しぶしぶジャムパンを開封して、一口かじる。イチゴのジャムは甘いはずなのに、しょっぱかった。


「紀里香んの悩みって解決しそうなん?」


 彩乃が心配そうな声を出した。


 紀里香本人がいないところ。しかも、準備までして訊いてきた彩乃は本当に心配していることを響司は理解した。しかし、細かいことを言おうにも伝えれる内容が少なかったので言いづらかった。


「わからないことが多くて手詰まり感あるかな」

「ウチで手助けできるコトってない? あんなに困ってる紀里香んほっとけなくてさ」


 響司は頭をジャムパンを食べ終えて、ビニール袋をくしゃくしゃに丸めてポケットに入れた。


「逢沢さんの変な噂が流れだした時期とか男子に無暗に絡まれるようになった時期って知ってる?」

「紀里香んがヤバいのに絡まれだした時期? そりゃもうアレよ。演劇の大会の後だね」


 彩乃がポケットからスマホ取り出して、パイプ椅子を響司の横に引っ付けた。スマホの音量ボタンを彩乃は連打する。


『あら、アナタはワタシを選んでくれると信じていたわ』 


 スマホから流れる艶のある紀里香の声。赤いドレスを纏った紀里香がスマホの中央にいた。舞台の横から撮影したのだろう。画角が正面からではない。


「ほれ、衣装合わせしながら練習したときの動画だよ。袖から撮ったやつ。紀里香んにはヒミツね」

「こういうの、世間一般では盗撮って言うものだと思いまする」

「後学のためです。紀里香んの魅力をちゃんと残さなければ!」


 テンションで押し切ろうとした彩乃に響司は死んだ魚の目をしてみせた。


『だってワタシはこの国で一番美しいもの』


 腰の動かし方、足さばきから指先の先まで曲線的な動きが艶めかしい表現をしているのが演劇素人の響司でもわかった。


「この時の役は主人公の貴族を誑かす悪女の役でした。めっっっっちゃよかった。紀里香んの演技で入賞したと言っても過言ではない! 普段とまったく違うのに演じ切ってる紀里香んスゲー!」


 語彙力を失い熱く語る彩乃を尻目に響司は考え込んでいた。


(逢沢さんの偽物に似てる?)


 演技をしている紀里香のイントネーションと動きがすべて、響司の記憶にある紀里香の偽物と重なっていた。


 この場にいないヨルにも見て欲しい動画だ。


(後でヨルにも教えなきゃ)


 動画が終わって、彩乃は動画フォルダへと戻る操作をしていた。ずらっと並ぶ色んな紀里香のサムネイルに響司は驚愕する。


「もう一本、いっとく?」


 タバコのように言う彩乃に響司はパイプ椅子を少し動かして距離を開けた。


「……結構です」


 紀里香にとって、一番厄介なのは九条彩乃ではないかと思う響司だった。


 動画を見終わって、教室に戻ると響司の机の上には購買で買って来たであろう『栄養とカロリーチャージ!』と書かれたゼリー飲料のパウチと同じメーカーのショートブレッドの箱が置かれていた。


 ショートブレッドはココア味。響司が一番好きな味だった。


 犯人と思われる男は机に突っ伏して寝ていた。


「ありがたく、いただきます」


 昼休みが終わる五分前に響司はショートブレッドを一本、口に咥えた。食べて水分を奪われたところで、ゼリー飲料を飲む。


 ゼリーとショートブレッドの異なる食感が最悪な方向に全力疾走していた。


「口の中、最悪なんですけど……」

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