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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
呪われた少女
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10

 ヨルが呪いを確認してから詳細な対応をすることになり、今日の集まりはお開きとなった。


 玄関で靴を履く紀里香。


 響司は家にまで来てもらっておいて、ヨルの確認待ちとなったことに申し訳なくなった。


「あんまり進展しなくてごめんね」

「刹那くんが謝るようなことじゃないわ。元々は私の問題だもの」


 つま先で地面を蹴って、紀里香は靴の位置を調節していた。


「刹那くんが真剣に考えてくれてるのも、嘘をついていなかったこともわかったもの」


 響司は上半身を右に傾けながら紀里香の言葉の意味を理解しようとする。


(真剣に考えるのは当たり前じゃないの? 嘘をついても何もいいことなんてなくないかな?)


 頭を働かせると、身体がどんどん右に傾いていった。最終的に頭の頂点が壁と接触する。


 視界が九十度ズレた世界で、紀里香は満足そうに笑った。


 響司は体勢を戻し、ゆったりと股を開いた。


「演技は好きだけど嘘をつく人って嫌いなのよ。どんな理由があっても嘘はダメ。刹那くんがそういう人じゃなくて良かったって話よ」

「嘘はよくないね。うん。よくないよくない」

「目が分かってないって言ってるわよ?」


 響司は両目を閉じた後、両手で覆った。左目だけを開けて、左手の人差し指と中指を動かして隙間を作り、覗いた。


 紀里香の目尻が下がり、笑顔が消え、スッキリとしない顔になっていた。右手で左肘を軽く掴み、目線も下がる。


「送ろうか」

「大丈夫よ。まだ暗くなってないし部活で遅くなる時よりも早いから」


 家に行くまでと同じように気まずくなるとどうしようもないので、響司は紀里香の言葉に甘えることにした。


「何かわかったら連絡するよ。って連絡先知らないや」

「忘れてたわね」


 学校指定の皮鞄から紀里香はスマホを出した。キャラクターもののシリコンカバーがスマホを包んでいた。


 キャラクターの名前は知らないが、見たことはある。とあるRPGゲームのマスコットキャラクターだ。


「はい、これ」

「あ、うん」


 響司はワンテンポ遅れてポケットからスマホを出して、通話も出来るメッセンジャーアプリ『TELN(テルン)』の連絡先を交換する。


 新しい友達の欄に『KIRIKA』が追加された。響司は『NEW』とポップな吹き出しの書かれたページを凝視してしまう。


「何かわかったら連絡ちょうだいね。じゃ、ばいばい」


 首を何度も縦に振る響司。紀里香は玄関の扉を開けて、出て行ってしまった。


 もう一度追加された女子の名前を見て、響司は嬉しいやら恐怖やらが一気に込み上げてきた。同時に汗が止まらなくなる。


「もう男子たちに言い訳できないのでは……?」


 誰かにスマホを見られたら終わりだ。普段はしていないキーロックを慌てて設定し始める。


「甲斐性なしめ。もう少し押しても良いのではないか?」


 リビングにいたはずのヨルが後ろから茶々を入れてきた。


「連絡先を知れたのはラッキーと言えばラッキーだけど、目的は呪いをどうにかすることだからね」

「年頃の雄なら欲を出せ、欲を。学び舎にいた他の人間はもう少し欲を出していたぞ」

「雄って人間を獣みたいに言わないでよ」

「欲望そのものが獣のようなものだ。飼いならすか引きずり回されるかは各々(おのおの)の在り方次第だがな」


 意味深に笑うヨルに響司は口を噤んだ。


 ヨルの言っていることがなんとなくわかってしまったのだ。


 犯罪を犯す人間もいれば誠実に生きる人間もいる。できることなら後者でありたいと響司は胸の内で願う。


「ところで、作戦って本当にないの?」


 話を変えるために、明日実行するであろう呪い捜索についてヨルに投げかけた。


 ヨルは左手から細い糸を出して、空中あやとりとも言うべき遊びを始めた。


「小僧の言う通り、呪いが魂鳴りをさせているならそれを頼りに探せばいいだけだ」

「考えがあるなら何で言わなかったのさ」

「呪いが魂鳴りをさせるなぞありえぬのだ。魂鳴りを奏でるために必要なものが呪いにはないのだからな」

「どういうこと?」


 ヨルが糸を操り、人型(ヒトガタ)を作った。人型(ヒトガタ)の内に蜘蛛の巣のような網を張り、中央には丸い糸の塊が括りつけられていた。


「ワシと小僧が聴こえておる『魂鳴り』というのは、肉体という器と魂という本質が欲望の弦で繋がって初めて鳴ることができるのだ」


 ヨルが人型(ヒトガタ)を空中に浮かせたまま左手の爪を使って説明していく。


 人型(ヒトガタ)が肉体。魂が丸い糸の塊。欲望の弦が蜘蛛の巣だ。


「呪いがいくら受肉しようと、自我と欲望を持っておっても、呪いは呪いという現象だ。魂はない」


 括りつけられていた糸の塊が無くなった。


「魂とは奏者だ。欲望の弦と受肉した肉体で楽器としての体をなしても、奏者なくして鳴るはずがないのだよ」


 ヨルの糸が空気に溶けるように消えていく。


「でも、確かに聞こえたよ」

「小僧が嘘を言っているとは微塵も思っとらんよ。だが己の耳で確かめねば納得ができぬだけだ」


 草食動物の頭蓋骨にしかみえないヨルの顔を響司はまじまじと観察した。

 

 どこにも耳がない。骨しかないのに、あるはずがないのだ。


(耳なんてないじゃんって言っていいのかな?)


 響司はツッコむべきか思案していると、ヨルの話で引っ掛かる部分に気付く。


「僕は『欲無し』だから音が鳴らない?」

「そうだ。ピアノと奏者は存在するが、音を出す弦がないのが貴様だ」


『欲無し』。響司には肉体と魂を結ぶ欲望がない。だから鳴らない。そこまで順序だって、処理できる。


「さっきの理屈でいくと、肉体らしい肉体のない悪魔も魂鳴りをさせることがないんじゃない? けどラジオの電波があってないような嵐の音がする」

「悪魔が直接鳴らしているわけではない。人間の魂を喰らった証として鳴っておるのだ。未練に塗れた魂たちが悪魔の中で取り込まれまいと暴れる。一つや二つなら音はそこまでせぬが、何度も何度も魂を喰らい続けると悪魔の腹の中で様々な音がぶつかりあって、雑音になる。ワシらはそれを聴いているにすぎぬ」


 響司はあらためて耳に神経を集中させる。


 外で自転車が鳴らすベル音ぐらいしか聞こえなかった。


「ワシのことか。先に言っておくがワシは何度も人間を喰っとるぞ」


 ヨルは黒い靄の身体をさするように骨の左手でゆっくりと円を描く。


「ただ喰う魂は未練のない魂だけにしておる。腹の中で騒がしい音を立てられるのは耳障りだ。悪魔も喰うがワシの身体に馴染むのが早いせいか、悪魔どもの雑音はあまり聞いたことがないのう」

「そういう理屈だったんだ」

「人を喰っておらぬことを期待したのかのう。のう?」


 おちょくるようにヨルが身体を左右に揺らした。


 響司は少し考えた後、思ったことをポツポツと口にする。


「期待はしたけど、ショックはないかな。だって食べられた人って未練がないんでしょ。だったら、いいんじゃない?」


 響司も交差点の件でヨルになら、と考えていた。同じ考えの人がいたのなら、ヨルは決して悪い悪魔ではないとむしろ安心した。


「ちなみに、ライゼンさんはヨルが食べたの?」


 ヨルの動きがぎこちなくなった。黒い靄の身体もどこか刺々しい。


 地雷を踏み抜いた気配がした。


「ワシが喰う前に死んだよ」

「そうなんだ。じゃ、アレだ。僕が降霊術使ったら会えるんじゃない?」


 早口で響司が捲し立てると、ヨルは鼻で笑った。


「会えぬよ。奴は悪魔に喰われた。百年以上前の話だ。とっくの昔に悪魔の一部となってしまっている」


 しっかりと二個目の地雷を踏み抜いていた。


「あー。その、ごめん」

「謝罪するようなことを小僧はしておらぬではないか。まったく、何を言っておるのやら……。あんな愚か者が死んで、せいせいするわい。小僧はライゼンと同じ轍を踏むなよ」


 ヨルはそう言って響司に背を向け、タンスの横の隙間に戻っていく。


 強がっているようにしか見えないヨルの背中には哀愁が漂っていた。



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