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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
呪われた少女
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 響司は冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出してガラスのコップに入れる。いつもは一つだけでいいところを二つ。

 

 リビングにあるテーブルの横に逢沢紀里香がいるという事実が響司はまだ受け入れられていなかった。


 トレイにコップ、コルクの丸いコースター、近くにあったチョコクランチの袋をのせて持っていく。


 リビングで制服のまま背筋を伸ばして、静かに正座をしている紀里香を見て、響司の違和感が膨れ上がる。


 駅で待ち合わせをして、一緒に歩いた。電車の中も道中も会話らしい会話はない。


 紀里香はプリントを届ける際、響司の家に来ていて、一人でも問題がないぐらい道を覚えていた。友人でもない二人に残された話題は『呪い』だけ。紀里香を家に招くことになった本題であり、腫れ物のようなものだ。


 距離を縮めることがないまま、紀里香を家にあげてしまったことで響司は居心地が悪くなってしまっていた。 


「どうぞ」


 コースターを敷き、コップを紀里香の前に音が鳴らないように置く。


「ありがとう」


 紀里香は麦茶を一気に飲み干した。CMのオファーが来てもおかしくない良い飲みっぷりだった。


 麦茶を飲み干した後で紀里香はやってしまったといった顔で赤くなった。


「喉乾いてた?」

「そうじゃないんだけど……。あー、もう、ダメ。無理」


 紀里香は頬を両手で叩いた。さっきとは別の意味で顔は赤くなる。


 表情がしまり、目に力が入っていた。


「慣れない相手だといい恰好しようとしちゃうのよ、昔から。でも今回はそんなこと気にしなくてもいい。嘘をつかなくてもいいって思ってたのにまたやろうとしたわ」


 響司はぽかんとしたままもう一つ持ってきた麦茶を気持ちのリセットとして一口だけ飲んだ。


「びっくりしたでしょ。ごめんなさいね」

「よくわからないけど謝る必要はないんじゃないかな。ところで、いい恰好って?」

「男の人に慣れてる風って言えばいいのかしら。自分から『あなたの家に行きます』って言っておいて緊張してるのって恥ずかしいじゃない。だからボロが出ないようにすましてたんだけど」


 ちりん、と風鈴の音が一回だけ清々しく鳴った。


「緊張なら僕もしてたからお互い様ってことで」

「刹那くんのそういう素直なところ良いと思う」


 褒められて恥ずかしくなった響司は紀里香のコップを取って、逃げるようにキッチンへおかわりの麦茶を入れに行く。


「緊張してても良いことなんてないわよね。だってここに来たのは私の呪いについて話し合うためなんだから」


 おかわりの麦茶を響司はコースターの上に置いた。


「そうだ。ヨルの姿を見る前に注意というかお願いがあるんだけど。悲鳴あげないで欲しい」

「悪魔って言うだけあって、恐ろしい見た目なの? 私、ねばねばした体液とか出してるタイプなら叫ばない自信ないわよ」


 紀里香は整った顔を引きつらせて嫌そうにした。響司は母親の写真とライゼンのオルゴールのある隣の部屋に顔を向ける。


 タンスの横の隙間でヨルが小さくなっていた。最近はヨルの定位置となりつつある場所だ。


 黒い靄の上に草食動物の頭蓋骨がのっかっているだけの姿は遊園地のお化け屋敷で見てもあまり恐怖心を刺激されないが、日常の中で出てくれば話は別だ。


「そっち系じゃないけど、いきなり見る分には心臓に悪い顔してるかな」

「失礼極まりない小僧だのう! のう!」


 率直な感想を述べた響司に、ヨルは靄の身体を大きくして怒鳴った。


「なら、大丈夫じゃないかしら。彩乃とホラー映画見たけど、そこまで怖くなかったし」


 のそのそとヨルが歩いてきた。紀里香の後ろを陣取り、爪のような左手から細くて半透明の光る糸を出していた。契約破棄や再契約のときに見た糸だ。


 糸は紀里香の身体にやんわりと絡みつく。


「これでワシの姿と声がしばらくは認識できる」


 ヨルが糸を切ると、紀里香が無言で後ろを向いた。


 紀里香の顔がゆっくりゆっくりと上に上がっていき、骸骨の顔を持つヨルが見える位置で首が固定された。


「ワシがヨルだ。かなり一方的にキリカのことは知っておるが、はじめまして、と便宜上言っておこうかのうっ!?」


 顔を近づけたヨルを紀里香が平手打ちをした。振り切った紀里香の右手が震えている。


「何故いきなり叩かれなければならぬのだ!?」


 ヨルは顔を左に傾いた顔を左手で治しながら喚いた。


 紀里香は息を荒くしてヨルを叩いた右手を眺めていた。目を大きく見開いて、右手とヨルを交互に見始める。


「大丈夫? 怖かった?」

「ホラー映画の話は見栄を張ったわけじゃないのよ……。でも、あれね。作り物っていうのが前提があるのとないのとでは怖さが段違いね……。叫ばないようにしたら手が出たわ……」

「爆速の平手打ちだったね。ちなみに僕がはじめてヨルと会った時は頭真っ白だったよ」

「初めて会った時の感想を言い合うのではなく、まずワシへの謝罪ではないかのう!」


 骨の左手でフローリングをバンバンと力強く叩くヨルに響司は親指を立てた。


「ヨル、ドンマイ!」

「意味は分からんが、謝られている気は皆無じゃぞ!?」


 謝ってないからね、と響司は心の中で呟いた。


「まぁ、見た目はこんなのだけど、面白い悪魔だからあんまり怖がらなくていいよ」

「悪魔の中ではかなり上位の存在だというのに、ぞんざいに扱われ過ぎではないかのう。のう」

「大きなおじさんが入った着ぐるみでもないのよね?」

「仮にそうだとしたら僕は自称悪魔のおじさんと同居してるヤバい奴っていうことになるんだけど……」

「ワシ、もうそろそろ泣いていいかのう!!!!」


 ヨルが本格的に泣き出しそうな声を出したところで響司は咳ばらいをした。


「真面目に呪いについて話そうか」

「先に謝罪だ! ワシへの謝罪を要求する!!」

「はいはい。ごめんごめん」


 響司は一定のイントネーションで形式的な謝罪をして、麦茶を飲む。そして、チョコクランチの包みを一つ開けて口にした。


「せめて茶を飲むのを止めぬか! 菓子を食うな! 誠意を見せぬかぁ!!」


 ヨルの叫びむなしく、響司は食感の楽しいチョコクランチをわざと音を鳴らすように噛む。

 

 紀里香が口元を隠さず笑い始めたことを響司は確認して、笑みをこぼした。そして、紀里香から見えないように響司は親指を立てる。


 響司の意図を理解したヨルは不満そうな空気を吐き出しながらそっぽを向く。


「道化になると言った覚えはあるが、道化をさせられるのは(いささ)か不服だぞ」

「ドンマイ」

「結局それはどういう意味なのだ?」


 本当に意味を知らないらしいヨルは反応に困っていた。



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