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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
呪われた少女
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「厄日って本当にあるんだね……」


 放課後の教室で響司は掃除に使ったホウキとチリ取りを教室の後ろにある掃除道具入れのロッカーにしまう。


「随分とやつれたな」


 一緒に教室の掃除をした晴樹に響司は苦笑いを返した。


「やつれもするでしょ。この前まで凡人だったのに悪者みたいな扱いされたら」


 教室の掃除が終わり、響司と晴樹は机の上で逆さになっている椅子を下ろしていく。


「普段は笑ってばっかの佐藤も人が変わってたしな。人を殺してそうな顔で掃除当番の交代頼まれたときは焦ったぞ」


 本来であれば晴樹は掃除当番ではない。響司と一緒に掃除するはずだった佐藤と晴樹が掃除当番を交代したのだ。


 羨ましさと憎しみのあまり暴走しかねないから、と佐藤が涙を流して去っていったのは背筋が凍った。


「佐藤くんも怖かったけど、昼休みの購買、地獄だったよ。みんな買い物終わったはずなのに僕にやたらとぶつかってくるわ。足を踏んでくるわ。他の休み時間は廊下から視線感じるし……。男子からだけじゃなくて女子からも睨まれるなんて思ってもなかった」


 一番目つきの怖かった女子のネクタイの色は黄色。つまり、一年の女子だ。


 紀里香のファンは学年だけでなく、性別も選ばないらしい。


「すぐに収まるといいな」

「他人事だと思って……。今朝はノリノリだったじゃん」

「面白いことにはノるべきだろ。てか、みんなの敵意が増したのは逢沢さんがセツのデコを触って、間近で会話してたからだぞ」


 晴樹に言われて、響司は今朝、紀里香にやられた行為を一通り思い返す。


 髪の毛を額よりも上に上げられ、紀里香は親しげに話しかけてきた。整った顔が十センチも離れていなかった。助けてもらうことに頭がいっぱいになっていて、他のことは考えていなかった。


 紀里香のことが好きな男子からすれば、まったく警戒していなかった後方から一気に抜き去ったように見えるのは間違いない。まさしくダークホースである。


「髪の毛を上に上げられただけじゃん。敏感になりすぎだってば」

「今までのテキトーで突飛な噂と違って、セツの場合は下地がちゃんとあるからな。先週、逢沢さん助けたんだろ?」

「助けたっていうつもりはなかったんだけどなー」


 紀里香の周りは噂が絶えない。週刊誌に掲載されてしまう有名人と同じような扱いだった。些細なことも噂になる。特に恋愛方面には過剰に。


 演劇部襲撃も尾ひれの付いた嘘に過剰反応した生徒が起こしたことだ。


 ちゃんと紀里香本人を見ていれば、ありえないと判断できることも、噂一つで判断できなくなっているようだった。


「セツはそう思ってるけど、周りの人間からしたら、セツは逢沢姫を助けた王子様で、逢沢姫は王子様に会いに行ったっていう想像するんじゃないか? で、今朝のアレよ。恨まれて当然じゃね?」


 助けた自覚は響司になかった。紀里香が助けてもらったと認識している以上、否定もできない。晴樹の言葉に納得しかなかった。


「たしかにー」


 響司は両手の中指と人差し指だけを立てて、カニのはさみのようにチョキチョキと動かした。


「意外と余裕あるんだな」


 最後の椅子を下した晴樹が冷ややかな目で響司を見た。


「ないよ。バカなことしてないと気が狂いそうなだけ。みーんな、想像力豊か過ぎて、しんどい」


 ゴミが出てこないよう口を固く結ばれた二つのゴミ袋に響司はダイブする。布団のような柔らかさはなく、ゴミ袋は響司の重量で圧縮されていくだけだった。


「空元気かよ。ヤバそうだったら俺も止めに入ってやるから任せとけ」

「任せた、サッカー部。僕の敵を容赦なくゴールへシュートしてくれたまえ」


 ゴミ袋に転がったまま響司は親指を立てた。


「故意に人を蹴ったら即退場になるわ」

「友人を助けるために身体をはって戦い、学校から退場するという美しい話を伺いましたが本当でしょうか、大山選手」


 透明なマイクを晴樹の顔に持っていくと、晴樹はつま先で軽く響司のくるぶしを蹴った。


「ボールは友達というので、暴力沙汰に巻き込まれる前に友人を蹴り倒してから縁を切ろうと思います」

「ありがとうございました。太い脚で蹴られる前に帰ろうと思いまーす」


 響司と晴樹は顔を見合わせて笑った。


「校舎裏にゴミ捨てに行って終わりにしますか」


 晴樹はみんなが持っている学校指定の鞄だけでなく、大きな鞄を持った。サッカー部で使う道具が入っている鞄だ。前に持たせてもらったが、持っているだけで簡単なトレーニングになりそうな重さだった。


「悪いがゴミ捨ては頼むわ。部活あるからよ」


 ゴミ袋は校舎裏にある指定のスペースまで持っていかなくてはいけない。


 運動部の一部は校庭とは別にあるグラウンドで活動している。サッカー部も別のグラウンドだ。学校の外にあり、徒歩で五分もかからないところにある。


 ただ、ゴミを捨てるスペースとは正反対の位置にある。


「オッケーって、もういないし」


 掃除当番ではなかった晴樹が佐藤と入れ替わったのは、朝の不当裁判でバツが悪かったからだろうと響司は読んでいた。


 響司はゴミ袋を片手に一つずつ握った。放課後の廊下は人が少ない。廊下の中央を大きな袋を持って歩いても誰にもぶつからない。


 廊下には、吹奏楽部の誰かが練習している金管楽器の音だけがかすかに聞こえてくる。


 周囲に人影は一つもない。そして、ヨルの気配もなかった。


「ヨル、近くにいる?」


 試しに普通の声量で呼んでみたが、反応がない。ヨルを自由にさせていたらどこにいるかわからなくなってしまった。授業中も近くにいたり、見えないどこかに行ったりしていた。


 不思議なことに、ヨルから悪魔特有のノイズがしない。耳を頼りに探すのは無謀だった。


(どこに行ったのやら……。じっとしているのが苦手、ってわけでもなさそうなのに)


 響司はヨルが姿が見えないのを利用して、人間に迷惑をかけていないか不安になる。ヨル自身の心配は微塵もしていない。


 ヨルが強い悪魔だと知っているから。


(ペットが逃げ出したらこんな気持ちなのかな。飼ったことないけど)


 ゴミ袋を指定のスペースに投げ入れて、教室に置きっぱなしにしている鞄を早足で取りに戻る。


 響司は教室の戻る途中、職員室前にある掛け時計が不意に目に入る。時間は十七時前。なくなった味噌をスーパーで買いに行くついでに割引シールのついた総菜も狙えそうだった。


 まだ身体が本調子になっていない響司は料理をする気力はなかった。


「さて、今日は何が安くなってるかなーっと」


 響司が教室のドアを開けると、髪の長い女生徒が教卓の上に座って、足をぶらぶらとしていた。文化部の生徒が空いた教室を使うことはよくあることだ。


 誰かなのか、気になったが、横から見た女生徒は髪で隠れて確認しようがない。ネクタイは青。青色の二年生の証だ。


 響司は自分の席の横にあるフックにかけられた鞄を取ろうと、教卓から遠い最後尾にある自分の席へまっすぐに向かう。


「ねぇ、無視しちゃうの?」


 女生徒は教卓から飛び降りると、軽い足取りで、響司の前へと寄ってくる。

 身体を密着させ、触れ合うほどに。


 響司の股の間に女生徒は右脚を入れて、絡めてくる。


 突然の出来事に響司の頭は処理しきれず、フリーズ。身体も固まってしまう。


「ワタシってキレイよね?」


 女生徒は響司を下から輝く大きな瞳で見上げてくる。艶めかして、獲物を狙うような瞳と見つめ合う。

 不思議と目が逸らせなかった。

 

 響司の焦点が女生徒の瞳から顔全体へとなり、目の前にいる女生徒が誰か把握した。失った思考能力を取り戻して、女生徒の名前を響司は呼ぶ。


「逢沢さん……?」


 プリントを届けに来て、笑顔で帰った逢沢紀里香と目の前の妖艶なオーラをまとった逢沢紀里香が重ならない。


 しかし容姿は間違いなく紀里香そのもの。


(なにこれぇぇぇぇぇぇぇ!?)


 紀里香が体重をさらに響司にかけた。

 足が動かせない響司はバランス崩し、そのまま倒される。


 響司の下半身に馬乗りになった紀里香が舌なめずりをした。


「もう一度聞くわ。ワタシって、キレイよね?」

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