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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
呪われた少女
15/78

 響司は大きなあくびをして、沢渡高校の校門を通り抜けた。

 周囲が不思議そうな目を向けてきていることを響司は肌で感じる。


 一人だけ夏の制服なのだ。本当なら月曜日の登校に間に合ったクリーニングを受け取りそびれて、半袖のシャツにネクタイだけ。ズボンも夏のものだ。


 あらかじめ登校前に学校には連絡を入れて、夏服で登校する許可をもらっている。教師に指摘されても今日一日は夏服で過ごせるようにはした。


 生徒はその事実を知らないので、間違えたのか、というような目で見てくる。


 括っていない伸びた髪の下にクマのできた目を隠す響司。


(眠い……しんどい……)


 数学のプリントと深夜から格闘し、シャワーを浴びたら家を出る時間だった。

 身体の疲れも取れ切っておらず、足取りは重い。


「ほう。これが現代の学び舎か」


 響司の後ろにいる背の高い悪魔はウキウキした声をさせる。


「なんでヨルが学校にくるのさ」


 靴を上履きに履き替えながら、小声で響司はソワソワしているヨルに質問する。


「小僧の家にいてもつまらぬからな。小僧の行くところへ付いて行くことにしたまでよ」

「あっそ。学校では色んな人がいるから話しかけてこないでよ」

「心得た」


 二年三組の教室に着くまでヨルはふわふわと浮いて、目に映った教室へ勝手に入っていく。視認されず、壁のすり抜けが行えるヨルは自由に動き回る。


 人間に危害を加えていないので、響司は何も言わず見守っていた。


 目的の教室の扉を開けると、クラスメイトの男子生徒たちが一つの席に集まっていた。集まっているのは窓側の前から二つ目の席。響司がよく知る人物の席だ。

 

 響司は鞄を廊下側最後尾の自席に置いて、男子生徒たちが何をやっているか気になって近づく。


「晴樹の席に集まって何やってるの?」


 男子生徒が一斉に響司を睨みつける。


「なに?」

「確保ー!!」


 晴樹の声一つで男子生徒が響司の身体を取り押さえる。

 床に押さえつけられた響司。


 暴れてみるが、上には男子が三人に載っていた。抜け出せそうにないと響司は諦めた。


「なんで僕が捕まえられないといけないのさ!」

「裁判長! 被告人はしらばっくれているであります!」


 男子生徒たちの中からしっかりとした体つきで、短髪の男子が腕を組んでいた。ただでさえ鋭い目元が吊り上がって迫力が増している。


「晴樹! どういうことさ!」

「どうもこうもセツが抜け駆けをしたからだろう。女に興味なさそうな態度とっておいてよ」

「後半がすごい誤解を招きかねないよ!」


 男子の一部が引いていた。


「黙れ裏切者! 逢沢さんと接点があったなんて一言も言ってなかったじゃないか!」


 丸坊主のクラスメイト――佐藤が響司を非難する。


「あー、うん?」


 男子たちの敵を見るような目と晴樹の言葉から響司は推測する。


(裏切り者……逢沢さんの名前が出てきた?)


 頭の中で一つの結論が出たが、ありえないものだった。


「僕が逢沢さんにプリント届けてもらったことで何か疑いをかけられている?」


 男子全員が頷いた。


 予想が当たった響司はなんだそれ、と呆れ混じりで目を閉じた。


 記憶に新しい風鈴の音が近づいてくる。もう教室の手前にいる。

 教室の扉を開ける音がした後、風鈴の音が騒がしくなった。


「男子たちは何やってるの?」

「なんか刹那くん捕まえてやってるみたい」

「そっか彼、来たんだ」


 女子たちの会話が耳に入る。風鈴の音をさせる透き通った声の主は逢沢紀里香だと響司は確信する。

 

 なぜか男子たちが取り押さえる力が増した。体重のかかり具合も重くなっていく。


 現状を打破する作戦を響司は思いつく。情けなさすぎる作戦なだけにやりたくない。しかし、男子生徒たちに響司が弁明したところで意味がなさそうだった。


 意を決し、響司は前準備として、息を吸い込む。


「逢沢さーん、ヘルプッ! ヘルプ、ミー!!」

「あ、こいつ!」

「卑怯だぞ!」

「……僕一人に多勢で攻めてきたみんなが言うセリフじゃないと思うんだ」


 紀里香が歩いてきているのが魂鳴りでわかる。 


「刹那くんに呼ばれた気がしたけど……?」

「いやー、いないっすよ。アイツ」

「こっちこっち!」


 足を必死にばたつかせてアピールする響司。


「どうして下敷きになっているの?」

「逢沢さんが僕の家に来たことでみんなが誤解してるんだよ……」

「ふーん」


 紀里香の顔は響司からはまったく見えないが、男子たちが気まずそうな顔をしているのは見えた。

 

 上に載っている誰かが響司の太ももをつねってくる。

 手加減されているため痛くはなかったが、驚いて身体は跳ねた。


「刹那くんには助けてもらったからお礼を言いたかっただけよ。だからみんなが思っているようなことはないの」


 紀里香の言葉に響司にのっかっていた男子たちが離れた。


「無罪! 釈放!」


 晴樹が号令を出すと、男子は散り散りになっていく。

 他のクラスの男子も混じっていたのか、教室の外に出ていく知らない顔があった。


「大丈夫?」


 しゃがんで、優しい声をかける紀里香。


「多分、平気」


 紀里香と響司は同時に立ち上がる。

 

 響司は服に着いた汚れをはたいた。ホコリが落ちていく。


「助かったよ。本当に……」


 紀里香の手が響司の伸びた前髪をかき上げる。


「髪、括ってないんだね。あ、クマがある。隠してるの? 服は……クリーニング間に合わなかったのね」

「色々ありまして?」

「いつも色々あるのね。もし私のことで何かあったら気にせず言って。私のせいで誰かが巻き込まれるの好きじゃないのよ」


 紀里香は振り返って、中央列、一番後ろの席に戻っていく。


 響司は隣で座っている晴樹を横目で見た。晴樹は両手を挙げて、無言で首肯する。


「で、なんでこんなことに?」

「部活に行く直前に逢沢さんがプリント届けたいって俺に言ってきたところを色んな奴に見られた結果だな。正直、収拾付けられんかったからセツが俺に文化祭の出し物聞きに来た時に逢沢さんとの関係を吐かせようって話になってな」


 晴樹から文化祭に関する連絡がなかったのは狙ってのことだったようだ。


「だからって、他のクラスの男子まで来なくても……」

「一日二日は逢沢さんのファンに妬まれる覚悟しとけ」

 

 元々、容姿端麗で人気の高い紀里香。年明けにあった演劇大会からさらにファンが増えてるという噂は同じクラスになったときから知っている。


 実際、紀里香を一目見ようと、休み時間中に廊下を通る男子生徒を学年問わず響司は廊下側の席なので多数目撃している。


 なぜ学年問わずだと分かるかと言えば、ネクタイやブレザーに縫われた校章のワンポイントの色が学年で違うからだ。


 一年は黄色で二年は青色、三年は赤色だ。

 廊下にくる比率で言えば圧倒的に二年が多い。 

  

「今日だけ、席を交換しない?」

「お断りだ」

「このとおり!」

「手を合わせて頭を下げられてもしないもんはしない。他の奴ほどではないが俺も羨ましいとは思ってるからな。少しは痛い目みろ」

「うわーい、きっつー……」


 響司はとぼとぼ歩いて自分の席へ向かう。

 ヨルは教室の一番後ろで踊るように回転していた。


 席に着くと、机の上に置いた鞄に顔を埋めた。声が漏れないようにするためだ。


「ヨルはすごく嬉しそうだね」

「嫉妬とは欲望! これほど甘美な音があるだろうか! 未熟ながらも数多の魂鳴りが聴けるとは! 学校とはよいところだのう! のう!」

「楽しそうで何よりだよ……」

 

 嫉妬に満ちた魂鳴りは全く聞こえなかった。聴こえていたらきっとろくでもない音だっただろう、と響司は魂鳴りが聴こえなくてよかったと思ってしまうのだった。

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