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話について行けず、内心で狼狽する私を見透かしでもしたのだろうか。セーリオは暫しこちらを見据え、それから微かに苦笑した。
「ずっと前……近衛候補として訓練が始まった頃の話だ」
「ああ、よく私に挑んではボコボコにされていた頃の」
「言い方を知らんのかお前は」
近衛候補といえば、まだ彼を顔だけの偏見男と認識していた時期だ。
日に何度も少年セーリオをちぎっては投げちぎっては投げ、やや倦厭気味でもあった。
「まだ未熟な子供だった俺は『勝ったら願いを一つ聞いてくれ』と賭けを持ち掛けただろう? お前の力量を測ることもできず、馬鹿な事を言ったものだ」
「あはは。可愛いらしい話じゃないか」
はて。言われたような、なかったような。
当時の彼は何かにつけ私へ勝負を仕掛けていたので、心当たりがあり過ぎて絞りきれない。もう少し情報が欲しいところである。
「あの頃は二人とも、考え無しの子供だった。そうだろうセーリオ?」
「本当に……賭けに応じたお前は、新たに条件をつけ加えたな。もしも自分が負けたなら騎士を辞する、という条件をだ。あの時はとんでもない自信家だと呆れ果てたぞ」
事のあらましを聞き出した私は、ようやく件の出来事を想起したのだった。
「その話だったか! ああ言ったな、よく覚えているよ」
「他人事みたいに……待て、話の見当がついてなかったのか?」
わざとらしく舌を出しながら片目を瞑ってやれば、親の敵のように睨み返された。絶妙に苛立つ誤魔化し方をしてしまったと反省しているので目力は弱めてもらいたい。
セーリオは弱々しく溜息を吐き出し、話を戻す。
「あれから何年も経った今になって、お前に勝てるとは思いもしなかった」
私の方こそ、彼が未だにこの賭けを覚えていたと思わなかった。
大人になっても記憶しているなんて、もしや現在進行形で私の免職を目論んでいるのだろうか。などと疑念を抱くも、セーリオの言によって杞憂に終わる。
「何を勘違いしてたか知らないが、俺は元より辞めさせようなどと考えていない。なのにお前ときたら……!」
「いやあ、あの頃は目の敵にされてると思っててさ」
「違う! いつか団長となったお前と共に騎士団を支える事が、俺の夢であり目標なんだぞ!」
「えっ……?」
酒が入る度にセーリオ本人が教えてくれていたが、素面の彼から聞かされるのは初めてだった。
あの目標は、酔っ払いの戯言ではなかった。真実、彼の本心なのだ。
そう理解したと同時に、冷静な振りで無視し続けていた心臓がここぞとばかりに主張しだす。
「……願いを聞いてくれるという賭けだったな、マリン」
「なに……かな?」
彼は酔っていた時、勝てたら告白すると言っていた。
願いを一つ叶えるなんて賭けまで持ち掛けてお膳立てしたのだ。いよいよ勘違いではなく言うシチュエーションだろう、これ!?
お父様、お母様。今度の休暇には将来有望な騎士を一人連れて挨拶に参り──
「お前が付け加えた条件を破棄してくれ。……もう二度と、騎士を辞めるなどと言うな」
「あ、うん。わかったよ……えっ?」
私の返事を聞いたセーリオは安心するように微笑みを浮かべ、一言「よかった」と呟いた。
あれ、告白は……?