3、ステーキとパンチとランキング
鎧組組長の鎧弘樹は、事務所兼本宅に隣接する住宅2軒が空き家となった際、「いい土地がある」と紅鬼に勧めてくれた人物である。
この2軒分の土地が姫百合荘の敷地となったわけだが・・・
二次団体なので10人にも満たない鎧組の構成員、もちろん全員男性(しかも35歳以下)、お隣に若い美女が13人も住みつくとあってはウハウハしないわけがない。
が、ある日、鎧組長は組の者を集め、険しい顔で警告を発した。
「いいか、お前ら。お隣にきれいな女性がドッサリ越してくる、それが嬉しいのは、まあわかる。だが、言っておくぞ。
ただのきれいな女、じゃあねえ。いずれもワケありの・・・ 怖いねえさんたちなんだ、ってことを頭に入れといてくれや。
もし、ウチがお隣と戦争になったとして・・・ まずウチが潰されるな」
冗談と思ってるのか、組員らはまだニヤニヤしている。
組長「大げさに言ってるんじゃねえぞ。管理人は獣畜振興会の風太刀会長のお嬢さんで、もちろん失礼があっちゃならねえが・・・
単にバックがおっかない、って話じゃない。お嬢さんから、こんな手紙をもらったんだが・・・ いいか、よく聞け」
『私たちの中でいちばん強い人は、フランス外人部隊でブイブイいわせたブラジル出身のパンテーラさんでしょう。
この人の本気のパンチはヘヴィ級ボクサーに匹敵します。ですから彼女の間合いに入らないよう、組員の皆さんに注意喚起してください。』
若いモンの1人が実際に腕を伸ばして、「間合い、っつーと1mくらいか?」
『ただ脚力もカモシカのように強く、まばたきする瞬間に間合いを詰めてきますので、離れていても決して油断しないでください。
性格は明るく気さくで、男友達もおおぜいいるパンテーラさんですので、それほど心配する必要はないのですが、ついうっかり失礼なことを言うと激怒します。
パンテーラが怒り始めたら、とにかく遠くへ逃げてください。また、なるべく目を合わさないようにしてください。』
ため息をつく組員を見まわし、組長は手紙をめくった。「まだある・・・」
『うちで一番危険な人物はパンテーラではありません。赤い髪の女性には、くれぐれも気をつけてください・・・
この人は大の男嫌いで、ちょっとサイコパスなところがあり(不幸な過去があるのです)・・・ 常にナイフを隠し持っていて、男性が近づくと刺そうとします。
ちょっとどころか完全な異常者ですが笑、とにかくこの人には遠くから挨拶する程度にとどめて、決して近づかないでください。』
組長はハンカチで額の汗を拭いて、
「この2人の他にも、元・女子プロレスラー2名、テロリストに戦闘訓練を受けた者、イノシシを蹴り殺した者、悪魔を呼びよせる魔女・・・」
すっかり青ざめている組員たちを睨みつけ、「いいな!もし会ったら笑顔で挨拶、それ以上は関わるな!」
それは姫百合荘オープン1周年から3ケ月ほどさかのぼる、11月の土曜日。
地下鉄麻布線猫館駅で降りた碧井優樹は、プラプラと駅周辺をさまよっていた。
「おや?」
とある雑居ビルに、気になる看板を発見。
女性専用Bar 秘め百合 Secret Lily 当ビル2F
営業時間 13:30~22:30(LO 22:00)
「ほお~、これは興味深い。今は14時、もうやってるな」
その看板の下にもチラッと目をくれると、
ウエスタン・バー トゥームストーン(男性専用) 当ビルB1
営業時間 14:30~23:30(LO 23:00)
「なるほど。カップルで来た場合、男はこちらに行くのね。私はもちろん女性だから」
階段を上がっていく。店の入口には、さまざまな注意書きが出ていた。
当店は女性のお客様専用の酒場です。
男性の入店は固くお断りいたします。(体が男性のトランスジェンダー含む)
また当ビルB1には男性専用のウエスタン・バーもございますので、男性のお客様はそちらをご利用ください。
17:00以降は18歳未満の方のご利用もお断りしたします。
当店スタッフに対するスキンシップ、写真撮影、店外逢引へのお誘いはご遠慮ください。
いかなる取材もNO! 全席禁煙
(これは・・・ ちょっと入りづらいかも・・・)と思いつつも、暖かい印象の木のドアをくぐってみた。
入ってすぐに懐かしいピンクの公衆電話。壁のコルクボードには、さまざまな女性や少女のスナップ写真。
一番上の、バニーガールの写真に引きつけられた。
決して美人ではないが、長く伸ばしたストロベリーブロンド、生き生きした表情のソバカス顔・・・
カウンターへと歩いていく。
店内は、さほど洗練されているわけではいないが、清潔で暖かい家庭的な雰囲気。
「こんちはー、まだ仕事があるんでノンアルコールでいいですか?」
「いらっしゃい、どうぞ、おかけくださいな」
バーテンダーはストロベリーブロンドのショートカット、あたたかみのあるソバカス顔。
優樹は腰かけ、ノンアルコールのメニューを受け取りながら、「入口の写真のバニーさんですか?」
「そうそう、去年まではバニーだったんすよ。今は自分の店もてました!」
「店長さんですか! えーと、何がおいしいかな?」
メニューには大きく、
オススメ! ラッシー ¥500 インドで1年以上暮らした魔女先生監修、本格派!
とあるので、ラッシーを頼んでみる。
まだ時間が早いので、店内はちらほら・・・ 若い子や近所の奥様方らしき客層。
(レズのハッテン場って感じでもないな・・・まだ昼間だしな)
ラッシーのグラスが出てくると、「かわいいバニーさんですね! あの写真、すっぴんじゃないですか?」
店長は苦笑いを浮かべ、「若気のいたり、というか・・・ あの店は美人のバニーが多かったんですよ。で、美人じゃない私ですが、なんとかしてナンバーワンになりたい!って思って、若かったからできたんだけど、すっぴんソバカス丸出しで店に出たら、これが大好評で」
「そりゃすごい! もともとかわいいから、できたんですよー」(店長、どこの国の人だろう?)
たぶんロシア人だろう、とふんだが、それはビンゴであった。
「あ、ラッシーうまい・・・ インドで飲んだのと同じ味」
店内を見回すと、奥にトイレとはちがう小さなドアがあり、小さな看板がかかっていた。
小さなエステサロン ヴィーナス・ルーム VINUS'S ROOM
マッサージ専門 脱毛は扱っておりません
営業日 (月)(火)(水)(木)(土) (金)(日)は魔女先生の占い部屋となります
この小さな文字を読むために、優樹はドアのそばまで来なければならなかった。
「お店の中に、またお店・・・」
その時、ドアの向こうから笑い声の混じる、快感に感極まった声が・・・
思わず店長に、「エステなんですよね?」
「もちろん!変なことしてないから笑 気持ちよくて人気のマッサージっすよ!今の時間帯なら空いてますが?」
優樹はカウンターの席に戻りながら、「いや、今日はまだ仕事がありますので」
ラッシーのグラスを空けると、「でもなんか、いいお店だな・・・ 夜もまた来ちゃおうかな」
「今日は土曜なんで、これからけっこう混むんで覚悟してください! ムードもガラッと変わるし・・・ 恋人探しの人も多いし」
優樹(あ、やっぱりハッテン場なんだ・・・)
あっという間に夜9時ころ。
覚悟を決めて、優樹は再びやってきた。
やはり混んでる。
客層は社会人女性ばかり、どことなく熱っぽい雰囲気。
店長も腕まくりして忙しそう、その他にスタッフが3人いる。
髪をきれいにまとめ上げた、タレ目でアイドル顔の店員が、「いらっしゃいませ! お席が一つしか空いてないんですけど、よろしいですか?」
小さいテーブルに案内される。混んでるので、メニューにはちらっと目をやっただけで、「えーと、まずはビールで」
「お好みの銘柄はございます? クラフトビールも何種類かありますが」
「アサヒ以外ならなんでも」「じゃエビスで」
店長が優樹に気づいて、手をふってくれる。
グループ客から上がった歓声に、思わず振り返る。
「パンちゃん、今度の日曜はヒマ?」「パンちゃん、リオのカーニバルには出ないの?」「パンちゃん、口移しで飲ませて」
4人用テーブルにドリンクを配り終わった長身(180センチ)の店員に、優樹の目は引きつけられた。
波うつ黒髪をポニーテールにして、コーヒー色の肌、その衝撃的なまでの美貌・・・
ウェイトレス、といってもスラリとした黒のパンツ姿で、「ウェイター」に近い。
「あのー皆さん、あまり露骨に掟破りをなさると・・・ 店長から出禁にされてしまいますよ!」
そのカッコいい姿に、優樹は思わず目を見張る。胸がバクバクしてきた。
また、別のテーブルからは、「あれ?もえこちゃん、私らが頼んだのはチリワインだけど・・・ バローロってイタリアだよね?」
たった今コルクを抜き終わったばかりの店員が、「あら、やってもーたわー。
もえこちゃん、メンタルクリニック通ってるガチのメンヘラだから堪忍な!」
長い黒髪をワンレンにした、吊り目の美女。またしても優樹は目を見張る。
(顔ちっさ、9頭身? ん?あのバッジは・・・)
「もえこ」の襟元につけた大きな丸いバッジに目が行く。どこかで見たデザイン・・・
丸の半分は十字、半分は大蛇に飲まれようとしている人間?
(あれ、アルファロメオのエンブレムだ!)
カウンターから店長が、「すみません、お客様! バローロの方が高いのですが、よろしかったらチリワインと同じお値段で飲んでいただいてかまいませんが」
この言葉に客たちは、「やったー!得した!」「もえこちゃん、ありがとー!」
店長はもえこを呼びよせ、「いくらイタリアびいきだからって、お客様に勝手にイタリアワイン出しちゃダメでしょ!」
「ごめんなさーい」
もえこは腰にも、「クアドリフォリオ」と呼ばれる四葉のマーク(やはりアルファロメオのエンブレム)のバッジをつけていた。
(なんというイタリア愛・・・)優樹が呆れていると、店長が自らビールを運んできた。
「お待たせー」
「店長さん!ステキな人ばかりですね! テンション上がってきたー」
「あいにく、今日の子たちはみんなパートナーがいるんですよ。私を含めてね」
「いやいや、別にそういうつもりは・・・ それより食事のメニューってあります? 夕食がまだで」
「んー、実は食べる方は充実してなくてスミマセン。キッチンが小さくて・・・」
「そうなんですか・・・」ぐーぐー鳴る腹を押さえる優樹。
「チーズの盛り合わせとか、ちょっとしたサンドイッチとかになりますが・・・」
この会話を耳にした「パンちゃん」が近づいてきて、「ガッツリ食べたいなら地下のウエスタン・バーからステーキの出前が取れるよ!」
「ステーキ?」目を輝かせる優樹。
「アメリカン・ビーフだけど・・・ 300くらい食べる?」すでにスマホを出して先方を呼び出している。
「いや、100でいいです笑 主食はライスで・・・」
「主食というものはないんだな、これが笑 ポテトとタマネギがついてくるから。あ、あと食べたことなかったら骨髄も1本添えてみる?」
「骨髄! いやー食べたことないですね!」
「あ、もしもし秘め百合ですけどー。ステーキ一人前お願いします。100グラムで骨髄付き。ハーイ待ってます」
「ありがとうございます、お手数おかけします」
「待ってる間にお飲み物おかわり、いかがですか? ブラジルのカイピリーニャってカクテルがオススメですよ!」
どうやら、常連の「パンちゃん」ファンたちは、皆それを飲んでるようだ。
「じゃ、それで・・・」
客の1人がタレ目アイドル顔の店員をつかまえて、「ねえ龍子さん。もえこちゃん、メンタルクリニック通ってるって、どこかおかしいの? いや、おかしいのはわかるけど」
「あ、燃子は・・・ 記憶障害なんですよ。何年か前に事故に遭って・・・ 脳には異常なかったんですけど、精神的な面で・・・」
「へー、そうなんだ。たいへんねえ・・・」
「記憶が戻らないこと以外は、まったく問題ないんですけどね。あとは気長に回復を待つって感じですねー」
また別の客が、「龍子さん、前から思ってたんだけど、あなたのこと・・・ どこかでお見かけした気がするんだけど・・・」
龍子は照れ笑いを浮かべ、「しばらく前、ほんのちょっとの間なんですが、私、舞台女優やってたんですよ。『ああムジョラブル』って舞台、ご存知ですか? 1回だけ、あれの主演をやったことがあります」
「へー、そうなんだ!すごい・・・ でも私お芝居とか見ないから、たぶんそれじゃないな・・・ うーん、どこで」
「だとすると、人ちがいかもしれませんねー」
と言ってる間に、地下のバーから銀の蓋つきのステーキが届いた。
入口のドアでパンちゃんが受け取り、優樹のテーブルへ届ける。
蓋を取るとジュージューいってる厚いステーキ、山盛りポテトフライにタマネギ、添えられた骨・・・
店中の客が、優樹の食事に注目していた。
優樹(これ、『女性専用バー』で食べていいメニューじゃないな笑)
その時、トラブルが発生した。
髭を生やした3人の男連れが、「一杯飲ませろ」と入りこんできたのである。
店長「地下に男性専用バーがあります。こちらは女性専用となりますので、ご遠慮ください」
「地下の店行ってみたんだけど、タバコの煙もうもうだし、店員はヤクザみたいで怖いし」
「悪さしないからさ、一杯飲んだら帰るから」「入れてくれないと泣いちゃうよ?」
どうやら、すでにできあがっているようだ。
店長「出ていってもらわないと警察か・・・ こわい人たちを呼びますけど」
そこへ割りこむパンちゃん、「待ちな、店長。警察にしろヤー公にしろ、男に頼るのは面白くない。ここはパンさんが・・・」
3人の男を生温かい視線で見まわし、「お前たち、表に出な! 外で・・・私とダンスでも踊るか?」(自分で言って恥ずかしい・・・)
ファンからキャー!と歓声が上がる。
男たちの目がすわってきた。
「いいねえ・・・すごくいい」「デカいねえちゃん、やんのか?」「暴力で来るなら、こっちも考えがあるよ?」
「いいから出ろ!ほらほらほら」パンの勢いに押されるように男たちは階段を下り、ビルの外へ。
なぜか燃子が、ひょこひょこと後をついていく。
階段の上から店長が、「パンちゃん、殺すんじゃないよ! 目撃者が多すぎる!」
女性客は1人残らず窓辺に集まり、眼下で対峙する3人の男VSパン・燃子を、固唾をのんで見守る。
「で、おねーさん、どーすんのコレ。やるの?」
パン「今からこの燃子と演武するから! それを見て、なおケンカする気があるなら、かかってき・・・」
いきなり燃子がすさまじいハイキックを同僚の顔面に向けて放ち、かろうじて拳でガードするパン。
ビシイッと強烈な音が、夜の街にこだまする。
パン「なッ・・・ 燃子、このやろー! 今思いきり本気で蹴ったな!」
燃子「え、だって『本気でこい』って・・・」
パン「いってねー!」
燃子は3人の男に向かって、「言ったよね?」
パン「くそー! なんでそこまで私に対抗意識を燃やすんだよ!ムカつく!」
顔を真っ赤にして怒るパンは、思わず腕を振り回すと、ガコッと大きな音。
燃子はキックを受け止めたパンの拳をさすってやり、「めんごめんご」
パン「あれ?そういえば連中は?」
見ると、失神した仲間を両脇から抱えた男たち、スタコラ逃げていくところ。
地下のウエスタン・バーから男性スタッフたち(鎧組の関係者)が駆けつけ、
「パンテーラさん、大丈夫ですか?」「後の掃除は私らでやっときますから!」
「掃除だと?」見ると、路上には血が飛び散っている。「うわ!誰の血?」
西部劇のコスプレをしたスタッフが血だまりを調べて、「歯のかけらが・・・ 眼球とか転がってなくてよかった」
もう1人がバケツの水を流し、路上を清める。
パンは燃子を連れて店へ戻りながら、「ちくしょー私の活躍が・・・ カッコいいところを龍子に見せたかったのに!」
店内では優樹が席に戻ってステーキを片づけながら、「なんというエキサイティングな夜・・・」
この後、店長オススメのマデイラ・ワインをデザートがわりにいただいて、けっこうな散財をしてしまったと気づく優樹であった。
風太刀記念会館内部の「風太刀記念財団・秘書室」という秘密の多い職場から、遅番(14:00~22:30)の勤務が明けて、夜烏子は姫百合荘に帰宅した。
(パートナーのクリス=「秘め百合」店長と生活サイクルを合わせるため、この勤務時間にしてもらっている)
しばらく前まで黒髪だったが、イメチェンをはかって今は茶色の髪。
奥二重の涼しげな瞳は、いかにも紅鬼と姉妹というように見えるが、実は血は繋がっていない。
(紅鬼の勝気そうな眉に対し、夜烏子は「不幸キャラっぽい」といわれる下がり眉)
「クリス、みんな!おつかれさまー」
「秘め百合」から帰ってきたばかりの5人と合流、ここに「遅出組」全員集合。
軽い夜食を取って、浴槽が2つ(「熱め」と「ぬるめ」)ある大浴場で、みんなでワイワイいいながら入浴、その後リビングでくつろぐ。
パン「今日はリビングが空いててよかったー」
(通常11:00以降はは紅鬼とミラルのベッドルームとなる)
リビングと連続してる「第2和室」の障子戸を開けて、ひと眠りしていたミラルが、欠伸をしながら現れる。
「おかえりー 今日は紅鬼とまりあ、いっしょに寝てるから。明日2人が早番だから」
燃子「じゃ、もえこちゃん今日はローラといっしょに寝るかなー」
ローラ「おっけー」
赤毛のローラはネグリジェ姿で、風呂上がりのスキンケアに余念がない。
「しっかし大変だったのねえ。ヴィーナス・ルームにずっとこもってたから、ぜんぜん気づかなかった・・・ クソ男は殺してもいいって法律があればいいのに」
クリスはみんなにウイスキーのお湯割りを作りながら、
「ローラが出てきたら、さらにややこしくなるとこだったよ! これで男が入ってこようとしたのは3度目・・・」
1度目は酔っ払いのオッサンがガールズバーと勘違いして入ってきたが、丁寧に説明したら謝って出ていった。
2度目はトランスジェンダーの「女性」がだいぶ粘っていたが、やはり説得して、お引き取りいただいた。
「暴力沙汰になったのは初めてだな・・・ パンちゃん、気をつけてくれよう」
パンテーラは上半身裸で首にタオルをかけ、グラスをぐいっとあおると、
「何もしなくてカッコいいところを見せられなかったのに、非難だけされる・・・ あいつら、転んでケガしたみたいよ?」
「ウソつけ! 思いきり殴ってたよ!」
ミラルもお湯割りを受け取ると、パンの半裸体をしげしげと見て、「パンちゃんのロケットおっぱい、すごい・・・」
「これミサイルになって飛んでくからね!」
パートナーの龍子が、パンの見事な背筋にスリスリうっとり、「はあー。きんにく、きんにく・・・ この背筋がパンチ力の源・・・」
パン「よーし、誰が筋肉あるかランキングしようぜー!」
ミラル「そんなのパンちゃん1位に決まってるわ」
夜烏子が風紀委員のように取り締まる態度を見せ、「パンちゃん、仲間うちでの比較・ランキングは禁止って掟を忘れたの?」
パン「よーし、じゃ、おっぱいが垂れてない人ランキング!」
夜烏子「こら!聞いてるの?」
ローラが専門的な態度で、「おっぱいは大胸筋で支えるから、どっちにしろ筋肉がある人が有利」
パン「よーし、じゃあ、」
燃子「脳みそが筋肉な人ランキング!」
ここで一同爆笑。
龍子がパンの背中から首に腕を回して、「ねーパンちゃん、私が1位になるランキングもやっておくれ」
「えっ龍子が1位かー・・・ えーと、それじゃあ・・・ パンちゃんに愛される女性ランキング!」
「そういうんじゃなくて、もっと客観的な・・・」
「ええっと、それじゃあね・・・ うーん、そうだな・・・ んんんー」
龍子の表情に影が差し、「もしかして、ないのかな・・・ 私が1位になるものって、なんにもないのかな・・・」
このままでは2人の関係に亀裂が入ってしまうと感じたパン、必死に脳をふりしぼり、
「あ、そーだ!ダンス! 龍子、ダンスは私と互角以上に上手いよね! たしかプロに習ってたんだっけ?」
うなづく龍子、「そうだな、ダンスは自信あるな」
ローラが手を上げて、「ダンスなら私もけっこうやるよ!ダンシン・クイーン」
「もえこちゃんもー」
パン「あんたら空気を読んで自粛してくれ!」
姫百合荘の豆知識(3)
ペーパー類、洗剤、飲料水などの消耗品は大量に消費しますので、近所のスーパー「マーケット・ガーデン」よりネット注文で配送してもらってます。(毎日PM2:00~4:00に到着予定)
1円でも安い物を買うことに生きがいを感じるパンちゃんは「私のレヴォーグで、安い店を調べて買い出しに行くのに!」と当初は反対したのですが、
「パンちゃんのような優秀な人材を、そんなことに使うのはもったいない」と説得されました。
それでも懲りずに、たまにチラシを見ては安い店の探求を続けているパンちゃん・・・
湯香とまりあは、ダイニング・ルーム作りつけのボックス席で、並んで腰かけて語り合っていた。
ダイニングの北面はガラス張りで、縁側とその先の芝生広場、鉄細工の裏門が秋の日に照らされているのが見える。
まりあ「小学生の時に、友達に馬を見せてやったんだよね。そしたら・・・『くさい』って言うんだわ。ショックだったなー・・・
東京じゃなくて長野の子だよ? もちろん動物だから匂うのはわかってたけど、馬が『くさい』って発想はまるっころなかったわ・・・」
とつとつと語るまりあに、優しいまなざしを投げかける湯香。
「まりあちゃんにとって、馬は大切な友達だったんだね・・・ 馬しか友達がいなかったんだね・・・」
「友達に馬を見せてやった、つーたろうが! 東京人は日本語わかんねのか? で、それ以来ずっと気になってたんだけど・・・」
言いにくそうに手をコネコネさせるまりあ、
「もしかして私も・・・ 自分にも匂いがあるのはわかってっから、もしかしてくさいのではないかと・・・ 自分では気づかないだけで」
「そんなことないよー」
「そうかな? 湯香さ、よかったらちょっと嗅いでみてくんないかな・・・」
「もお~ くさくないってば! どれ・・・」
くんかくんかと嗅ぎまわってみる湯香、まりあは顔真っ赤。
湯香はニッコリと、「くさくないよ、いい匂い! なんというかミルクっぽい匂い」
ほっと息をつくまりあ、「ホント?よかったー・・・ あ、湯香も判定してやるわ」
「いーよ!やめてくれ!」
拒否するのを無視して、湯香の胸もとから首すじまで、くんかくんかくんか、すひーすひー
「やめてくれよ!」
まりあは体を離すと、芝生の庭に弱々しく降り注ぐ、秋の日差しをじっと見ていた。
しばらく穏やかな沈黙が流れた後、湯香が切り出した。「どーなんよ?」
「汗臭い」
「悪かったね!汗っかきなんだよ! なんでこういう流れになるんだよ、私はミルクの匂いって言ってやったのに!むきーっ」
第3話 おしまい