14 ありのまま
加山先生と姉は、本屋で直接待ち合わせをしていたようだ。
先生は事前にお勧めの書籍をピックアップしていたようで、すんなり目的の買い物は終わった。
参考書以外にも興味のある本を購入した姉と、欲しかった本を入手した俺は、纏められた袋の重さにウッと息を呑んだ。
これを自宅まで持ち帰るのかと思うと、少しうんざりするが仕方ない。
「宅配サービスを使ったらどうかな? この時間だったらまだ今日中に届けてもらえる筈だよ」
隣のレジで別の書籍を購入していた加山先生が、助言してくれた。
「宅配サービス?」
「そう。本を沢山購入した時、僕はお店から配送してもらっているんだ」
「そんなことができるんですか? それ、楽そうでいいかも!」
姉の言葉を受け、加山先生がお店の人に確認をとってくれた。
伝票を渡された姉が、配送の手続きを始める。
送り状に住所を記入すると、あっという間に手続きが済んだ。
今日の夕方には自宅に届くとのことで、こんなに便利なサービスがあるとは知らなかった俺は眼から鱗だった。
「本当だったら僕が持って、昼食後にご自宅まで送り届けてあげたかったんだけど、ちょっとこの後――君たちと別れた後、急遽行くところができてしまってね。お詫びにお昼は僕がご馳走するよ」
先生の申し出に姉が恐縮する。
「いや、あの、お昼は母から先生にご足労いただくお礼に、こちらが支払うようにと軍資金も預かって――」
姉の言葉を皆まで言わせず、先生は笑顔でその他の候補を提案をする。
「お気遣いありがとう。じゃあ、こうしようか――その軍資金は、次回にまわしてもらって、今日は僕が持つよ――新太くん、ハンバーグが食べたいって言っていたよね?」
俺はコクリと頷くことで、返答に代えた。
何故か、姉が息を呑み、目を見開いている。
心なしか頬が赤いのは暑さのせいなのだろうか。
姉は言葉に詰まっているようで、話が進まない。彼女にしては珍しく、動揺した様子も見え隠れする。
ああ、そうか。
もしかして――
思い当たることがあったので『助け舟』を出すつもりで、いつもの姉の状況を先生に伝えることにした。
「先生、真由姉はさ、いつも外食するときに大盛りとかLサイズを注文して、家族の中で一番の食いしん坊なんだ。だから、多分だけど、先生に払ってもらうんじゃ、気を遣って食べられないんだと思う」
俺の言葉に、姉が何故か固まった。
「そうなんです!」の言葉と一緒に頷くかと思った姉は、一言も発することなく、口をパクパクさせながら顔を真っ赤に染めている。
しかも、恨めしそうな目で俺を見ているのだ。
助けたつもりだったのにどうしたのだろうと、理由がわからず俺は首を傾げた。
「こ……子供って、なんてオソロシイ生き物なの。まったく……どうしてアンタは先生の前で、わたしの秘密をあっさりバラすかな?」
そう言ったあと「今日は普通サイズで可愛く食べるつもりだったのに」と小さな声でブツブツこぼしている。
姉の様子を目にした先生は、目元に柔らかな弧を描いた。
「そんなことを気にしていたの? 遠慮しないで、好きなだけ食べていいんだよ」
「いや……っ ち、ちがっ……」
姉は咄嗟に何かを言いかけたけれど、加山先生はそれに気づかなかったようで、腕時計で現在時刻を確かめている。
「少し早いけど、混む前に昼食をとろうか?」
そう言って、俺たちをランチへと促した。
真由姉は、ふぅと溜め息をつき、先生を見上げてからニッコリと笑う。
「先生、後悔しないでくださいね。バレてしまったのなら、仕方ありません。わたし、遠慮はしませんよ! お財布、本当に大丈夫ですか?」
加山先生はキョトンとした表情を一瞬見せたあと、突然破顔した。
「お手柔らかに頼むよ、お姫さま」
少しだけ演技がかったセリフ回しで返答すると、その口から笑い声が洩れた。いつもの真面目な先生とは違って、とても楽しそうな様子に見えるのが不思議だった。
加山先生の口から生まれた笑い声は、爽やかな風のような清涼感を帯びていた。
昼食は俺の希望通り、ハンバーグ専門店へと向かった。
席に案内され、冷たい水を口にした途端、力が抜けたように一息つけた。
メニューを吟味した結果、姉はガーリックバターチーズのせハンバーグ、サイズ大きめ、ライス大盛りに決めたようだ。
食後のにおいも全く気にせずニンニク入り、更には豪快な大きさを迷わず注文する姿は、我が姉ながらかなり雄々しく映った。
俺が姉の食欲旺盛具合を暴露してしまったことで、彼女の中でも色々と吹っ切れたのか、取り繕うことを完全に止めたらしい。
俺はシチューハンバーグの卵のせを選び、加山先生は和風おろしハンバーグに決めたようだ。ちなみに二人とも普通サイズを選んだ。
「二人とも、そんなにちょっとで本当に足りるの?」
姉が訝しげな様子で、俺と加山先生を交互に視界に入れる。
先ほどまで、借りてきた猫の子のようになっていた姉が、普段の様子を取り戻したので、俺はホッと安堵した。
姉は「普通サイズで可愛く食べるつもりだった」と呟いていたけれど、それでは真由姉の本当の良さが伝わらないのになと残念に思ったこともあり、通常モードへ移行した姉の態度に安心感を覚えたのだ。
『ありのまま』の姉が、やはり一番だと、この日改めて思った。
全員が食事を終えた頃、デザートが運ばれてきた。
姉の前にはヨーグルトパフェが置かれ、俺にはプリン。そして、加山先生の所には紅茶が配膳された。
俺が粗方プリンを食べ終わり、一息ついた頃を見計らって、先生が静かに問う。
「新太くん、僕が先週参加した演奏会のことで質問があるって、真由ちゃんから聞いていたんだけど、今、話を聞いても?」
真由姉は、ヨーグルトパフェを食べる手を止め、俺をじっと見つめている。
どうやら俺が話し出すのを待っているようだ。
先生の真摯な眼差しに、俺は姿勢を正した。
少しの緊張を宿す声が、この口から紡がれる。
「先生は、アイツを――鷹司晴夏を知っているんですか?」
――と。





