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13 お邪魔虫


「新太ー! そろそろ行くけど、準備はできてる?」


 玄関先から二階の俺の部屋に向かって、姉の声が届く。






 お盆休みが終わり、一日多く休みを取っていた父の仕事も今日から再開した。


 姉は今週末から、俺の学校よりも一足早く新学期が始まるとのことで、その準備を兼ねて加山先生と参考書を探しに出かけることになっていたのは――本日のこと。





 階段を降りて行くと、いつもよりお洒落をした姉の姿が視界に入る。



 シスコンではないと自負しているつもりだが、割と綺麗な部類に含まれるのではないかと思う。


 あの加山先生の隣に並んでも、見劣りしない外見に思えるのは、身内の贔屓目なのだろうか。



 涼しげなワンピースを着た真由姉は、姿見でおかしな所がないかと確認し、身支度のチェックに余念がない。


 今日は少しだけ、唇も光っているように見えた。




「真由――本当に新太を一緒に連れて行くの? 憧れの加山先生との所謂――初デートなのに、コブ付きじゃあ楽しめないんじゃない?」



 母が俺に、残念なものを見る眼差しを送ってきた。


 俺が困っていると、姉が笑って答える。



「デートじゃないし、参考書を選んでもらうだけだから。まあ、下心がない――って言ったら嘘になるけど、今日はわたしが新太を誘ったの。加山先生も全く問題なさそうだったよ。それに、わたしも――話を聞いてみたいんだ」




          …




 一昨日――日曜日の晩。

 祖父母宅にて、鷹司と少女の演奏動画を視聴中、その画面の中に加山先生を発見した俺と姉。


 驚いた姉は、俺との話し合いの後、加山先生にメッセージを打ってくれた。


 『加山先生が今週参加された演奏会について教えていただきたいことがあります。新太も質問があるようなので、今度の火曜日、弟もご一緒させていただいて問題ないでしょうか?』


 ――と。




 先生が中禅寺湖から東京に戻ってくるのは月曜日だという話を耳にしていた姉は動画を視聴中、既に加山先生に連絡を入れると決めていたようだ。


 姉は暫く何事かを思案していたようだが、突然「よし!」と呟くと、俺に笑顔をみせた。


「火曜日の先生との買い物。新太も一緒に行こっか!」


「は!? 俺も?」


 俺は、そうとしか返事ができなかった。


 その時、理由は分からなかったけれど、なんとなく遠慮をした方が良い気がしたので、俺は返答をどうすべきか迷ったのだ。が、(にえ)きらなかった俺の態度は、姉の言葉によって一変する。




「わたしなら自分で質問して、直接話を聞いてみたい――新太は? 知りたいんでしょう? この二人のこと」




 それは……できることなら、俺も加山先生から直接話を聞いてみたい――それも……一刻も早く。



 先生が彼等と知り合いで、尚且つ、鷹司の演奏がこの短期間で変わった理由を知っているのならば、この耳で直接確かめたかった。



 そして俺は、結局、姉の買い物について行くことを決め、姉は(くだん)のメッセージを加山先生に送ってくれたのだ。




          …




 昨晩、今日の予定を両親に伝えたところ、母は溜め息をつきながら俺の鼻先をキュッと摘んだ。




「新太もね、もうちょっと考えなさい。姉の初デートに弟がついて行くなんて――……そんな『お邪魔虫』――お母さん、聞いたことないわよ……まったく」




 母は呆れ顔で俺を(たしな)め、父も「タチの悪い小姑みたいだぞ」と苦笑いをしていた。



 その時はじめて、これは単なる買い物ではなくて、姉にとっては初めてのデートだったのか――と遅ればせながら気づいた俺だ。



 姉に誘われた時。なんとなくではあるが『遠慮をした方が良い』と感じた理由が、今になってやっと判明した――けれど、時既に遅しの心境に、非常に居たたまれない気持ちにもなった。


 そんな両親とのやり取りもあったので、今日はできるだけ姉の邪魔をしないつもりではいる。




         




 玄関から外に出ると、俺と姉の上に賑やかな蝉時雨が降り注ぐ。


 隣を歩く姉はハンドタオルを握りしめ、既に蒸し暑そうにしている。


 姉は何を考えているのだろう。

 あの日以来、姉が星川リゾートの演奏会動画を漁っている姿をよく目にするようになった。



 俺が鷹司を気にするのと同じく、真由姉はあの少女の演奏に心惹かれているのだろうか。



 そういえば、姉が鑑賞した動画の中には加山先生の演奏も二つほど含まれていたようで、「一緒に見てみない?」と声をかけてくれたことを思い出す。


 どちらの動画も本当に素晴らしく、胸踊るような演奏を楽しむことができた。


 そのうちのひとつ――先生が参加した男性トリオの演奏を姉と一緒に視聴し始めた時に「この人知ってる。テレビで見たことがある」と姉は驚きの眼差しで伴奏者を見つめた。


 名前は咄嗟に浮かばなかったけれど、確かに見たことのある顔だなと思った。



 更にそのあと、譜めくりに登場した女性が有名なピアニストだと分かった時には、俺も息を呑んだ。



 加山先生の知り合いか、それとも共演者の縁者なのかもしれない。



 姉が演奏会の動画を食い入るように眺めている間、俺自身も父から借りたタブレットで、鷹司の演奏動画を探した。



 他にもアップロードされた動画はないだろうかと、何度も確認をしたけれど――アイツの演奏は、あの『協奏曲』ひとつだけだった。









読んでいただきありがとうございます!


某コンペティションに家人が急遽参加することが決まり、その準備で更新ペースが遅れております。大変申し訳ありません。

申し込み準備が完了次第、更新ペースを戻しますので、暫くご容赦いただけますと幸いです。



加山先生が演奏していた動画は、こちらにて読むことができます。

https://ncode.syosetu.com/n5653ft/149/



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『その悪役令嬢、音楽家を目指す!』
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↑『氷の花がとけるまで』では
脇役となっております登場人物が
主要キャラとして活躍する物語
― 新着の感想 ―
[一言] 確かに周囲から見れば、お姉ちゃんのデートについて行く邪魔もの弟! 下手をすればシスコン!(笑) でもせっかくの初デートに誘ってくれるなんて、真由ちゃんは本当にいいお姉さんですねぇ…。 せめ…
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