私メリーさん。今「そろそろ昼食食べたい」と思っているの。
「メリーさんでいいわ。ゴエッテ少佐の高名はかねがね聞いているよ。少佐が考案した呪文書き換えと高度な水系統呪文をミックスした魔法戦闘術「ウォータージェットストリームアタック」、実に面白い発想ね。第一研究所の実力ナンバーワンはモイエ所長じゃなく、ゴエッテ少佐だと巷で噂されているわ。」
「噂はあくまでも噂でございます。それより、今回メリーさんがご出馬なされたのは、うちの所長のちっぽけな事件ではなく、別の事件のためでございましょう。」ゴエッテ少佐はやっと本題を切り出した。「お連れの警察官たちはイカロスくんとは違う部署の者かと存じます。然もなくばイカロスくん…いや、パイカマン警視か、がわざわざ目配せをしてからわざとらしくメリーさんに挨拶するという一連の行為が不可解なものになってしまいますから。」
ホーポルクでは、軍や警察に制服を着せる規定そのものがまた歴史が浅く、軍なら部隊によって制服や装備が違うが、警察ならどの部署も同じ警察キャップを被り、白の胸甲の下に半袖の鎖帷子、黒いズボンに安物の革くつという制服で統一されている。したがって、制服だけで部署を判別することはできない。もっとも、メッサリオは自前のブランド品の革くつを履いているが。
「調査に関する情報を部外者に教えるわけにはいかないから、お引き取り願おう。」パイカマン警視がゴエッテ少佐の忖度を遮った。
「はあ、現場の方ではすでに野次馬の人だかりができているぞ。こんな忙しい運河の川辺に変な溺死体が置いてあるからな、人が集まってこない方がおかしいさ。僕も野次馬に混ざって、色々と見聞きしてきたぞ。」ゴエッテ少佐は悪びれる様子もなく無表情のまま言い放った。
「で、こっちの警察官はその事件担当されているだろう?もしそうなら耳寄り情報があるから、ちょっと聞いてくれよ。
「あの溺死した奴だが、どうやら密輸業者の武装グループから恨みを買っていたらしいぞ。」
メッサリオはその意外な発言に動揺する一方、ヴィルヘルムはゴエッテ少佐といい勝負が出来るほどの無表情を保ったままだ。
「オールドフォートを根城とする武装グループ、タイパン組だ。そいつらを調べて見れば分かる。」
言いたいことを言い終えると、ゴエッテ少佐は再びウォータースライドを使って高速で研究所へと戻っていった。
「どちらかと言えば、そのタイパン組と何か因縁があるのは被害者ではなく、ゴエッテ少佐の方だと思えるな。」ヴィルヘルムはメッサリオにこぼした。
「あっ、そう言われれば確かにそう思える節があるっすよ。その人の同級生が担当する事件には全く無関心だったのに、赤の他人である本職らに情報を教えてくれるなんておかしいっすね。」ここでメッサリオはチラッとパイカマン警視に視線を走らせた。
「だからと言って無視していい発言でもない。魔物密輸の嫌疑者がここで活動しているんだ、目と鼻の先にあるオールドフォートに根を下ろしている暴力団体がなんらかの形で絡んでいるに違いない。」ヴィルヘルムは顎をこすった。「タイパン組…確か日の出の勢いの新興勢力だ。メッサリオ、オールドフォートがどういうところなのか、流石に知っているだろうな?」
「『オールドフォートを制す者はホーポルクを制す』とまで言われている暴力団隊の聖地で、ホーポルク随一の無法地帯っすね。警察官はおろか、軍の中隊1個送り込んでも1時間以内全滅するってもっぱらの噂っす。ま、中にさえ入らなければ、近くの屋台はやたらと美味いんだよな。」とメッサリオが答えた。
「オールドフォートでは滅多に手に入らない素材も買えたりして、結構お世話になっているのよ。」とメリーさんも感想を述べた。
「…!!メリーさん、なぜそんな危険なところに…」
「…!!メリーさん、オールドフォートに入ったことがあるっすか!?」
「…!!メリーさんほどの御仁は、あんなところに入るべきではございません!」
3名の警察官がウォータージェットストリームアタックのような滑らかさでシンクロして仰天した。
「私は別に警察でも軍でもない、ホーポルクの善良な住民だからね。オールドフォートに入っても普通に買い物して帰るだけよ。」とメリーさんは心外そうに言った。
「いやいやいや、一般市民も入ってったら何されるか分からないところっすよ!?貴族のお嬢様がそこに入ったら身包み剥がされてあんなことやこんなこと…」
「失礼なことを言うではない。」そこでヴィルヘルムがメッサリオの頭を引っ叩いた。
けろっとしているメリーさんを見て、これ以上この話を続けても「メリーさんとオールドフォートの謎」が解けそうにないので、ヴィルヘルムは話題を戻した。
「新興勢力がこうも早くオールドフォート進出を果たし、しかもそこを根城にするほどの実力を持っているとは、調べてみる価値はありそうだ。」