私メリーさん。今はまた研究所から出ていないの。
「パイカマン警視と言ったね。報告が出来たら使用人が魔法犯罪課に持っていくから、後をよろしく。」メリーさんはパイカマン警視に告げた。パイカマン警視は部下たちを現場に残した後、研究所の敷地から出ようとするメリーさん一行につられるように同じ方向へと歩き出した。
「ご配慮いただきありがとうございます。」パイカマン警視はほぼ平身低頭で礼を述べた。これでモイエ伯爵の任意同行がなくても、公爵のお墨付きの報告書があれば、起訴の判断材料としては充分すぎるほどだ。
もっとも、死者の身元はまだ調べていないが、もし平民であれば、伯爵が一介の庶民を(一応軍の施設内に侵入したから謀殺ではない)過剰防衛で殺したとしても、せいぜい罰金と自宅謹慎が命じられるくらいだ。
「パイカマン警視、本当にお疲れ様でした。相手が主戦魔法軍でなかったらお手を煩わせる事件でもないのにな。」ヴィルヘルムはパイカマン警視を労った。
「相手が主戦魔法軍の少将だからこそ意味がある。警察の働きによって伯爵が裁かれたという前例を一つ一つ積み上げることで、警察が公共の安全と秩序を守る建前がやがて現実になる。今はまだそれが実現できていないから、グレイブス女公爵の手を借りざるを得なかったわけだ。それに関しては本当に感謝しております、グレイブス女公爵、いや、メリーさん。」パイカマン警視は再びメリーさんに頭を下げた。
「最近魔法犯罪課からの鑑識依頼がなくて、研究の素材がなくて困ってたわ。これからも頼ってよろしいのよ。」
「ご厚意ありがとうございます。」
「今回に関しては、同期の旧友を頼っても良かったじゃないかな。」
パイカマン警視が声の方向に振り向くと、水魔法ウォータースライドで高速で接近してくる人物がいた。さっきまで風景に溶け込んだように、モイエ伯爵の後ろにずっと立っていたルーシュウス・フォルマイ・ゴエッテ少佐だった。
「ずっと黙りこくっていたやつをどう頼れと?」パイカマン警視は鼻を鳴らした。「それに、吾輩は貴様の友人になった覚えはない。」
「トンスベルグ学院第155期生の首席と次席の仲だろう?事前に声をかけてくれたら便宜を図ってやれたものを。」
「首席と次席だからなんだというんだ?便宜を図る云々言うなら、事件を通報すれば済む話だ。」
「つれないこと言うね。」言葉の内容は旧識とのたわいのない話だが、発言している本人は全くの無表情だから不気味この上ない。そんなことを全く意識していないように見えるゴエッテ少佐はメリーさんに目を向けた。
「こちらの方が噂に聞く警察の凄腕鑑識エキスパートでいらっしゃいますね。ご機嫌よう、グレイブス女公爵。」ゴエッテ少佐は、貴族の家庭教師も顔負けの礼儀正しい挨拶をした。
メリーさんは興味深くゴエッテ少佐を観察した。パイカマン警視と同い年だが、無表情が板についたのか、見た目はそんなに悪くはなく、顔にシワが一つもない。180センチ弱の身長に細マッチョ体型。女性には好感を持たれやすい容姿だ…その不気味なほど徹底した無表情をなんとかすればの話だが。
初評価ありがとうございます!これからも拙作をお楽しみください。