私メリーさん。今死体を検証しているの。
さてと、まずは死体を見てみるわ。
男性、身長173センチ、筋肉質の小太り。没年齢はやはり31ね。
おそらく「上流社会の服装」だと思って選んだと思われる花柄ダブレット、サイズが小さすぎるドレスシャツ、コッドピースがやけに大きいオー・ド・ショース、そして眩い紫のシルクタイツ。小銭を稼いだゴロツキってところかしらね。前に見たときよりさらにセンスが悪化したみたい。
首の後ろには太陽に照らされた馬の刺青があった。
ヴィルヘルムに聞いたら、知っている限り特に犯罪組織との関連を示すものではないという。
死後硬直が関節まで及んでいない…筋肉の具合から見て、死亡時刻はおそらく午前0時から1時。
ほとんど雨に流されたが、死体の鼻腔にはちゃんと微細泡沫がある。口を開けて見たら、やはりそこにも…しかし変だわ、この死体。
溺死したのに、なんで歯を硬く噛み締めているのかしら?普通なら、溺れそうになると息を吸おうとして口を大きく開けるのに、この死者はまるで何かを噛み切ろうとしたかのように歯を噛み締めたまま死後硬直したわ。
まあ、検死が楽しみね。
* * *
「メリーさん、なんで目で見て、大鎌の柄で突いただけで没年齢とか死亡時刻とか分っちゃうっすか?」
「年齢の方は…とりあえず企業秘密とだけ言っておくわ。他はちゃんと医学を勉強して、たくさん観察すれば、分かるようになるの。」
「たくさん観察するって…それ死体の話っすよね…」
「メリーさんはグレイヴス家が運営している慈善病院に月何回も医療術師として行かれているからな。」
「『月何回も医療術師として』というのは間違い。週3回、研究者として、なの。」
メリーさんは生命魔法研究の先駆者にして、グレイヴス家が所有及び運営する数々のビジネスや施設の視察、そして貴族の一員として出席すべき会席などにも時間を割かなければならないため、趣味で警察の調査に付き合えるのが不思議に思われるほど忙しい御仁だ。
「セルドルフ刑事の言葉通り、現場に争った形跡はないのね…激しい雨で洗われたとも考えられるけど、その成金的な衣装に擦り傷が一つもないことから見て、死者は抵抗らしい抵抗もなかったまま殺されたわ。」
「やはり殺されたっすか!?でもなんで殺人だと断定できるっすか?」
「死者が発見されたとき、頭から胸当たりまでが運河に浸されていた…服を見ると、やはりその部分だけは運河の泥水に染まっているね。それ以外の部分が濡れているのは、雨のせいなの。
「つまり、死者は発見された状態で溺死した、あるいは殺された後そのような状態で遺棄されたわ。もし前者であって殺人でないなら、泥酔状態で運河に落ちた事故死ってことになるけど、例え一番近いレストランで飲んでいたとしても、泥酔状態のまま自力で歩道の塀を乗り越えて、ここまで歩いてきた後溺死するというシナリオはほぼ不可能。
「したがって、死者は抵抗なしに、または抵抗が出来ない状況で溺死させられたわ。」
「じゃまずは死者を酔わせて、泥酔状態でここまで運んで頭を水の中に浸して溺死させたってことで決まりっすね。」メッサリオはすんなりと決めつけた。
「何言ってんの、さる男…そんなことしなくても、抵抗が出来ないように溺死させるなど簡単に出来る輩計2名とついさっき会ってきたばかりじゃないの?」と咎めるメリーさん。
「そう…これは水魔法の呪文書き換えによる犯行という可能性も十分にありうる。しかしそれはそれでおかしいな…」ヴィルヘルムはメリーさんの仮説に疑問を覚えた。
「そうね、そんな芸当が出来る術師はホーポルク広しといえども政府に登録されていないものを含めてもせいぜい20人程度しかいないわ。わざわざその中の一人だと主張するような殺し方を選ぶ理由があるかしら。
「事故死として偽装するなら、死体を岸辺に放置するのではなく、運河に投げ捨てたら完璧だったのに、犯人はそれをしませんでした。かと言ってこの殺し方によって何かをアピールしている風にも見えません。」
「では犯人が魔物という線はどうです?魔物の密猟、密売に関わっているから、魔物の恨みを買っている故動機は充分にあります。しかし…魔物が見せじめでやったにしては死体が綺麗すぎますな。一体どうしたものでしょうか。」とヴィルヘルムが聞く。
「まあ、今のところ、他殺の疑いが濃厚、水魔法の呪文書き換えによる犯行の可能性あり、くらいしか分からないわ。後は検死で何か発見できるといいけど。では、持ち物を調べるわ。」死体の初期検証で事件が解決出来ればそれに越したことはないが、現実はそんなに甘くない。




