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文化祭(劇)

 早起きは得意だ。

 いや、正確には得意になったというべきか。

 元々はギリギリまで寝ていたい派の俺だったが、早起きは三文の徳とかドヤ顔で言える立場になったのも、アヤノの世話のバイトのおかげである。アイツは本当に朝弱いからな。初期の頃は眠気とアヤノとの戦いだったな……。

 

 しかし、しばらく朝は起こさないで良い、と言われても早起きしてしまうのは習慣になったからだろうか。


 今日は文化祭当日。

 アヤノのくせに俺よりも早く起きたのだろう、スマホに『先に行ってる』とだけ打たれたメッセージが送られていた。

 寝坊助お嬢様が俺よりも早いなんて、この劇への姿勢が本気だという事が伺えて嬉しい気持ちと、反面、寂しい気持ちが混ざり合ってなんともいえない感情が俺の中にあった。




「――兄さん。おはよー」


 リビングに行くと、セミロングの髪の美少女で、俺の妹の南方 紗雪(みなみかた さゆき)がダイニングテーブルのいつもの彼女の席に座って朝の情報番組を見ていた。

 いや、分かってる。自分の妹を美少女とか言うのはシスコンじゃありゃしやせんかい? っていうのは……。しかし兄貴フィルターを外してもサユキは美少女なんだ。

 一生のネタにするつもりなんだが――彼女はバレンタインデーに男子からチョコレートを貰うという珍体験をしているからね。

 いやいや、男子がバレンタインデーにチョコ渡さねーぜ? 普通じゃねーだろ? でも、それが事実。それは彼女が半端なく美少女という証になるだろ。


「おはよ。休みの日なのに早いな」


 挨拶を返しながら、俺は自分のいつもの席に座る。


 妹は中学3年生。

 もう引退したが、今年の夏までバスケ部に所属しており、1年生の頃から朝練の為にずっと朝が早かったので早起きが身に染みている様だ。


 ちなみに我らの両親は俺達と逆だ。

 リビングの隣にある和室の襖は硬く閉ざされている。まだ寝ている事だろう。


 全く、子供達を少しは見習って欲しいぜ。


「今日は文化祭だもんね。綾乃さんの勇姿を見にいかなくちゃ」


 そう言った後にパンッと軽く手を叩いてニヤついた顔で言ってくる。


「綾乃義姉さんの勇姿を見にいかなくちゃね」


 アヤノとサユキは仲が良い。だから、俺達が付き合う事になったのも、今回の文化祭の事も、俺がわざわざ言わずともアヤノから情報を得られるって訳だ。

 くっ……。知られたく無かったよ。こういう事言ってくるから。


「来るのかよ……」

「そりゃ夏の大会に来てくれたんだから、今度は私が行かなくちゃね」

「さいですか……」


 言いながら俺はリモコンの情報収集ボタンを押して今日の天気予報を確認する。


 晴れ後曇で降水確率30%か……。


 リビングから窓の外を見ると到底曇るとは思えない晴天。傘の出番は無さそうだな。


「綾乃さんって白雪姫役なんだよね?」

「んー? んー……。そうだなー」

「――って事は王子様とキスシーンがあるんじゃないの?」

「ぶっ!」


 サユキの言葉に俺は吹き出してしまった。

 朝から痛いところを突いてくる妹だぜ。


「大変! 兄さん! 綾乃さんが他の誰かにキスされちゃうよ!」


 半分以上、いや9割にからかい成分が入っている台詞を言い放ってくる。


「んな訳あるか! 学生の文化祭でキスなんかしたら問題になるわっ!」

「そうかも知れないけど……。でも、兄さん的にはちょっと嫉妬しちゃうよね」


 コイツ……。本当に朝から急所をえぐってくる奴だな。


「べ、別に。演技なんだから」

「ホントにー?」


 からかう様な目で見てくるサユキ。


「兄さんは嫉妬してないのー? ホントかなー? んんー?」

「――はぁ……。まぁ。ちょっとはな。そりゃ演技と分かっててもちょっとはしますよ」


 そう言うと「素直でよろしい」何て上から目線で言ってくる。


「でも、もし本当にキスしたら?」

「キスしたら――」


 サユキの質問に俺は立ち上がり右腕を横に伸ばす。


「王子様にラリアットだな」


 そう言うとサユキも立ち上がり右腕を横に伸ばす。


「自分で言っておいてなんだけど、私もその時は兄さんに協力するよ」

「フィナーレは俺達兄妹で――」

「――サンドイッチラリアットだね!」




♦︎




 今朝の事は冗談にして、やはりちょっと心配になってしまうのは俺の寂しい感情と嫉妬の感情の現れなのかな。

 彼女と付き合って分かったけど、俺は少し女々しい男なのかもしれないな……。

 しかし、他のカップルはどうなんだ? もし自分の彼女が演劇のヒロインを演じて、キスシーンなんてもんがあろうものなら嫉妬の1つもしないのだろうか?

 ――いや、こういう思考になっている事自体が女々しいのであろうな。


 そんな事を体育館のステージの端、舞台袖で我がクラスの白雪姫の劇を見ながら考えてしまっている。


 今は本番。出演組は学校側から作業用に渡されたTシャツを下に来て衣装を着ている。俺達裏方組はそのTシャツをそのまま来て作業をしている。学生服で作業すると汗かくからね。

 俺の仕事は背景の移動。結構マメに背景チェンジがあるので、今まで準備期間中にサボっていたツケが回って来た感じだ。


「はぁ……はぁ……。ちょっとしんどいね」


 同じポジションの加藤さんもまいっている様子だった。


「何か、ザ・大道具係って感じだよな」

「ふふっ。はぁ……。はぁ……。そうかも……。はぁー……。しんど……。息上がるー」

「女の子にはちょっと重たいかもね」

「あはは……。そうかも。それに私、あんまり運動してこなかったし」

「へぇ。そうなんだ」

「日本史に全振り! みたいな?」


 笑いながら石田くん大好きアピールをしてくる。


「その全振りで石田くんの日本史の成績を越えた感想は?」


 折角のアピールだ。乗ってあげる。


「あはは。正直、石田くんより悪い成績で、教えてもらうっていうのも全然アリだと思うんだけど……」


 次の言葉を嬉しそうに言い放つ。


「石田くんを超えたあの時の快感ったら……。たまらなかったよ。もう言葉に表せない様な感情だった。なんでそんな感情になったのか自分でも分からないけど、エクスタシーって感じ」


 彼女は……S……なのだろうか……。

 文化祭という学校イベントだからかな……。リミッターが外れて、若干の変態発言をしてくれる。ごちそうさまです。


 しかし、そこまで彼の事が好きなら、彼女も俺と同じでキスシーンで悩んでいるのかもしれないな。




 ――そんな彼女のS発言もほどほどに、劇はクライマックスを迎えていた。


 残りの背景の移動はカーテンが閉まった後なので、ゆっくりと俺は王子様のキスシーンを見れる――もとい、監視出来る訳だ。


 そういえば、先程のS発言をした、隠れドSの加藤さんの姿が見当たらないな。

 もしかしたら、見るのも耐えられないってか。分かる。その気持ちは分かるぞ。

 仕方ない。後の片付けは任せて君はゆっくり休んでおきなさい。


 さて、一応だが、観客席のサユキの席も確認しておいたので、サンドイッチラリアットの準備をしておこう。

 石田くんよ……。俺のこの準備が無駄に終わる事を祈ろうぜ。お互いな。


「『おお! なんという美しい女性だ!』」


 石田くんの台詞から、何回かのやりとりの後に問題のキスシーンが――。


 しかし、なんだ? 石田くんが少し固まってしまった。石田くんなだけに石になったってか?

 そんな面白くもないダジャレは置いておき、本当にどうしたというのだ?

 裏方組も少しだけザワっとしてしまう。

 もしかして、いきなりの緊張で動けないとか?


 そんな俺達の心配を知る事もない石田くんがようやく白雪姫に顔を近づけて――キスをした。


 ――は? はあ? はああああ!?


 騒つく裏方。湧く観客達。焦る俺。


 おいおいおいおい!! おまっ!! えっ!? まじか!? まじでやってくれたなっ!? おまっ! ええええええ!?


 冷静になれ。落ち着け。こういう時こそ落ち着つんだ俺っ!


 クールダウンして状況を計算し、俺の脳は1つの答えを導き出した。


 覚悟出来てんだろうなあ!? われっ! ごらっ! 石田ああああ!! 行くぞサユキ!! 時は満ちた! 俺達南方家秘伝のサンドイッチラリアットお見舞いしてやる時が来たぞオラ!! 腹括れよぉぉおんどりゃああああああ――!!


 俺が舞台へ殴り込みに行こうとした時、左手が柔らかい何かに包まれた。


「リョータロー。こっち来て」

「――ああああああ?」


 振り返るとそこには白雪姫が俺の手を握っていた。

 そのまま俺は白雪姫に連れられて体育館を走り去ったのであった。




♦︎




 文化祭で盛り上がっている人混みを白雪姫に手を握られ、かき分けて走る。


「お。白雪姫」とか「かわいー」なんて声が聞こえるのを無視して「ちょっと? え? どこへ?」なんて俺の声もフル無視してひたすらに走る白雪姫。


 ようやく立ち止まり、手を離してくれたのは、本当にこの学校では文化祭が行われているのか分からなくなる程に通常運転の旧校舎の自販機前。

 遠くの方で文化祭の楽しそうに盛り上がっている声が聞こえてくる。

 勿論、ここには誰もいない。俺と白雪姫以外は。


「えっと……。なんで舞台にいるはずのアヤノが?」

「私、白雪姫」

「はい?」


 アヤノ――もとい、白雪姫はポケットからリンゴを取り出した。

 そのリンゴは偶然なのか、見覚えのあるキズがあったので俺の作ったリンゴと思われる。


「白雪姫はリンゴを食べた」


 そう言いながら、先程の演技みたいにリンゴをかじる演技を見してくる。


「白雪姫はしんじゃった」


 無表情で俺を見つめて言ってくる。


「いや、何が起こってるの? まじで意味が分からん」

「白雪姫は王子様のキスで目覚める」


 そう言ってアヤノは瞳を閉じて少し顎を上げてくる。


 この状況って――。


「アヤノ?」

「私、白雪姫。リョータローが作ったリンゴを食べてしんじゃった」

「なんで、それを俺が作ったって分かるんだ?」

「リョータローの事ならなんでもお見通し。だからリョータローが責任を取って、王子様になって白雪姫にキスをしなければならない」


 普通に恥ずかしくて俺の顔がリンゴの様に赤くなるのを感じる。

 アヤノも恥ずかしいのだろうか、顔が赤い。それが妙にセクシーである。


 ――仕方ないよな。白雪姫を目覚めさせないといけないんだから。


 俺は意を決して白雪姫の双肩に手を置いた。俺の手が震えているのか、彼女の身体が震えているのか、はたまた両方か……。

 口から心臓が飛びそうな位の緊張。

 そんな中、唇を震わせながらも、彼女の事を思いながら白雪姫の唇へ――。


 キスをした。


 ――キスの味は甘いとか、レモンの味とか、色々聞いた事あるけど、俺のファーストキスの味は緊張しすぎて分からなかった。


 キスの時間も分からない。

 長い事唇を重ねていたのか、それとも一瞬だったのか、時間の感覚がこの時だけ狂ってしまう。


 唇を離すと白雪姫と目が合ってしまい、お互い気恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。

 

「お、王子様のキスで、白雪姫は目覚めて王子様と幸せに暮らしましたとさ」


 そう言って、白雪姫が上の服を脱ぎ出した。

 

 脱いで出てきたのは文化祭の作業用に学校側が用意してくれたTシャツ。


 その格好で俺の胸に飛び込んで来る。


 そしてギュッと抱きついてくる。


 いきなりの事だったが、俺も彼女を優しく包む様に抱き返す。


「白雪姫はもう終わり。今からはまたリョータローの彼女の波北 綾乃だよ」

「アヤノ……」

「ずっとこうしたかった。リョータローと」

「俺もだよ」

「私、頑張ったよ……」

「そうだな。凄く頑張ってた」


 言いながら彼女の頭を撫でてやる。

 彼女は無表情を崩して、幸せそうな顔をしていた。


 そんな顔して俺を上目遣いで見てくる。


「私のファーストキス奪われちゃった」


 そう言った後に嬉しそうな声を出して言ってくる。


「なんだか、リョータローから愛を感じた気がしたよ」

「俺だって初めてで、どうして良いか分からなかったからさ。だから、アヤノの事を思いながらキスしたんだよ」


 そう言うと、彼女は、幸せと嬉しさ、少しの恥じらいが混ざったかの様な表情をしながら俺と見つめ合った後に口を開く。


「責任取ってよね」

「責任?」

「そう。責任。王子様みたいに、ちゃんと責任取ってよね」


 俺は彼女の瞳をジッと見つめて言ってやる。


「誓うよ。俺達の物語も白雪姫と王子様みたいな結末になる事を」


 そう言うと、返事の代わりに彼女は俺を強く抱きしめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、加藤さんが居なくなった理由分かった!そっか。安心。 すいません、未公開のエピソードや伏線もありそうなので続編とても楽しみにしていたのですが壊滅的な情報収集力とぶっ壊れた生活リズムのせい…
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