文化祭準備②
最近、出演組が忙しない。
この時期に学校側がくれる文化祭準備時間だけではどうやら足りないらしく、放課後はほぼ毎日残っての練習で時間に追われている感が否めない。
しかし、不穏な空気は流れておらず、皆楽しんでやっている空気。準備期間も楽しいのが文化祭だもんな。そこは面子が幸いした事だろう。
アヤノも念入りに出演者とコミュニケーションを取り、話し合う姿が見られる。
最初はかなり物珍しいと感じたが、今では自然と彼女の元には誰かしらが段取りの話をしているのが伺える。
対して裏方組は計画通りに事が進んで、道具も殆ど作り終えて特に手伝える事もないらしい。後は衣装が少し残っている程度だとか。
手持ち無沙汰だが、出演組の手伝いでも、なんて思うが、正直手伝える事なんて何もないだろう。
今更、アヤノの指導なんて意味ないしな。見ている限り普通に演技しているみたいだ。京都風のイントネーションとオリジナル台詞を聞かされた日々が夢のようである。
だから、また観客として彼等の練習風景を覗き見る事くらいしか出来ない。
観客役は衣装組を除いて裏方組全員だ。
「南方くん」
観客Cである俺に話しかけて来たのは、小人役のクラスのアイドル水野 七瀬であった。
だっせぇジャージを着ているが、彼女が着るとあら不思議。トップティーンモデルが着ててもおかしくない服に大変身――は、ちと盛りすぎたな。
ま、それくらいに可愛い人物という訳だ。
「んー?」
「あの、明日なんだけど……。バイト変わってくれない?」
パンと手を叩いてお願いしてくる。
彼女とは同じコンビニで働いているバイト仲間だ。
俺は最近シフトを減らしていた為、あまりバイトには行けてない状況だった。来月分は増やそうと思うが。
「劇の練習の為?」
「うん! そうなんだよ……。中々進まなくて……。今日も多分明日も居残りっぽいんだよね」
「ま、良いよ。裏方はやる事ないし。そっちは大変そうだしね」
「ごめんねー。ありがとー。今度一緒にシフト入った時に何か奢るよー」
そう言われて俺は手を出して「いや」と発する。
「そこは物じゃなくて夏休みの事を聞きたいかなー」
「ん? どういう事?」
「分かってるくせにー」
「このこのー」なんてエア肘つんつんをする。本音を言えば胸につんつんしたい――否! アヤノの胸につんつんしたい!
――俺は一体何を考えているんだ……。
エアつんつんしながらイケメンの小人に視線をやると、水野は気が付いたみたいで少し顔を赤らめた。
おっと……。これは何かあったやつだな。
「イ、イッタイナンノコトヤラー。アハハー」
「誤魔化すの下手ぁ」
「や、やだなー。ナンノ話しかモウちんぷんかんぷんぷん丸ちゃん赤いき◯ねと緑のた◯きと黒いブ◯カレーだよー」
水野のが壊れた。心なし頭から湯気が立っているように見える。
しかし分かった事がある。恐らく彼女はカップうどん派だ。このCM口ずさむ奴カップうどん派説……。成り立つかな? 無理か……。
「そ、それじゃあ、練習あるから戻るね! アディオス!」
ギャグ漫画みたいなダッシュで持ち場に去って行った水野。
ありゃこの夏、彼女のおっぱい並にデッカいイベントが起こったな。今度一緒にシフト入ったら根掘り葉掘り聞いてやる。
壊れた水野がイケメン小人と会話している中、俺は何もしていないのに尿意を感じてトイレへと。
自分で言っててなんだが、何もしてなくても尿意はあるよな。整理現象なんだから。
あーあ。暇だわー。文化祭の準備期間もやる事なけりゃただの時間の浪費だよなー。
トイレからの教室の帰り道に窓の外を見ると、お日様が顔を出しており、空は青く無限に広がっていた。
こんな天気の良い日に時間の垂れ流しなんて勿体ないよなー。はぁ……焼肉くいてぇ。
テキトーな思考で教室に戻ろうとすると、我がクラスの主演女優様がこちらに歩いて来ていた。
「アヤノ」
「あ……リョータロー……おひさー……」
顔は無表情だが、少し疲れた様子の彼女の声。
「大丈夫か?」
「う、うん」
「聞いたけど、今日も明日も居残りなんだってな」
「そう。居残り。でも大丈夫」
「無理だけはするなよ。明日はコンビニのバイトになっちまったけど、今日は一緒に帰れる――」
「だめ!」
食い気味で言われる。
「あ……。その……。リョータローと帰るのが嫌とかじゃなくて……。あの……えっと……」
視線を泳がせて何か思い付いた様に言ってくる。
「かなり待たせる事になるから。そう! それはリョータローに悪い」
「別にやる事ないから遅くなっても良いけど?」
「う、うー……」
視線を逸らしてまた何かを考えている。
考えているが何も発してこない。
「えっと……。と、とりあえず今日は先に帰れば良いのかな?」
なんだかこちらが責めているみたいになったので、フォローを入れる感じで尋ねる。
「う、うん……。ごめんね……」
「朝は?」
「ごめん。しばらく朝も大丈夫」
「そ、そうか」
避けられている――なんて感じではないな。気を使ってくれている感じがある。
それでも少し寂しい感情が出てしまう。
しかし、そんな感情を彼女に悟られない様にポンっと肩に手を置いて一言放つ。
「何かあったらすぐ言ってくれよ」
そう言って俺は教室に戻った。
♦︎
学校全体が文化祭ムードになってきている今日この頃。
そして、いつの間にか衣替えの時期が近付いてきている。もうすぐクローゼットで眠っているブレザーの封印が解かれるのも時間の問題だな。
文化祭が終われば2年生には最大の学校イベント【修学旅行】が待っている。
だが、今は文化祭の話題で持ちきりで、誰もその話題はしていなかった。
クラスでも「劇成功させよう」とか「終わったらどこ回るー?」なんて会話が聞こえてくる。
文化祭も近付いているという事で、本日の稽古は道具係の衣装担当者達が用意してくれた本番用の衣装合わせ。そしてそれを着ての稽古が行われている。
アヤノに用意された白雪姫の衣装は正直ちゃっちぃ。そりゃそうだ。作ったのは高校生だ。それでも上手に出来ている方で花丸をあげて良いレベルだと思う。
そんなちゃっちぃ衣装だが、着ているのが容姿完璧な俺の彼女様。その格好で歩いていても良い意味でコソコソされる事だろう。
「波北さんかわいー」
ほら。クラスの女子達にもウケが良いみたいだ。
「髪の毛短くしたから本物の白雪姫みたいだよね」
あー……。短い髪の白雪姫。あれね。某ネズミさん所の白雪姫ね。元々の髪の毛の長さは知らないが、やはりメジャーなのはネズミさんのところだもんな。確かに髪の毛短いな。
「波北さん髪の毛短くしてから雰囲気ちょっと変わったよね」
「分かる。夏休みに失恋でもして変わったとか?」
逆ですよ。逆。失恋なんてしてませんよ。彼女。
全く……。こういう所で間違った噂が流れるんだなきっと。
しかし、モブ女さん達の発言通り、雰囲気は変わったと思う。
それは髪を切って見た目が変化しただけでなく、冷たい空気が少し暖かくなったというか……。
今も、出演者と共に何か話をしている。打ち合わせだろうか。
主演だから自ずと出演者等と話す機会は多くなると思うが、他のポジションである、大道具の加藤さんとも何か話をしているのが伺える。それも楽しそうに。
ふふっ。ちょっと前までじゃ見られなかった光景に頬が緩んでしまう。
彼女が様々な人と話をしているのは目標にしている【友達作り】を達成する為だろうな。
彼女は少しずつ変わってきている。成長したなアヤノ……。嬉しいよ俺は――。
しかし、そんな気持ちと、何処か少し寂しい気持ちが俺の中で芽生えてしまっていた。
もうすぐ、ほぼリハーサルみたいな形で行われる教室内での稽古が始まる。
ちなみにリハーサルは体育館を使って本番さながら、俺達大道具係も背景の位置や小道具の用意。ライトとか色々忙しくなる事だろう。
今は教室内だから俺は観客Cとなりクラスの劇を見守る形となる。
「リョータロー?」
そんな観客Cの所になんと白雪姫が現れた。
「どした?」
「あの……。稽古見るの?」
「見るよ。観客役だからな」
「そ、そう……。あれ……お腹とか痛くない?」
いきなり何の質問だよ。
「痛くない」
「だよね……。じゃあ急用とかない? 例えばサユキちゃんの三者面談とか」
「ねーよ。つか三者面談なら親が行くわ」
「だね……」
「なに? 見て欲しくないの? 今更恥ずかしいとか?」
「いや……。そうだ!」
名案が浮かんだ様な声を出す。
「ほ、本番までの楽しみにするとかどう?」
「何言ってんだよ。今まで散々練習風景見てたってのに」
「きょ、今日はレベルが違うから」
「ほほぅ。なら尚更見たいな」
「逆効果……。ううー」
唸り出した。
なぜ俺に見て欲しくないのだろうか……。
「だったら――」
「波北さーん! やるよー!」
出演者から声をかけられて「う、うん!」と返事してから、彼女はそちらに合流しようと歩み始めて、すぐに振り返る。
「本当に見るの?」
「お前の勇姿。この目で見届けてやる」
「――そう……」
アヤノは微妙な声を出して、出演者の輪に向かって行った。
一体なんなのだろうか?
劇の内容は特に何の問題もない白雪姫であった。
アヤノの台詞は多いが完璧に覚えているし、演技力もそれなりである。
ただ、白雪姫と小人達のファーストコンタクトシーンだが――。
美人姫様と美男美女の2人の小人によって、申し訳ないが他の出演者が霞む。多分他の人の視線も3人に注がれている事だろう。
この劇をやる事で学んだ事は、配役はクジじゃなく、ちゃんと選抜しないといけないね。今更だけど。
しかし、まぁ小学生の頃に見た白雪姫とはやはり段違いで、高校生が演じるとなると全く違う物を見せられている感じだ。良いね。良い演劇よ。
「『おお! なんという美しい女性だ!』」
そして、劇も大詰め。
ラストの白雪姫を王子様がキスで起こすシーン――。
――キスシーン!?
そうだよ! 白雪姫ってキスシーンあったな! うっわ! 頭からどっかいってた! え!? しないよね!? しないよね! するわけないよな!? 俺だってまだなんだぞ! したらどうなるか分かってるだろうな石田ああああ!!
そんな俺の思考を置いて、石田くんがアヤノの顔に彼の顔を近づけていた。
勿論、顔はまぁまぁ離していたがね。
ま、まぁそうだよな。そうなるよな。うんうん。良かった良かった。
これはお芝居。演技。実際にキスなんてしない。
それでも、ちょっとだけ、俺の心に小さな嫉妬心が出てしまっていたのも事実であった。