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文化祭準備①

 波北 綾乃との演劇稽古は困難を極めた。


 直らない京都風のイントネーション。止まらないオリジナル台詞。進歩のない稽古内容。無駄に過ぎる時間。


 ――が。


 そこにイラつきや焦りは全くない。


 好きな人といる時間は、いつ、どんな時でも心躍るもの。

 それが日本舞台の劇じゃないのに京都弁を使おうが、勝手に台詞を改変しようと、彼女と一緒だから嬉しい。彼女と一緒だから楽しい。


 あー……。好きだとは分かっていたけど、ここまでとは……。俺はアヤノにゾッコンなんだな……。

 この前の家での甘い時間が俺の思いを加速させたのだろう。


 そんな彼女と共に稽古をしていく中、気長に待つつもりだったのだが、徐々に彼女の才能が開花されていく事になる。


 ――というのは大袈裟か……。


 しかしながら、変な癖もなくなり、オリジナル台詞を言わなくなったのは何回も何回も台本を読んで数をこなしたからだと思われる。


 繰り返しの練習というのは苦しいものだ。


 スポーツだってそうだ。野球の素振り。サッカーやバスケのドリブル。それらをずーっと行っているとそのうち思いっきりバッティング練習したくなるし、シュート練習したくなるもの。

 しかし、上手い人というのはそれが苦とならなずに、そんな地味な練習すらも楽しめる人達。


 アヤノが上達したのも何百回もの同じ台詞の繰り返し。それを苦しそうにやっておらず、むしろ楽しそうであったからだと思われる。




♦︎




 ――ようやく、学校全体が文化祭に向けてゆっくりと準備をしていく雰囲気となってきた。


 我がクラスも机を全て後ろに下げての軽い劇の通しを行う事になった。出演者はジャージに着替えて教室の前へ集まる。

 道具係は教室の隅で小道具等の準備。

 井山は幸運にも夏希と同じポジションになれたので幸せそうに筋肉をピクつかせていた。

 しかし、夏希にはハマらず、他の女子数名から「すごーい」と声をかけられて満更でもない表情をしている。

 だが、そこは夏希ラブに変わりない。満更でもない顔をしながらもチラチラと夏希の様子を見ている。

 ――しかしながら、夏希に嫉妬の感情はない様子。何事もない様な顔して作業している。

 前途多難だな……。井山……。

 

 手の空いている者――俺達大道具係は本番忙しい代わりに準備期間中は暇なので、観客代わりに演劇練習の見学となる。


 しかし、まぁクジで決まったとはいえ、王子様役が日本史大好き石田くんとはね。日本の童話ではなく、海外の童話の重役とは……。皮肉なものだな。


 王子様――といえば我がクラスには外見も中身もイケメンの枠を優に超える名前もカッコいい風見 蓮(かざみ れん)がいる。王子様といえば彼がピッタリなんだけど……。そんな彼の役割が小人て。

 そんな小人いたら白雪姫そっちになびくよ。王子様放っておいてそっちに恋しちゃうよ。


 小人といえば、違う意味でもう1人浮いているのがいるな。

 クラスのアイドル水野 七瀬(みずの ななせ)。彼女も小人役になっていた。

 クラスのアイドルと呼ばれる程の事はある。顔はかなり可愛い方だ。そして男女関係なく分け隔てなく優しく明るく接する事からアイドルという名が相応しい人物だ。

 そして! 何より胸がデカい。そこ大事よ。


 ――ハッ!?


 俺が水野のおっぱいに気を取られてしまっていると、アヤノが輪◯眼を開眼させて見て来る……。だ、だめだ……。このままじゃころされる……。


 考えろ……。考えるんだ……。


 一か八か……。笑顔で手を振って見る。


 アヤノー。今日も可愛いぞー。なんて思いながら。


 俺の思いが通じたのか、軽く視線を逸らされて誰にも気が付かれない程度に手を振ってくれる。


 ふぃー……。なんとか誤魔化せたな……。あぶねぇ。


 しかし、なんというけしからんおっぱいなんだ。小人なんて優しいもんじゃねぇ。ありゃ魔王レベルのおっぱい。まおっぱいだな。あれに刮目するなというのが無理な話だ。くっ。なんと恐ろしい女よ……。水野 七瀬。

 いや、でも、今のは俺が悪いよな。ごめんアヤノ。小さいのも勿論好きだぜ。

 なんて心の中でフォローをいれておく。


 しかしまぁ、なんなの……。この白雪姫の小人達……。レベル高くない? 絵本の小人っておっさんじゃなかった?


「――はぁ……」


 突如、隣で大きな溜息が聞こえてきたので見てみると、同じ大道具係の、日本史大好き石田くんの事が好きで、彼を超える知識を得てしまった井山の上位互換みたいな女子生徒、加藤さんが溜息を吐きながら石田くんを見ていた。


 俺の視線に気が付いて彼女が俺を見ると「あ、ごめんなさい」と謝りを入れてくる。


「もしかしてお姫様役したかった?」


 そう尋ねると首を傾げてくる。


「どうして?」

「だって石田くんが王子様役してるからさ」


 少しだけからかう様に言うと加藤さんは照れた様に言ってくる。


「う、うん……。石田くんが出るなら……出たかったかな」


 この子素直だなー。まぁ本人も周りにバレてる――というか隠す気がないのだろうな。ほとんど一緒にいるところを見かけるし。


「でも、元々目立つのは好きじゃないから本音を言えば一緒に裏方の仕事したかったかな。それでつい溜息出ちゃって」


 苦笑いで言ってくる。

 あんまり話をした事ないのにホイホイ本音言ってくるな。これが文化祭準備期間中マジックか。凄いね学校イベント。

 

「クジだもんな」

「仕方ないよ。南方くんだって王子様役したかったんじゃない?」


 次は彼女が俺にからかう様な口調で言ってくる。


「ぬ?」


 それはどういう意味だ?


「だって南方くん波北さんと付き合ってるんでしょ?」

「ふぇ?」


 間抜けな声が出てしまった。


「違った? 確かに、学校で一緒のところって見かけないけど、でも2人の雰囲気見てるとそんな感じだと思ったんだよね」


 そういえば母さんに言われたな。もしかしたらクラスの子とかに気が付かれているとか何とか。

 まさか、全然喋った事もない様な人にもバレてるとは。


「違わないよ。付き合ってる」


 別に隠している訳じゃないし、俺だって加藤さんの想い人を勝手に知っているのだからそこは肯定しておこう。


「あ、やっぱりー。私の目に狂いはなかったね」

「もしかして結構噂になってたりするの?」

「ううん。全然。そんな噂はないよ。私がなんとなく感じていただけ」


 全体には知られていないみたいで、たまたま加藤さんの勘が良かっただけみたいだな。


「そういえば……。南方くんの噂って言えば――」


 彼女は思い出したかのように呟く。


「俺の噂?」

「うん。南方くんは海島さんが好きだとか」

「ぶっ」


 つい吹き出してしまった。


「井山が夏希を好きじゃなくて?」

「井山くんは……。まぁ誰が見ても分かるよ。あはは……」


 確かにな……。あれはしょっちゅう夏希にかまちょしてるもんな。


「俺が夏希とよく喋ってるから?」

「多分ね」


 はぁ。いるよな。男女が喋ってるってだけで勘違いして噂流すやつ。


「あとは水野さんの事が好きとか」

「ぶぶっ!」


 更に吹いた。


「なんで? 確かに水野とは喋ってるけど、あれは他の男子ともよく喋ってるだろ? なんで俺だけ……」

「さぁ……。そこまでは。ほら、みんな噂って好きだし。特に恋愛の」


 これだから恋バナ女子共は……。


「でも噂って所詮は噂なんだよね。真実は全然違う」


 加藤さんは口に指を持っていきウィンクしながら言ってくる。


「大丈夫。私、口は堅いから誰にも言わないよ。2人が付き合っているの」


 それは口の軽い奴の名言だと思われるのだが……。

 まぁアヤノと付き合っていると噂を流してくれるのなら、それは真実なので別に構わないけど。

 しかし、そうか。そんな噂がたってるのか……。

 なんと、まぁ厄介なこって。


 ちなみに、劇の練習は初全体練習という事もあり、グダグタであった。


 おいおい……。大丈夫か……?

 



♦︎




 日にちが経つにつれて、文化祭の劇も少しずつ形になってきている様子だ。


 放課後の練習もちょっとずつ熱くなっていき、道具係もピッチを上げて背景や衣装を作り上げていく。

 俺達大道具係は観客役だけじゃつまらないので、他の係の雑務等をフレキシブルに動いてクラスに貢献していた。


「ちょっと休憩しよー!」


 出演組の誰かの声が聞こえてきて劇の稽古が中断する。


 俺は道具係の小道具の手伝いをしていた手を止めて、労いの言葉でもアヤノにかけようとし、彼女の所へ向かおうとしたが「波北さーん。ここなんだけど」なんて劇の事の話題を振りかける出演者の人がアヤノに近付いたので、俺は作業を再開させる。


 あっちは演技の話。対してこっちはただの声かけ。

 いくら俺達が付き合っているといっても、向こうは主演女優様だ。劇の話を優先するのが当然だろう。

 それにアヤノがクラスメイトと話をしているなんて、中々目にしない光景。それを邪魔するなんてとんでもない。


「ほらほら、涼太郎くんやい。手がお留守ですぜぃ」


 道具係の夏希が俺を急かす様に言ってくる。


「さーせん」


 言いながら俺は劇で使用するリンゴを作成する。

 ただ単に作るだけじゃつまんないから、適当に傷でも入れてリョータローリンゴを精製してやる。

 ふっ……。我ながらくだらない事をしたもんだ。


「井山くーん。これ破いてー」


 ふと聞こえてきた黄色い声の方を見てみると、女子生徒が井山に雑誌を渡していた。


「良いよっ! 見ててねっ!」


 その台詞をチラリとこちら――正確には夏希の方を見て言う。

 そして夏希も軽く井山に視線を送っている。


「――ぬっ! んっ! ぬんっ!」


 うっげ……。あの雑誌を真っ二つ。なんちゅう握力だ。完全にキャラ変してんじゃねぇか。


「凄い凄ーい!」


 目の前で女子生徒がキャピキャピしているのを「いやー。あははー」と嬉しそうに照れ笑いを浮かべている。

 なに? あの2人良い感じじゃない?


「最近なんかあの2人一緒なの見るな……」


 ふと声に出してしまうと夏希が「そだねー」と軽く返してくれる。


「良いの?」

「なにがさー?」

「いや、何か夏希がちょっと寂しそうだったから」


 そう言うと「うそっ」なんて自分の顔を触る。


「ほんと」

「ま、確かにあんなに寄って来てたのに、最近は絡んで来ないなーって考えると少し寂しい気持ちはあるよね」

「それって――」


 俺が言う前に夏希が笑って見せる。


「違う違う。前も言ったと思うけど、私には気になる人がいるんだよ」

「それが井山じゃなく?」

「だから違うってー」


 井山……。あれほどアタックしてるのに……。筋肉ではどうにもならない事もあるよな。


「ん? そういえば、好きじゃなくて? 気になる人?」

「そうさー。気になる人」

「それって好きとどう違うの?」

「それはね……。乙女のひ・み・つ」


 なんだろ。すっげーイラってきた。なんだ? 夏希だからか? 夏希だからイラってしたのかな。あー眼鏡カチ割りたい。

 

 そんな俺の表情を察した夏希が苦笑いで言ってくる。


「でも、あたしもそろそろ恋愛しないとねー。涼太郎くんに迷惑かけちゃうし。いや、涼太郎くんだけじゃないかー」


 意味深な事を言ってくる。


「なんで?」

「変な噂たてられてるんだよね。あたしと涼太郎の旦那が――って。ふふっ。あり得ないのにね」


 夏希の耳にも届いていたか。

 しかし、あり得ないとハッキリ言われるとそれはそれで少し傷つく。複雑な男心だ。


「皆噂とか好きだよな。特に恋愛関係の」

「作り話が好きなのは皆そうでしょ。だからドラマに漫画が売れるのさー」

「た、確かに」

「ま、噂なんてどうでも良いさー。涼太郎くんは大事な趣味仲間だから」


 そう言ってニコッと笑ってくれる。


「そうだな……。ホントに数少ない趣味仲間だ」


 俺はしみじみと頷く。

 腹を割って話せる相手――友達とか親友とか、そういう相手じゃない。

 だけど、趣味を話せる人がいるだけでも、俺にとったらありがたい。


「おお。仲間認定あざす! するってぇっと。ボチボチとワイゼットエフの旦那をイジイジさせ――」

「させねーよ!」


 食い気味で夏希に言ってやる。


「そんなぁ。仲間じゃありゃしやせんかー」

「それとこれとは別だわ」


 やはり彼女とは気が合う。

 

 勿論、そこに恋愛感情はない。今までも、そしてこれからも。

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