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腹を括れ

 このままじゃまずい。


 それというのは勿論アヤノとの関係の事だ。


 この前の大都会ど真ん中でのビンタ。

 あの時はいきなりの展開に訳が分からなかったが、あの後、状況を自分なりに整理してみた。


 アヤノはたまたま都会に来ていて、たまたま水野がぶつかりそうになって引き寄せた時の状況を見ていた。


 ここで主観的にじゃなく、客観的に――アヤノ視線で考えてみる。


 俺はアヤノのお誘いを断った。そして、断られて特にやる事もないから買い物にでもやって来た。そしたら、たまたま彼氏が他の女と抱き合っている所を見かけた――。


 アヤノ視線からすると――浮気現場目撃――。


 あかんやつ……。これは本当にあかんやつ。


 いくら誤解があったからと言っても悪いのは俺だ。

 だから早く誤解を解いて謝りたいのだけど――。


 あれ以来、電話もメッセージも、学校でもフル無視されている。

 これは精神的にもかなりキツイし、もしかしたら最悪の結果になるかもしれない。


 ここ最近、授業は全く集中出来ていない。考えるのはずっとアヤノに謝る方法。しかし、何の打開策も浮かばず――。




 キーンコーンカーンコーン。




 授業終わりを告げる鳴り響くチャイムが聞こえる度に「アヤノ」と振り返るが既に後ろの席には誰もおらず。


 このチャイムは授業だけじゃなく、俺達の関係も終わりを告げているのだろうか……。


 もうすぐクリスマス――。

 最高のクリスマスプレゼントを渡して愛を深めたかったのに、買いに行ったのが原因ですれ違いなんて、どんな皮肉なんだ……。


 頭を抱えて悩んでいると「南方くん……」と弱い声が聞こえてきた。


「水野……」


 俺の席の前には申し訳なさそうに立つ水野の姿があった。


「ごめんね……。その……」


 そして申し訳なさそうな声を出す。


「いやいや。水野は何にも悪くないよ」

「でも――」

「転けそうになってる人を助けるのは当然だろ。あそこで見捨てる方が俺は後悔してたよ」


 ――なんて見え見えの嘘を吐いてみる。

 いや、嘘ではない。普通ぶつかりそうになったら助けるだろ。

 でも――。


 そんな思考だから多分俺はかなり複雑な顔をしていたのだろう。

 水野は少し涙目になっていた。


「それでも……。このままじゃ……」

「このままじゃ本当にヤバいよな……」


 俺は椅子に腰深く座る。


「連絡も?」

「ダメだな。直接話そうも――ま、見た通り」

「――だよね……」


 水野は俺の後ろの席を見て呟き、少し考えて発言する。


「――私、波北さんに直接話する!」


 そう言って水野が何処かに行こうとするので「待って」と停止をかける。


「私のせいだから……。私が謝らないと……」

「だから水野は何も悪くないから気にするなよ」

「でも! こんな形で2人がもし別れたりしたら――。私……」


 ズキっと心が痛んだ。


 別れる。


 何て心をえぐる嫌な言葉だ。その言葉だけで、もしもアヤノと別れたら――なんて嫌な妄想をしてしまう。

 いや、このままだと妄想が現実になっちまう。


 そんなの嫌だ。


 何でクリスマスプレゼントを買いに行っただけなのに大好きなアヤノと別れなきゃならないんだよ。

 水野だってそうだ。たまたま俺に付き合ってくれただけで、何も悪くない。むしろ感謝しないといけないくらいだ。


 そうだ。誰も悪くない買い物なのに――どうして――。


 買い物――。水野と買い物――か……。




「――分かった……」

「え?」


 いきなりの俺の発言に疑問の念を飛ばす水野。


「腹括るしかないな」

「腹を括る?」


 水野の問いには答えずに俺は自信満々に彼女が求めていないであろう言葉を放つ。


「もうこれしかない!」


 そう言って席を立ち、鞄を持って教室を出て行った。


「え!? 南方くん!?」


 水野の言葉を無視して俺はダッシュで学校を後にした。




♦︎




 午後の授業を勝手に自主休講にし、陽が暮れた辺りで俺は家に帰って来た。


 自室の机に手に持っていた紙袋を置き、椅子に座り一息吐く。


 ――ずっと考えていた。


 アヤノは電話はダメ。メッセージもダメ。直接話をしたくても、気が付けばアヤノはいつもいない。


 そうなると強引に行くしかないが、何処にいるのか分からない。

 ま、十中八九あそこだろうが――強引に行っても話を聞いてくれない可能性もあれば、逃げられる可能性もある。

 それだけならまだマシだ。

 最悪誤解が生じたままに別れるといった最悪のケースもあるので、正直ビビって実行に移せなかった。


 だが、強引かつ俺が腹を括る事で1つの打開策が生まれる。


 これなら――あるいは――しかし――。


 まだ少しの迷いのある中で部屋がノックされる。


「あいよー」

「兄さん……」


 部屋に入ってきたのは心配そうな顔をしているサユキだ。


「どうした?」


 そう言うと俺のベッドに座り「どうしたじゃないよ」と少し呆れた声を出す。


「喧嘩? マジの喧嘩?」


 そんな言葉たらずの台詞だが、それが何を示しているのかは容易に分かり返事する。


「喧嘩じゃないよ」

「何があったの?」


 いつもなら「土下座しなよ」と冗談交じりで言ってくる妹が初めから聞き手に回るという事が、事の重大さを証明する。


「なんていうか……」

「なんていうか?」

「偶然が重なり合った誤解の末に起きたすれ違い」

「――なにそれ……」


 呆れた声を出した後にサユキは続けて言ってくる。


「アヤノさん。だいぶくらってるみたいだよ? ホント……何したの?」


 そう言われて俺はダメージを受けた。


「アヤノ……。何か言ってたか?」


 そう聞くとまた呆れた声を出される。


「それが分からないから兄さんの様子見に来たんだよ」

「そうか」


 どうやら仲の良いサユキにも訳を話していないみたいだ。

 いや、話をする、愚痴を言う相手がいないからこそくらっているというべきか……。

 アヤノは1人で傷ついているんだなと思うと更にダメージが蓄積した。


「もしかして浮気?」

「そんな事するわけないだろ。俺はアヤノが大好きなんだから」


 ナチュラルに言うとサユキが少し照れながら言ってくる。


「いや……。そんな真っ直ぐに好きとか言われるとこっちが照れるというか……」

「俺は妹に何を言っているんだ……」


 顔を手で覆い首を横に振る。


「そんな大好きなアヤノさんを何で傷つけたのよ?」


 サユキは中学生とは思えない程に大人びた雰囲気の声を出してくる。

 そんな雰囲気に呑まれて、妹という事を忘れ俺はこの前の出来事を話した――。




「――あちゃー。それはもはやあちゃーだよ。何で他の女の子と買い物してるのよ」

「流れで……」


 話終えた俺はベッドの前で正座し、脚を組んだサユキに説教される羽目になった。


「まぁ? それは最悪良いわよ。女友達の1人や2人いるもんだろうし。その人に意見聞くってのは大事だよ」

「だろ?」

「でも!」

「はい!」


 妹の喝にビクっとなり、歯切り良い返事をしてしまう。


「何で抱き合うかな?」

「それは不可抗力で――」

「それでも、すぐに離せば良い話でしょ?」

「す、すぐに離したぞ?」

「――ホント?」

「うっ……」


 妹の睨み付ける様な目に臆してしまい「ちょっと遅れたかも……」と小さく言う。


「えー? 何て?」


 手を耳に持っていき圧をかけてくる妹様。


「いや……その……」

「ゴニョゴニョしない!」

「ちょっと離すのが遅れたかもであります!」

「遅れてんじゃん!」

「すみません!」


 謝ると「――はぁ」と深いため息を吐かれる。


「謝るならアヤノさんに謝りなよ……」

「それが出来たら苦労しねーんだよ……」

「確かに……」


 そう言いながらサユキはベッドから立ち上がる。


「ともかく、強引でも何でもアヤノさんと話さないとはじまらないよ?」

「やっぱりお前もそう思う?」

「その為のそれじゃないの?」


 そう言って先程買ってきた紙袋を指差して言ってくる。


「何渡すか分かんないけどさ。それを強引に渡すってのは、良くはないんだろうけど、この際仕方ないよね」

「そこら辺は流石俺達兄妹。意見が合うな」

「――私は好きでもない人と抱き合わないけどね」

「うっ!」


 最後に嫌味を言われて部屋を出て行こうとするサユキが最後に言い残してくる。


「早く仲直りしなよ。兄と義姉が仲良くしないと私の居心地が悪くなるんだから」

「――分かったよ」

「良い報告を待ってるよ」

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