クリスマスプレゼントを探して
都会の町はクリスマス色に染まってきている。
もうすぐクリスマスだからといって無駄に多いイルミネーション。
サンタとか、トナカイとか、大きな雪とか。今はまだ昼間だから、日が暮れたらそれらが色取り取りの光が闇を照らすのだろうな。
一目でクリスマスだな、と連想させる町の景観は、去年までの俺なら舌打ちをしながら歩いていたが、今の俺は踊る様に町を駆け抜ける。いや、もうほぼ踊ってるのと変わりないな。だってスキップしてるし。
今年は初カノと過ごす初クリはメリクリ。ふふふ。何ともあいつらと同じ思考になってしまう。
あ、いっけね。俺もそっち側だったわ。てへ。
そんなうざい思考の中を歩いていると「南……方くん?」と聞き覚えのある声が聞こえてきて、振り返ると――。
「水……野……?」
そこには「あ……しまった。声をかけてしまった」と言わんばかりの顔で口元をおさえるクラスメイトの姿があった。
♦︎
「――いや、その……」
流れで大手チェーンカフェの星場に水野と共に入る。
「――あ、あはは……。あはは……」
水野はホットコーヒーをずっと苦笑いで飲んでいる。
それはコーヒーが苦いのではなく、クラスメイトがにやけながら大都会をスキップしていたからだろう。
それならば無視してくれれば良かったのにと思う反面、俺も知り合いが大都会をスキップしていたら声をかけるかもしれないな。なんて思う。
「きょ、今日はどうしたんだ? 1人で」
何とか会話をし、この気まずい空気をブレイクしていきたいのだが――。
「え? えーっと……。あはは……」
この質問は俺からじゃダメだよな。だってお前こそ1人でどうしたんだ? って話だし。
「み、南方くんは? どうしたの? その……。楽しそうだったし」
天使! この人超天使! 大天使様!
まさかの水野からの質問。いや、大天使様が手を差し伸べてくれるので、俺はまるで懺悔する罪人の様に手を組んで彼女に説明する。
「クリスマスプレゼントを買いに来ました」
「あ、波北さんに?」
「そうでございます」
「そっか、そっか」
水野は頷きながら呟いた後に微笑んでくる。
「ふふ。波北さんの事大好きなんだね」
「なっ!」
そう言われてドキっと心臓が跳ねる。
「あ、そりゃそうか。修学旅行であんだけの事するもんね」
水野は口元を緩ませて言った後に続けて言ってくる。
「それに、スキップする程プレゼント買いに行くの楽しみにしてたんでしょ? ん? プレゼントというよりクリスマスが楽しみなのかな?」
悪戯っぽい表情で聞いてくる。
「た、楽しみにしてます」
ここは素直に言っておこう。【大都会でスキップ野朗】と変なあだ名が付くより、おちょくられた方がましだし。
「えー。良いなぁ。素敵だね」
「ど、ども」
「プレゼントとか決まったの?」
「い、いえ。店を回って決めようかと思います」
「――さっきから何で敬語なの?」
「あ……。つい……」
俺は咳払いをして改める。
「特に決めてないけど、何か良いのないかなー? って感じで。スマホ見ててもよく分からんし」
俺がスマホと言うと、何の因果かスマホが震える。
ポケットから取り出すとメッセージが来た様だ。アヤノから。
『今日何か予定ある?』とのメッセージが入っていた。
それに対して『ごめん。今日はちょっと用があって』と胸が痛いが断りを入れる。
「クリスマスプレゼントかぁ……。波北さんは何が良いんだろうね?」
水野がコーヒーを飲みながら言う。
「直接聞くのはナンセンスだよな?」
俺の質問に「そりゃそうだよ!」と少しだけ熱い声を出す。
「サプライズで自分の欲しい物、ないしは自分にピッタリな物、自分のセンスと合う物を買ってくれたら『あ、もー! 好き!』ってなるよ!」
手を組んで瞳をキラキラさせながら言う大天使様。その姿は大天使様というより夢見る少女である。
「でも、それって実際難しくない?」
「それをクリアするのが彼氏の役目じゃない?」
「そうなの?」
結構無理ゲーじゃない? 世の彼氏はこんな事も軽々クリアしてるの?
「そうだよ。そんな事も出来なくて彼氏面なんて頭が高いよ」
「そ、そうか……」
頬を掻いて顔を伏せて考え込む。
アヤノの欲しい物――。
バッグ? 時計? アクセサリー?
――どれもパッとしない。そもそもアヤノはあんまりファッションに敏感ではないからな。着ている服は高そうだけど。
あいつが好きなのは――。
ポテチ(うすしお)とウサギのヌタロー――。
なんだろ? この小学生感……。
「――うーん……」
唸りながら考えていると水野が上から目線で言ってくる。
「悩んでるね。少年」
楽しそうに言ってくるので、少しばかりの反抗として言ってやる。
「――参考に水野は蓮から何を貰ったら嬉しい?」
「――へ?」
俺の質問に彼女は頬を染めた。
「いや、な、なんで蓮きゅん?」
噛んだ……。
「付き合ってないの?」
「付き合ってないよ!」
「なんだ……」
こいつらいつ付き合うんだよ……。引き延ばしが凄いな。
「そ、そうだ! なんなら私、一緒にプレゼント探ししてあげようか?」
「一緒にぃ? でも、水野だって予定あったんじゃないの?」
1人で都会来るわけだし。
「そのかわり、私の買い物にも付き合って欲しいな」
「ぬ?」
「その……。私も男の子の欲しい物が分からなくて……」
「蓮に?」
そう言うとコーヒーを一気に飲んで立ち上がる。
「ほらほら。善は急げだよ」
図星だったみたいだな。
♦︎
「これは?」
「うーん……。ちょっと違うかな?」
都会のファッションビルに水野と入り色々とアヤノに見合ったプレゼントを探すがイマイチピンと来るものがない。
「――じゃあこれは?」
水野が色々と提示してくれるが、首を捻って全てつけ返す。
「――はぁ……。難しいね……」
流石の水野も全て蹴られてため息を漏らしていた。
「ごめん」
「ううん。簡単に決まるのもそれはそれでだし。それに、それだけ南方くんが真剣って事だし」
ああ、やはり大天使様だな水野。
『お嬢様。こちらは?』
『ダメよ。それじゃああの方は落ちないわ』
『では、こちらは?』
『全然ダメ。その程度の物、あの方はお持ちになってよ』
『では――』
『――ダメー』
あちらのカップルも中々決まらないみたいだな。それにしても超絶カップルだな。
女性の方はかなりの美少女で、アヤノとは少し違うお嬢様な雰囲気を醸し出している。
対して男性の方は蓮のような爽やか系のイケメンである。
お似合いのカップルに見えるが――。
いや、雰囲気的にはカップルっぽくないな。なんだかちょっと前の俺とアヤノみたいな関係か……。
まぁ、一緒にいる=カップルだったら世の中のほぼ全員カップルになっちまうもんな。
『――ん?』
あ、やべ……。つい視線を向けていたからイケメンの方が俺に気が付いた。
そして、こちらに近づいてくる。
うわー……。あれかな? 「何見とんじゃワレ!!」かな……。あーそれはダルい。
そんな事を考えているとイケメンが「あの?」と優しい声を出す。
「は、はい?」
「あ、失礼致しました。つい、貴方様から私と同じ雰囲気を感じてしまいまして」
「同じ……雰囲気?」
そんな訳ないだろ。俺はアンタみたいに万人受けするイケメンじゃないらしいからな。
「はい」
しかしイケメンは確信を持った表情で頷いてくる。
「貴方様も私と同じ執事の様なお仕事をしている――もしくはなさった方では?」
「執事……?」
そう言われて、確かにアヤノのお世話のバイトは限りなくそれに近い気がした。
「あー……。確かに――」
「やはり!」
イケメンが手を握ってくる。男に手を握られたのにドキっとするのは、この人が超絶イケメンだからだろう。
そして手をブンブンと振りながら言ってくる。
「分かります……。分かりますよ! その雰囲気は私と同じ」
「同じ……ですか?」
「ええ! まさしく! ご主人様が○○なのってのは使いの者としてどうかと思いませんか!」
「――ぶっ!」
思いっきりピー音が必要な単語を出して来たので吹き出してしまった。
「それに○○や○○なのに○○ですもんね」
もはやピーピーピーと会話にならない。
「あ、あははー」
苦笑いしか出来ないが、言っているのは理解できる辺り、この人のストレスがうかがえる。
「それにしたって1人の男の――」
『完士くん。行きますよ』
美しい女性――恐らく彼のご主人に呼ばれて「はい!」と歯切り良く返事して俺の手を離す。
「いきなり申し訳ありませんでした」
「いえいえ」
「では……。またもし出会えたのならもう少し執事トークでも致しましょう!」
そう言って爽やかに去って行った。
「――知り合い?」
「いや、全然――でも……」
俺は彼の背中を見て一言漏れてしまう。
「他人とは思えないな……」
「知り合いでもないのに?」
「ま、何となく。ささ! プレゼント探し続行だ」
「おー!」
♦︎
「――結局見つからなかったね」
冬の日の入りは早い。もう空に太陽は見えず辺りは暗くなっていた。
ここぞとばかりに都会のイルミネーション達が光を放ち、夜の町を染め上げている。
ファッションビルや有名ブランドが続くストリート等を除いてはピンと来るものが1つしか見つからなかった。
「ごめんな」
「ううん。それは良いんだけど……。やっぱりあの指輪にしたら?」
「指輪な……」
唯一ピンと来た物――それは指輪であった。
しかし、俺の中で、重い考えかもしれないが、指輪をプレゼントするのはプロポーズの時と決めているので、クリスマスプレゼントで指輪をプレゼントするのっていうのは選択にない。
「あれ凄い良かったよ。それに南方くんも買いそうになってたし」
「ただ値段がな」
「あー。まぁ高校生が簡単に買える額じゃなかったね」
この考えを水野に言うのは、重いし、恥ずかしいし、何よりもわざわざ言う必要がないので、付き合ってもらって申し訳がないが、ここは値段が高いから――という理由で買わなかったとしておこう。
実際、本当に高く、高校生が簡単に手を出せる額じゃない。あれを買うとなると、俺のバイトで貯めた、バイクのパーツを買う預金が、羽の生えた金と化し空へ飛び去ってしまうだろう。
「――って、ごめん。俺の買い物だけして、水野の買い物――」
そう言うと水野は「ううん」と言いながら首を横に振る。
「気にしないで。また今度来るよ。それより南方くんがどれほど波北さんの事が好きなのか分かったから、今はそれで良いよ」
そう言われて俺は少し照れてしまい頭をかく。
「――冬の風物詩だね」
水野がいきなりイルミネーションを見ながら言ってくる。
「――だな」
「もっと大きなイルミネーション波北さんと見たら?」
「ああ。まぁ色々あるわな。そうだな……。来年は忙しくなるだろうし。今年――今年度中に行きたいな」
「ふふ。羨ましい」
「水野も早く蓮と付き合えば良いのに」
「――なっ!」
そう言うと足元をふらつかせてしまい、通行人とぶつかりそうになったので、俺は反射的に彼女を引き寄せてしまう。
彼女の顔が俺の胸にうずくまる。
「大丈夫か?」
「あ、うん……。ごめん……。ありがとう」
見上げてくる水野。水野はアヤノより身長が高いので、キスしやすい位置にいる。
可愛い顔は赤みかかってセクシーである。
流石はクラスのアイドルと言われるだけの事はありかなり顔は整っている――。
――水野には本当に失礼だけど、俺はやっぱりアヤノの方が可愛いと思ってしまうね。
そんな事を思っていると思いっきり横から腕を引っ張られた。
横からの力なんかに構えていない俺は水野を瞬時に離して、その力に従わざるを得ない状況になる。
横に「おっとっと」とトントントンと跳ねて両足がついて、一体何事かと思ったら――。
パンッ!
銃声の様な乾いた音が大都会に響き渡ったかと思ったら、俺の左頬に非常に大きい痛覚が走ると同時に首が思いっきり右に曲がる。
「――え?」
「さいってい」
まだ良く分からない現状の中、アヤノの声が聞こえた気がして前を見ると、そこには俺の好きな人が涙目で立っていた。
「アヤノ?」
「――だいっ嫌い!」
アヤノはそう叫んで大都会を後にしたのであった。




