謎は解けた
『謎は全て解けた』
5限の終わりかけに、いきなりサユキック・ホームズからメッセージが届いた。
『何?』
『ふっ。依頼主の個人情報を売るわけにはいかないよ。リョタソンくん』
語呂の悪い、センスのカケラも感じないあだ名は、文字にすると余計にセンスバツである。
それと、このノリでいくなら依頼主は俺のはずなんだが……。
『今日調査に行くとか言ってなかった?』
『ハハハ。人に頼らず自らの足で調査するのも助手の務めだよ。リョタソンくん』
そのメッセージと共に帽子を深く被った、俺の通っていた中学の女子の制服姿のサユキック・ホームズの写真が送られてくる。
こいつ授業中に何してんだよ……。
『では、私はこれからケーキバイキングに行くので忙しいから失礼するよ。アデュー』
そうか……。中学は5限までの日があるのか、それでそれが今日で、もう授業は終わったのか。
俺の高校は月から金まで6限なので、何だか違和感があった。2年前まではそうだったのにだ。
しかし、なんだ。昨日はあれだけ乗り気だったのに、もう飽きたのか……。
つか、受験生なんだからケーキバイキングに行っている場合じゃないだろ。ったく……。
だが、メッセージを終えてこのリョタソンはサユキック・ホームズがこの事件を飽きた理由が分かった。
あの野郎。直接アヤノに聞きやがったな。
♦︎
しかし、俺には何も教えてくれず、サユキには教えるその心は?
俺には都合が悪く、サユキには良い?
――浮気? いや、彼氏の妹に「あっし、浮気してんだよね」とか、普通じゃねーだろ。どんなゲス自慢だよ。
じゃあ……なんだ? あーわっかんね……。
そんな事を考えていると帰りのHRが終わった。
「あ、アヤノ――」
「リョタソン。ごめん。今日も――じゃあ」
「あ! ちょ! リョタソンて!」
あの野郎。ガッツリとサユキとメッセージやり取りしてやがったな。
「――ん?」
アヤノが去った机の上に1枚の紙がヒラヒラと舞って、彼女の机の上に落ちた。
いくら彼氏でもその紙の内容を見るなんて失礼だとは思っても、それが視界に入ってしまう。
その紙には数字が書いてあり、矢印でアヤノの字で『12月――日にいる。大事』と書いてあった。
「今日やん……」
訳の分からない数字だが、今日いるのなら、このメモ紙は必要なのでは?
そう思い紙を取り廊下に出る。
「アヤ――」
しかし、既にアヤノの姿は無かった。
スマホから連絡をするが、繋がらない。
「今日いるなら届けてやりたいけど……」
あいつは何処に行ったんだろうか。
ともかく後を追うか。
♦︎
駅のホームまでやってくるとアヤノを発見した。
いつものホームを家とは反対側の電車に乗ろうとしている。
「アヤノー!」
恥を覚悟で声を出す。案の定周りにいた人達が数人こちらをむいたが向いて欲しい人は振り向いてくれない。
ただ単に恥をかいただけの俺は彼女を追うが、アヤノの乗った電車のドアが閉まってしまい、行ってしまった。
「あー。間に合わなかったか……」
これ大事なんだろ……。なんなのか全く分からんが……。
スマホも通じないし、もう明日にでも渡せば良いかな? 追いかけたいのは山々だけど、何処に行ったのか見当もつかない。
諦めつつも何となしにメモの裏側を見ると、そこには幾つか住所が書いてあり、その1つに丸がしてある。
「何で都会の住所――」
そういや、この電車もその方向に行くな。
もしかしたらここに行けばアヤノに会える?
違っていたら、まぁ久しぶりに都会で買い物でもして帰れば良いか位のノリで俺はこの住所に向かう事にした。
♦︎
「ここは――?」
メモに書かれた住所までやってくると、そこは雑居ビルの前。
人通りはそれなりにある。
しかし、こういう場所には余り縁が無いので少し不安になる。
「ふぅ……。ふぅ……」
「ふへへ」
違う意味の紳士達がビルの中に入って行くのが伺える。
もしやここはいかがわしいビルなのでは!? そんな所に何の用なんだ! アヤノ!
『お兄さーん。私と良い事しなーい? 私、まだまだ成長途中だけど、楽しませてあげる事は出来るよー?』
『どう楽しませてくれるんだ?』
『ここをこう』
『ぬ!? ここを……こうだと!?』
『ふふふ。それから……そこをそう』
『ぬぬ!? そこをそうくるか!』
『あ・と・は……。あそこをピーン』
『あそこピーン!』
「ぬおおおおおお!」
ピンクな妄想をして絶叫してしまう。
違うベクトルの紳士達が迷惑そうな顔でこちらを見てくるが知ったこっちゃない。
ダメだ! ダメだアヤノ! そんな……。そんなピンクなアヤノも好きだけど、それは俺だけにしろおおおおおお!
俺は心で絶叫しながらメモの住所にも書いてある3階へと上がって行く。
そして勢いよくドアを開けた――。
「――おかえりなさいませ。ご主人様」
「――ただいま?」
不安で埋め尽くされた心でドアを開けるとメイド姿のアヤノが無表情で出迎えてくれる。
咄嗟に挨拶を返すと俺を見て目を見開く。
「リョータロー!? な、なんでここに――」
「いや、それは――」
『違うでしょアノノン』
俺達のやり取り中に横から入ってくる綺麗なメイドのお姉さん。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
アヤノと違いキャピキャピな声で俺を出迎えてくれる。
「ご主人様? 今日はお1人でのお帰り――でしたよね?」
俺の周りを見てそう言ってくる。
「あ、は、はい」
「もう。ご主人様。ここはご主人様の家なのに口調。外用になってますよ? うふふ。ここでは気楽に過ごして欲しいです」
「は、はぁ……」
「じゃあ今日は新人メイドのアノノンがご主人様のお世話をしますので、遠慮なくお申し付け下さい。さ、アノノン」
そう言われてアノノンは「はい」と無機質な返事をして「ご主人様こっちです」と席まで誘導してくれる。
今更ながら、どうやらここはメイド喫茶らしい。
俺の想像とはちょっぴり違っていた。
周りを見ると可愛いメイド服に身を包んだキャピキャピのメイドさん達が様々なご主人様の対応をしている。
でも、その中でもダントツでアヤノのメイド服姿は似合っていた。
可愛すぎるだろ。
案内された席に座り無表情でメニュー表を渡されるとアノノンが言ってくる。
「今日のおすすめはオムライスです……。この野郎……」
「この野郎? 今、小さくこの野郎って言った?」
「いいからとっとと注文しろ。です。この野郎」
「向いてなくない? メイドしゃん。向いてなくない?」
「早く。注文」
あ、怒ってるわ。結構怒ってるわこれは。
素直にメニューの中にあるおすすめのオムライスを見る。
「――ぶっ」
俺はメニュー表を見て吹き出した。
失礼ながらめちゃくちゃ高い。オムライス2500円て。嘘やん……。
「オムライスですね。かしこまりました」
「いや、ちょ!」
「オムライス入りまーす」
『はーい。喜んで!』
そこは居酒屋風なんだ。
「まっ! え!? 通ったの? オーダー今の通ったの?」
「出来上がるまで少々お待ち下さいませ。この野郎」
「俺のターンは? 会話のキャッチボールは? 今のドッチボールだったよ?」
アヤノは俺の言葉を無視してスタスタと厨房の方へ行った。
「おーい。マジでオムライス入ったのー?」
――数分後。マジで2500円のオムライスがやってくる。
しかもグッチャグチャのオムライス。
「申し訳ございません。私、まだ慣れていなくて。でもご主人様の為を思って作りました」
全然思いがこもってない無機質な声で言われる。
これはあれだな。怒ってるな。めちゃくちゃ。
しかし……これに2500円か。エグいな。
「アノノンが作ったの?」
源氏名で呼ぶとピクッと眉が動いたが、すぐに無表情に戻る。
「オプションで文字が書けます。書きますか?」
シカトされた。
「いや、いいです」
「プラス1000円ですが」
「あれ? 聞いてる?」
「では僭越ながら」
「誰かー! このメイドさん、聞くと言う能力を誰かに奪われてまーす!」
俺の声は誰にも届かず、ケチャップに文字が書かれる。
『なにしにきた?』と。
赤い字で書かれていて怖いのとアノノンが無表情なのが合わさって最恐に怖かった。
しかし、冷静にアノノンの立場から考えると、隠しておきたい事がバレて恥ずかしいのと――。多分、ここまで後をつけて来たんだと勘違いしての怒りがあるのだと思う。
「アノノン」
「あん?」
もう一度源氏名で呼ぶと怒りの口調が出る。こえーよ。
「これ、落としてたぞ」
言いながら俺はアノノンに落とした紙を渡す。
「これ……。え……」
「内容見えちゃったから……。大事って書いてあったし……。住所も書いてたからここかな? って」
「そ、そうなんだ……」
何とも言えない表情をした後にアノノンはもう一度ケチャップを使って文字を書く。
『ありがとう』と。
いや……。お前……。オムライスにどんだけケチャップ塗るんだよ……。
♦︎
アノノンはジョブチェンジしてアヤノに戻った。
俺はさっきのザ・メイドさんに他の客がいなくなったのを見計らって関係性を聞かれ、事情を説明すると、暇だからアヤノの仕事が終わるまで待ってて良いと言われたので彼女の帰りを待ち、今、仕事を終えたアヤノと共に駅のホームで電車を待っている。
ちなみにあのメモ帳に書かれた数値は今日いるものとは何の関係もないらしい。
「まさかメイド喫茶でバイトしてるとは……」
「うん……」
「でも……秘密にする必要はなくない?」
「それは――」
「でも良かったよ」
俺は胸を撫で下ろしながら言う。
「何か色々不安だったし。浮気とか」
「そんな事するはずないでしょ」
「そうだとは思うけど……。それでも、こんな事初めてだったから」
「――そうだね。もう少し慣れたら話すつもりだったんだけど」
「そうだったんだ。それで? 何でまたバイト始めたんだよ?」
聞くとアヤノは「ええっと……」と考えた後に答えてくれる。
「お世話のバイトをしたいと思って……」
「お世話のバイト?」
聞き直すと頷く。
「今まではリョータローが私のお世話をしてくれてたから、今度は私がそっちの立場になりたいと思って」
「ああ……。お世話といえばメイドで、そこからメイド喫茶って事ね」
「そゆこと」
「でもさ、何でまたそんな心境に?」
「リョータローは進路というか……。なりたいもの決めたでしょ?」
「なりたいというか……。まぁ……」
パイロットになりたいなんて改めて思うと大きな夢なので少し恥ずかしく、頭を掻いて何とも言えない答えを言ってしまう。
「私も色々と考えてね。それで、この前リョータローが風邪ひいてお世話した時に、ちょっと合ってるかも――って思って」
「なるほど、将来の職探しみたいな感じか」
「うん」
コクリと頷いて「それだけじゃないけど――」と小さく付け加えられたが、アヤノが続けて言ってくる。
「でも、まず私って働くって事が初めてだったから色々と体力的にも精神的にも疲れてて」
それでもう少ししてからか。慣れてから報告してくれるって感じだったのかな。
「――凄いねリョータローは」
「いきなりどしたよ?」
「だって、私のお世話をしてくれてた上にコンビニでも働いてたなんて……。真似出来ないよ」
「まぁ確かにアヤノの世話は大変だったな」
そう言うと「ごめん」と素直に謝ってくるので俺は頭を軽く撫でる。
「あはは。素直でよろしい」
アヤノは少し悔しそうに「むぅ」と唸っていた。
「これからもメイド喫茶続けるの?」
「とりあえずは」
「そっか。それじゃあまた行くよアノノン」
「やめて。その名前で呼ばないで……」
「そういや、何でアノノン? アヤノンの方が語呂良くない?」
「それは……分かんない。店長がインスピレーションで付けたから」
インスピレーションでアノノンて……。結構特殊だな店長。
「ほらほら。電車来たよ。早く乗る」
「あ、待てよアノノン」
「もう! アノノン禁止!」
そんなやり取りをしながら俺達は帰って行った。




