個人レッスン
「――ほんじゃ早速――」
台本係が作ったタタキの台本。ここから多少の修正は入るだろうが、有名な童話だ。そこまで変更はないだろう。
大道具係の俺にも台本が配られた為、鞄から台本を取り出して適当なページを巡る。
「魔女が白雪姫にリンゴを渡すシーンな」
そう言うとアヤノもいつの間にか手に持っていた台本を巡ってくれる。
「分かった」
彼女が同じページを開いたところで、俺は咳払いをして台本を読む。
「『美しい娘さん。美味しいリンゴはいかがかな?』」
「『ウチ、知らん人から物もろたらあかんて教わってますねん。ほんにすんまへんなぁ』」
「カットじゃーい!!」とアヤノの台詞の後に大きな声で言い放つ。俺の声は空でこだましていた。
「なに?」
アヤノが眉を潜めて聞いてくる。
「『なに?』じゃないわっ! 何で京都弁!?」
「演技にはこのイントネーションがベスト」
「いや……。おまっ……。世界観……。白雪姫なのに京都弁て……」
「これだから他の者共代表は……」
アヤノは「やれやれ。分かってないな」と鼻で笑ってくる。
え? これって俺が笑われる側なの?
「――分かった……。100歩譲ろう。そこは分かった。舞妓風の白雪姫がいても良い。新しいわ。うん。新しい。新しい白雪姫だわ。オーケーオーケー。でもな――」
台本をバンバンと叩いて言ってやる。
「台詞全然違うだろうが! なんでリンゴ拒否ってんだよ!」
俺の的確な指摘にもアヤノは動じずに言い放つ。
「普通知らないオバハンからリンゴは貰わない」
「真面目かっ! 劇だろうがっ! 貰わなきゃ話が進まんだろうがっ! 後、口っ! オバハンて! 美少女がオバハンとか言っちゃダメ!」
「毒リンゴ渡してくる奴に敬称は不要」
「それは正論だわ!」
「それに、ここでリンゴを貰わなければハッピーエンド」
「だね! そうだね! リンゴ食わなきゃ死なないもんな。そりゃハッピーエンドになるわ。ノーと断る勇気が生死を分かつシーンだ。けど、これは劇なの! 断れないの! 断らずに食べる! オケー!?」
「仕方ないな……」
納得いかない様な口調で言ってくる。
なんで納得いってないのかは謎だ。
「そんじゃもう1回」
「いつでも」
俺は再度咳払いをしてから台本を読む。
「『美しい娘さん。美味しいリンゴはいかがかな?』」
「『まぁ。素敵なリンゴどすなぁ。いただいてもよろしおすの?』」
やっぱイントネーションすげー気になるな……。だが、続けるか……。
「『勿論だとも。ほれ、娘さんみたいに美しいリンゴだろ? 1口食べてみなされ』」
「『ほんにウチにそっくりやなぁ。でも、美しいウチが美しいリンゴ食べてまうと共食いになってまうさかい、お婆さん先に食べてみてくれなはれ』」
「オリジナルっ!」
俺のツッコミが再び空にこだました。
「なに?」
不愉快そうな眼でこちらを見てくる。
いやいや、なんでそっちがそんな眼してくるのよ。逆だろ。それなんて言うか知ってる? 逆ギレって言うんだよ!
「ふざけてんの? ねぇ? ふざけてるよね? 絶対」
「至って真剣」
「嘘つけっ!」
再度俺は台本を叩く!
「台本通り進めんかい!」
「この台本は納得がいかない。私の台詞の方が後々伏線が効いて面白くなる」
「大女優か! つか、今の台詞の何処に伏線が隠してあって、何処で回収するんだよ! 伏線なめんなこのやろおお!」
ツッコミに限界が来て、肩で息をする。喉が渇いた。何で演技の練習で裏方の俺が疲れて、主演のアヤノがケロッとしているんだ?
そんな理不尽さを感じながら一旦台本をテーブルに置いて、お尻のポケットから長財布を取り出し、目の前にある自販機からジュースを買ってすぐさま喉を通す。
「プハァ」
マイナーな会社のジュースだが、喉がカラカラだったからめちゃくちゃ美味く感じる。あ、やばい。ハマった。これハマったわ。謎のジュースだけど。
そんな俺を見てアヤノがボソリと呟いた。
「裏方なのに飲み方が主演の稽古後みたい」
「誰のせいだよっ!」
♦︎
「――なるほどな……」
椅子に腰掛けて、先程の演技? の反省会を行う。
アヤノ曰く「緊張して台詞が飛んでしまう」とのこと。よくあるパターンのやつだ。しかも、台本を見ていても分からなくなる程に緊張してしまうらしい。なのでオリジナルが出てしまうとか。これって結構重症だよな。逆になんで自信満々だったんだよ……。
「昔とか演劇しなかった? 小さい頃とか」
「やった事ある。当時は迫真の演技だと褒め称えられた」
「なんだよ。褒められてるじゃないか。その時の事を思い出せば今回もいけるって。ちなみにどんな役だったんだ?」
以前に幼い頃のアヤノの写真をチラッとだけ見た事あるが、あの容姿ならお姫様の役が似合うだろうな。ま、今も可愛いけど。
――そういえば、昔のアヤノの事って全然知らないな。多少は過去の話を聞いた事あるけど……。
「木」
「き? え?」
少し考え事をしていたからいきなりの彼女の発言に聞き返してしまう。
「木の役」
「あ、ああ……。役ね……。え? 木?」
改めて聞くとコクリと頷いてくる。
まだ、そんな事をやらしている所があったのか……。
確かあれって親からのクレーム等が酷いから背景役とかは廃止になったって聞いた事あるな。
ちなみに俺の所はピーターパン5人に対してティンカーベル7人。そして、フック船長1人とかいう謎のリンチ演劇をした経験がある。カオスだったぜ……。親は喜んでいたけど。特にフック船長役の子の親が盛り上がってた記憶があるな……。
でも、今の時代ってそういうのが普通になってきてるよね?
「――演技には自信があったけど……。無くなってきた……」
なるほどな。木の役という寡黙なアヤノにピッタリな役柄。それを褒め称えられた経験から演劇に自信があったんだな。単純というか……。我が彼女ながらアホだな。
「京都弁になるのも緊張から?」
「多分……」
まぁ京都弁は受け狙いでいけば最悪大丈夫だろう。舞妓風白雪姫……。出落ち感が否めないな……。
しかし台詞が変わってしまうのは他の出演者の迷惑になってしまう。それは必ず矯正してやらないと。
「アヤノ。やっぱり数だよ」
「数?」
「俺達はプロの劇団なんかじゃないから演劇の経験が少ない。だから下手くそで良いんだ。下手くそでもいっぱい台本読めば慣れてきて、自ずと緊張とか無くなると思う。量より質って考えの人もいるけど、素人なんだからここは経験を積む意味でも質より量を取ろう。台本を何回も何回も読もう。俺ならいつでも付き合うよ」
彼女の綺麗な目を見つめる。
「だって彼氏なんだから」
「リョータロー……」
「それにこれで上手く行けば、もしかしたら人気者になれるかもしれないだろ? だったらアヤノの目標の友達作りも大きく前進する訳だ」
俺の言葉にアヤノは拳を作って「頑張る」と気合いの言葉を入れた。
「うっし。やる気スイッチ入ったところで、もうひと頑張りしますか」
立ち上がり台本を手に取る。
「あ! リョータロー」
「ん?」
アヤノも立ち上がって言い放ってくる。
「私、下手くそじゃないから」
「プライドたかっ!」