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お見舞い

 心に傷を負いながらも【忍たん】と共に風を感じる事で癒されてからアヤノの家に到着する。


 慣れた手つきでカードキーでドアを開けて、広すぎる玄関を通り抜けてリビングへ行く。


「おかえり」

「ただいま?」


 他人の家なのにそんな挨拶をされたら疑問形になってしまう。

 そんな俺を置いて、母さんが大きなダイニングテーブルに座り、何やら書き物をしていた。


「何してんの?」

「家計簿的な?」


 チラリとノートを見ると、確かにそう見れる。


「他人の家の?」


 そう尋ねるとペンを顎に持っていく。


「家計簿はおかしいか……。それじゃあ経理かな?」

「経理ねぇ……」


 俺はいつも座らせてもらっている席に腰掛けて母さんの作業を見る。


「母さんは事務の仕事してたんだっけ?」

「んー? そうだけど……。どうしたの? 急に」

「いや……。父さんには言ったけど、今度三者面談があるからさ。ちょっと将来について考えてて」

「――そっか……」


 母さんはペンを置いて背中を椅子に預ける。


「もうそんな時期になってきたんだね」


 しみじみと言ってくる。


「そういえば母さんはどうやって就職したの?」

「そうね……。私は高卒だから、学校に就職募集が来て、そこから先生と相談して決めたって流れかな」

「ふぅん。そんな感じなんだ」

「涼太郎は進学じゃないの? 成績良いし」

「そう考えてるけど……。良いの?」


 よくよく考えたら、進学するったって俺だけの意思でいける訳じゃない。

 莫大なお金がかかるし、親と相談しなければならない。

 

「良いに決まってるでしょ。成績良いんだから。これで成績が悪いとかなら、要相談だけど……」

「でも……。やりたい事ないから進学って理由なんだけど……良いのかな……」


 そう言うと母さんは笑う。


「涼太郎位の年齢で将来決まってる方が珍しいわよ。悩みなさい青少年」


 そう言うと母さんは立ち上がりノート類をまとめる。


「将来の自分の事も大事だけど、将来の大事な人の面倒看てあげなさい」


 ちょっと上手い事言ってやったぜ、と言わんばかりの顔をしてリビングを出て行った。




 ――アヤノの部屋の前に立ち扉をノックする。


「アヤノー。生きてっかー」


 返事はない。


 もう1度ノックしてみる。


「アヤノー。入って良いかー? 大丈夫かー?」


 返事はない。


「入るぞー!」


 そう言ってアヤノの部屋に入る。


「――え?」

「――は?」


 部屋に入ると上半身裸のアヤノがタオルで身体を拭いていた。

 そして俺とバッチリ目が合う。


「――や、やぁアヤノ。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」

「いやー。あははー。なんだろうね。いつもこの部屋に来るとラッキースケベに遭遇するんだ」

「リョータローにとってはそうかもね。私からするとたまったもんじゃないけど」

「いや、俺も溜まるぜ? チャージされるぜ。リビドーが」


 そう言うとアヤノは無表情のままこちらを見てくる。


「それで? いつまでそこにいる気?」

「い、いやー……『きゃー! エッチー!』みたいな事にならないからいてもいいかな? と……」


 そう言うとゴミを見る目で俺を見てくる。


「キャアエッチイ」


 カタコト棒読みで機械みたいに言ってくる。


「これで良い?」

「違う違う。もっとこう、おっぱいを隠して『リョータローのバカ! エッチ! 変態!』みたいな?」


 そう言うと人を殺せそうな目で俺を見てくる。


「ど変態」

「違う違う! そんな心をえぐるような言い方じゃ――」

「早く出て行かないと現世に残れなくしてあげるよ?」


 冷たい声が聞こえてきたので「は、はい!」と返事だけ歯切りよくして、ここにとどまる。


「――ごめん。リョータローの事たまに分からない」

「俺はアヤノの彼氏だ……」

「そうだね」

「すなわちこの南方 涼太郎には波北 綾乃の裸を見る義務があるっ!」

「――頭大丈夫?」

「大好きなアヤノの裸……。それが決して大きくないパイだとしても、俺は喜んで――ぶっ!」


 思いっきり枕が飛んできた。


 ふっ……。流石アヤノ……優しい天罰だな。いや、むしろご褒美か? アヤノの匂いがする枕を投げてきてくれるなんて――。


 そう思ったのも束の間。

 枕が俺の顔をずり落ちると、視界に入ったのは服を着たアヤノ。

 そんな彼女が勢いよく飛び蹴りをかましてくる。


「――ぐおっ!!」オンオンオンとエコーが響き渡り、俺は部屋の外へ飛ばされてしまう。


「倒す以外の力の使い方を探している」

「暴力……反対……」




♦︎




 飛び蹴りをかましてこようが、小さな胸を見せてくれようが、なんやかんやでアヤノは病人だ。

 ベッドに寝かして、椅子を彼女の近くに持っていき、彼女に体温を測ってもらう。


「――38度か……」


 体温計に表示されたデジタル数値を見て呟く。


 よくもまぁこんな体温であんな見事な飛び蹴りが出来るものだ。運動神経悪いくせに。


「ハァ……。ハァ……」


 顔を赤らめて息遣いが荒いアヤノ。

 さっきまでの元気は何処かへ消えてしまったみたいだな。


「食欲は?」

「ポ……」

「ポ?」

「ポテチ……」

「アホか!」


 病人が何を言うとるんだ。


「きょ、今日はうすしおじゃなくて……身体の事を思ってコンソメ味で良い……」

「バカなの!?」


 しんどいのにボケをかましてくるアヤノにツッコミを入れた後に俺は立ち上がり問いかける


「おかゆ作ってやるから……。食べれるなら食べろよな」

「卵……」

「あいあい。とき卵ね」


 注文を承り、俺はアヤノの部屋を出て行った。




 相変わらず大きくてテンションの上がるキッチンにある馬鹿でかい冷蔵庫の中を見ると、母さんが風邪の時の味方であるドリンクを大量に買ってくれていた。

 そんなドリンクは一旦無視して、卵を取り出す。


 初めて来た時は冷蔵庫の中に何も入って無かったけど、俺がこの家に来る様になってからはちょこちょこと勝手に使わせて貰っている。勿論、賞味期限、消費期限は厳守している。

 キッチンの戸棚に遊び半分で買った鶏ガラスープの素を取り出す。


 鍋にチンするご飯を取り出して入れて、水と鶏ガラスープを入れて沸騰する間に卵を器に移して最強にかき混ぜる。

 沸騰したらほぐして数分煮る。

 とき卵を入れて、軽くかき混ぜたら出来上がり。


 はい、めっちゃ簡単に出来ましたよっと。




「アヤノー。出来たぞー」


 トレイにおかゆの入った器とレンゲを置いて、彼女の部屋まで持って行く。

 

 アヤノはこちらを見てくるが言葉を発してこない。

 どうやら本格的にしんどいみたいだな。


「自分で食べれるか?」


 俺の問いかけにコクリと首を縦に振って身体を起き上がらせる。

 しかし、その動作があまりにもしんどそうなので、俺はトレイを渡そうとした手を止めて、自分の膝に置いた。


 そしてレンゲでおかゆをすくって彼女の口元に持っていく。


「――美味しい……」

「リョータロースペシャルだからな」

「相変わらず……ネーミングセンス……ないね……」

「しんどいなら無理にツッコむなよな……」


 そう言いながらもう1すくいして彼女の口元に持っていくと、パクリと食べてくれる。


「食欲出てきた?」

「――うん……」

「全部食べれそう?」

「うん。食べる」




 ――宣言通り全てたいらげると、再びベッドに横になるアヤノ。


「それじゃ俺リビングいるから、また何かあれば――」


 立ち上がろうとすると、俺の手を握ってくるアヤノ。


「――もう少し側にいてよ……。ダメ?」


 そんな潤んだ瞳に、赤い頬で言われたら、どんな奴でも断れない。


「ダメなんかじゃないよ」


 そう言って握った手に少しだけ力を入れるとアヤノは少しだけ笑う。


「――ごめんね……。蹴飛ばして……」

「いや……。あれは俺が悪いというか……」


 どう考えても俺が悪いからな。出て行けって言ってるのにその場にとどまってんだから。


「でも……」


 アヤノがもうすぐ夢の世界への扉を開きそうな程に眠たそうに言ってくる。


「――リョータローになら……。いつでも……。裸……見せてあげる……よ?」

「そんな事言われたら……アヤノの事襲っちゃうぞ?」


 そう言うとアヤノは「別に良いよ?」と瞳を閉じた。


「本気にするぞ?」


 そう言うが、アヤノからの返事がない。


 え? これって――同意とみてよろしいですか?


「――って風邪なのにそんな事出来る訳ないだろ……」


 そう呟いて手を解こうとしたが、結構強く握られていたので、まぁもう少し側にいようと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 風邪でもしっかり漫才ノルマを達成する綾乃ちゃん… 甘さとおもしろさが同居した素晴らしい話でした。綾乃ちゃんお大事に!
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