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2日目(早朝)

 ふと目が覚めると慣れない感触を身体に感じた。それは不快なものではなく、むしろ快感であった。

 そんな快感に包まれた物を剥ぎ、身体を起き上がらせて隣を見ると、そこには甘いマスクを被った【ティッシュマスター】の姿があった。それを見て思い出す。


 そう。ここは修学旅行先のホテルであると。


 脳内に昨日の出来事が思い返される。


 修学旅行のホテルといえば、女子を呼んでゲームしたり、夜に暴露しあったりっていうのが定番だと思うが、女子を部屋に呼ぶのは禁止されてるし、暴露なら食事前に大いに盛り上がったので、昨日の夜はすぐに寝てしまった。


 あれはあれで楽しかったな。なんて思い出しながら自分でも少し顔がにやけているのが分かる。


 枕元にあった自分のスマホを操作すると、まだ5時であった。


 朝食は7時からだ。まだ時間はある。

 折角のホテルなんだし2度寝をするのも有りだと思ったが、それはそれで勿体ない気がするので俺は起き上がる事にする。


 歯を磨いて顔を洗うと部屋を出る。


 シンとした廊下。そんな廊下に響き渡るのは俺の足音だけ。まるで、このホテルに泊まっているのは俺だけじゃ無いのだろうか? と錯覚してしまう程に静かである。


 扉の前を通り過ぎる度に、この部屋では昨日どんな事が起こったのか、好きな女子でも語り合ったのか、それとも枕投げでもしたのか、なんて思うが、俺達程盛り上がってはないだろう。

 なんて思うと、また自然と口元がニヤけてしまっていた。




 ――さて、とりあえず部屋を出たがどうしようか。

 

 そういえばこの辺りは何があるのだろう。

 探索に行くのも有りだな。適当に散歩してみよう。


 という訳でエレベーターまで歩き、14階まで呼び出して1階まで降りる。


 エレベーターの中で、そういえば勝手にホテル出たら怒られるかな? なんて思ったが、まぁそん時はそん時だろ。


 エレベーターが1階に到着し、ロビーの広間を通り過ぎて玄関を出ようとしたが、ロビーの広間のソファーに座っている人物を見つけて、立ち止まり、そちらへ向かう。


「こんな朝早くから――」

 なにしてるんだ? という続きの言葉は飲み込んだ。


 目の前に座る波北 綾乃はスマホを握りしめたまま座って眠っていたから。


「こんな所で寝たら風邪ひくぞ……」


 そう呟いて起こそうと思ったが、あまりにも気持ちよく眠っていたので、起こすのも悪いと思い上着を脱いで彼女に被せる。


「――うわ……。さむっ……」


 カッコつけて上着をかけてやったが、時期的にも時間的にも寒い。

 俺は近くにあった自販機で温かい紅茶を2つ購入する事にした。


 紅茶を2つ持ってアヤノの所へ向かうと、彼女が俺の上着を着てこちらを見てきた。


「おはよ。リョータロー」

「なんだ。起きたのか」


 言いながら俺は彼女の隣に座り、目の前にあるローテーブルに紅茶を置く。


「起きたなら返してくれよ。服」


 ブカブカの服を指差すとアヤノは笑って答える。


「ダメー」

「ちょ……。寒いんだよ」

「もうちょっと貸してよ」

「なんで?」

「リョータローの匂いがするからもうちょっと着ていたい」

「――卑怯だわ……」


 そんな事言われたら何も言えないじゃないか……。


 何も言えずにいると、アヤノが紅茶を見て言ってくる。


「珍しいね。リョータローが紅茶」

「まぁな。たまには」


 そう言いながら紅茶を飲む。


「甘いな。甘すぎるわ」

「貰って良い?」

「ああ」


 そう言うと俺の飲んだ紅茶を飲む。


「え?」

「ふふ。甘いね。色んな意味で」

「敢えて俺のやつなのね」

「良いでしょ? ふふ」


 幸せそうに笑うアヤノ。それを見て俺もつられて笑う。


「リョータロー」

「ん?」

「何か良い事でもあった?」

「なんで?」

「うーん……」


 考えながら俺をマジマジと見た後に答える。


「なんとなく」

「なんとなくか……」

「もしかしたら、男子と仲良くなったりしたの?」

「仲良く……」


 色々な一面を見れた昨日の大富豪。それが果たして仲良くなれたという事になるかは分からないが、楽しかったのは確かだ。

 ま、俺の場合はずーっと勝ち続けたというのもあるかもしれないがね。


「良かった。楽しそうで。歩み寄ったんだね」

「――歩み寄った……のかな?」


 何となく流れで楽しい事にはなったので、自分から歩み寄った感覚はない。


「歩み寄ったんだよ。それは」

「何でアヤノが言い切れるんだよ」

「そうする事で『私』の助言のおかげでリョータローに友達が出来た事になる」


 やけに『私』の部分を強調して言ってきやがる。


「友達……ね……」


【ティッシュマスター】に【ガチムチ筋肉一方通行】と【モブ男】――。

 友達と呼べるのだろうか……。


「これも『私』の助言のおかげだね」

「――そうだな。アヤノが言ってくれた言葉が効いたのはあるかもな」


 素直に言うとアヤノは鼻息を鳴らす。


「ふふん。全て神様女神様綾乃様のおかげ」


 かなり調子に乗っている発言の後に、アヤノは首を傾げて聞いてくる。


「ちなみに、男子は昨日何してたの?」

「――えーっと……」


 流石に暴露付大富豪をしていた。その中で蓮の本性、石田の地味さ加減、通常運転の井山――。

 なんて事は口に出さない方が良いだろう。


「だ、大富豪かな」

「トランプしてたんだ」

「じょ、女子は? 女子は何してたんだ?」


 同じ質問を投げ返すと、アヤノは視線を逸らした。

 そして「え、えーっと……」と、俺と同じように考え込んでしまう。


「ふ、普通に修学旅行の事について……。かな?」


 疑問文なのが気になる所と「――嘘じゃ……ないよね」なんて小さく呟いた辺り、男子みたいなディープな事をしていたのだろうか……。

 気にはなるが、こちらの事を知られるリスクを考えるとお互い黙っていた方が幸せなのだろう。

 その点が合致したのか、アヤノが苦笑いで「2日目も楽しもうね」と急激な話題変更をしてくる。


「むしろ今日がメインだろ。今回の旅行は」


 勿論、その話題変更に乗り、先程の話題を消滅させる。


「そうだよ!」


 俺の言葉にアヤノはスマホを見せてくる。


「ん?」

「回るルートをずっと考えてた。そして決めた」


 スマホの中身は今日行くテーマパークの地図で、そこには何かのアプリか何かを使用したのか、色とりどりの矢印が引いてある。


「こんな時間までそれ決めてたの?」

「まぁね。おかげで寝不足」

「ここで夜中ずっと?」

「そうじゃない。1時間程前から。なんだか眠れなくて。皆寝てるし、ゴソゴソやるならここに来ようと思っただけ」

「あの寝坊助お嬢様が2日連続で早起きなんて……」

「ふっ。早起きは得意」


 どの口が言うとんねん。と口に出さずに目で訴えると、アヤノは何故かドヤ顔してきた。


「――ともかく。今日このルートで行くから。付いて来てよね」

「そりゃ構わないけど……。これさ……」


 アヤノのスマホを見ていると疑問点が浮かび上がる。


「初っ端から怒涛の土産屋ラッシュ――つうか、土産屋さんにしか行ってなくない」


 そうである。

 アヤノのアレンジマップにはゲートから入ってすぐの土産屋さん、そして右往左往に矢印が引かれているが、その先が全て土産屋さんであった。


「そこに気が付くとは流石学年3位の成績を誇るリョータロー」

「やめて。地味に傷つくから」

「私の目的はグッズ売り場巡りなのだ」


 あー……。そういえば班で話し合っている時に、そんな感じな事言ってたな。


「折角なのに乗り物乗らないのか?」

「そんな物はいつでも乗れる」

「いや、いつでもは無理だろ」

「波北自家用ジェットで一っ飛び」

「え!?」


 俺は目を丸めた。


「お父さん自家用ジェット持ってんの?」

「それは――」

「嘘!? マジで! うはぁ。やば。今度詳しく――」

「リョータロー」

「――まじか。どうやって操縦するんだろ。めっちゃワクワクするわー」

「リョータロー。聞こえてる?」

「やっぱ普通自動車とかと全然違うんだろうな――」

「自分の世界入っちゃった……」

「でも維持費とかどうなるんだ? やっぱり目も眩む様な金額が飛んでいくってか? ジェットなだけに」

「しんぎ――女神パンチ!」

「あでっ!」


 朝っぱらからアヤノの女神パンチが優しく肩に放たれる。


「今のは『審議」と『神技』を掛け合わせたパンチ。そして審議の結果、あまりにも下らないダジャレだったので神技を発動する事になった」

「説明乙」

「いや、私が適当な事言ったのも悪いけど、リョータロー自分の世界入り過ぎ。そんなにジェット機好きだったの?」

「好きというか。やっぱ男としては気になるだろ。それにバイク好きだし。どうやって操縦するとか。中はどんなになってるとか。男の浪漫的な?」

「――ごめん。流石にジェット機は嘘」


 そう言われて俺は若干肩を落とす。


「なんだよ。嘘かよ」

「ごめんなさい。そんなに過剰反応するとは思わなかった。単純にそれくらい簡単に来ることが出来るという事を言いたかっただけ」

「あー。なるほどね。比喩表現かいな」

「ごめんなさい」


 考えてみたら、ジェット機所持は余りに非現実的だな。そりゃそうだ。


「――って話が逸れたな。乗り物よりもグッズ優先な理由は?」


 そう聞くとアヤノは「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりの表情をしてスマホをいじる。


「――これ!」


 アヤノは俺にスマホの画面を見せてくる。そこに映っているのは【期間限定】と書かれた【うさぎのヌタロー】グッズであった。


「期間限定のヌタロー祭り。これを逃したら手に入れるチャンスはほとんどない」

「なるほど……。てか、ヌタローってここのキャラなの?」


 そう聞くとアヤノは無表情で冷たく言ってくる。


「そこら辺は深く知る必要はない」


 その言葉はあまりにも冷たく、まるで初期の頃のアヤノを連想させる。


 触らぬ神に祟りなし。


 この言葉が脳裏に過り、これ以上の詮索は神を冒涜するのに近いと本能が叫んでいる。


 深く足を突っ込む所ではないか――。


「ま、まぁね。あれね。うん。――で? ヌタロー優先の最善ルートを考察していたと」

「いかにも」

「そうか。じゃあ乗り物は乗らないのか?」


 そう聞くと首を横に振る。


「乗る。リョータローと」

「乗りたいよな。やっぱり」

「秒でグッズを先に買ったら、ゆっくりと楽しもうね」


 そう言ってアヤノは俺の服を脱ぐ。


「作戦会議は終了。そろそろ戻るね。朝シャンしたいから」

「あー。俺も朝シャンしようかな」


 辺りを探索しようとしたけど、2日目を全力で楽しむ為に覚醒させておいた方が良いか。


「それじゃまた後でね」


 そう言って服を俺に渡した後に、俺の飲みかけの紅茶を持って行ってしまった。


「敢えてそっちかいな……」


 俺は呟きながら服を着ると、服からアヤノの甘い匂いがして、朝から悶々状態となってしまった。

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[良い点] クーデレってなんだっけ…?(歓喜)
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