ホテル(寝床はどこにする?)
お寺を後にして、1日目のイベントは終了し、本日から2日間お世話になるホテルへやってくる。
高級ホテルなのか、普通のホテルなのか、正直分からないが、これだけの人数が一気に泊まる事が出来るので、広さは充分みたいだな。
各クラスの男女それぞれの班代表がルームキーをロビーにて受け取りに行っている間、手持ち無沙汰なその他大勢の一員である俺達はロビーの広間で待機となる。
クラスの若い順にルームキーを受け取った班から部屋に向かって行く流れだった為、最初は混んでいたロビーの広間もあっという間に寂しくなる。
俺達の班はまだ受け取ってないので、人が少なくなった広間にあるソファーに腰掛けてる。
テーブルを見ると『ウェルカムドリンク』と書かれたドリンク表があった。
それを手に取り見ると、カシスオレンジなりファジーネーブルなりと俺には縁のなさそうなアルコールドリンクが書かれていた。
ウェルカムドリンクがあるホテルって事は高級ホテル? それともホテルなら当然のサービス? どうなんだろうと考え込んでいると隣の席から会話が聞こえてくる、
「――これはカクテルだね」
「えー。すごーい。井山くんって物知りー」
「いやー。あははー」
隣の筋肉が女子に褒められて筋肉をピクつかせていた。嬉しいんだろうな……。
これ、もう付き合ってるのと相違ないんじゃない。
夏希は? 夏希の反応は? キョロキョロと見渡して夏希を発見するが、全くの無反応。アヤノと喋っていた。まじで井山に興味なしか……。
「おーい。行くぞー」とようやくイケメンのお声がかかったので立ち上がる。
「それじゃあ僕はこれで」
「えー。もうちょっとお話しようよー」
「ごめんね。行かないと」
そんな会話を聞いて、井山のくせに生意気な、と国民的いじめっ子と同じ思想になってしまった。
エレベーターで14階まで上がり、エレベーターから出て左手、突き当たりを左手の端っこの部屋。ここが今日からお世話になる部屋みたいだな。
蓮がルームキーをかざして先頭で入る。それに3人が続いて入って行くと「おお!」と声があがる。
外観とは違い中は和室みたいだ。10畳程の和室と、他にもドアがあったので開けて見ると、ベッドが2つと壁掛けに設置されたテレビがある。どう見てもベッドルームだろう。
そこはチラリと見て荷物を端っこに置いて座椅子に座る。
「どうする? 寝る場所」
蓮が提案しながら俺の前に座る。
「そうだな……。ま、俺は何処でも良いよ」
俺が答えると、隣に石田が座って答える。
「俺も何処でも」
「井山は? ――って井山?」
蓮がキョロキョロと見渡しながら名前を呼ぶが返事が無かった。
「井山ー?」
石田も声を出すが反応なし。
「どこ行った? あいつ……」
俺は席を立ち「井山ー」と呼びながら洗面所のドアを開けた。
「ぶっ!」
「ん? 呼んだかい?」
井山は洗面所の大きな鏡を利用してポージングを取っていた。上半身裸で。
「なにをしとるんだおのれは……」
「いやー。折角日本の首都までやって来たからね。筋肉達が疼いて仕方ないから、こうやって――ふんっ!」
モリっと筋肉が浮かびあがった。
「ガス抜きしてあげないと」
それってガス抜きって言うの? もう筋肉ルールは分からん……。
ただ分かった事は――。
「――キャラ変わりすぎだろ……お前……」
溜息を吐いて言うと井山がこっちを見てくる。
「変われたのは君のおかげだよ」
白い歯を見してニコッとしてくる。
「――へ……。やだ、キモい。何その台詞」
「ふっ……」と嬉しそうに笑う井山。
「君が体育祭の種目を譲ってくれた」
「借り物競走ね。確かに譲ったけど……。それで変われたっていうのは大袈裟過ぎるだろ」
「君に取っては大した事じゃない――。レジの人がお釣りを渡す時にこちらが一言『ありがとう』と言う。電車でベビーカーを乗り入れようとする人の手助けをする。道に迷った人がいたら教えてあげる。物が落ちたら拾ってあげる――。それらは親切だけど大それた事じゃない。だけど、そんな小さな親切も、してもらった側からすると、もしかしたら人生が変わる程の変化なのかもしれないよ」
言ってる事は分かるし、良い事を言うなぁと感心した。だけど筋肉のインパクトが強すぎて……。それが邪魔して話が全く入ってこない。
「借り物競走を変わってくれたおかげで、僕はもっと海島さんに積極的になれた。つまりは性格が変わった。そして筋肉を得た。この筋肉を得たのは君の親切心から成るものなのさ。つまり僕の筋肉は君の筋肉でもある」
訳の分からない理論を唱えられて頭が爆発しそうだ。
「だから僕は君に恩を返す義理が――ふんっ!」
フロントダブルバイセップスを見せてくる。
俺じゃなきゃ分からんぜ? そのボディビルポーズ。
「――ある!」
「分かった分かった。セイセイセイ。なら、今すぐ恩を返してもらうわ」
「依頼かい!?」
依頼て……。
「とっとと居間に来い。寝る場所決めっから!」
「承知!」
そう言いながらサイドトライセップス。うん。キレてるわ。こいつは将来ボディビルダーだな。なれるよ。きみなら。
♦︎
「――時間あるし、トランプで寝床決めないか?」
筋肉バカを居間に戻して、テーブルを4人で囲ったところ、石田が提案してくる。
「確かに。晩飯まで時間あるし良いかも」
蓮が賛同した。
「ま、ジャンケンとかで決めるよりそっちの方が楽しそうだしな。それで」
晩御飯まで数時間暇と考えると、特にする事なしだから俺も賛同する。
「ちょっと待ってくれ!」
この流れを断ち切る井山。俺達は彼を見る。
いや……。てか、なんで未だに上半身裸なんだよ……。
「少し相談させてくれないか?」
「相談?」
決まりかけた意見が割れそうになったので、石田が眉を潜めて聞くと井山が「どーん!」と左右の大胸筋が動き始める。
「うおお!」
「うっへー」
「すご」
テレビや動画で筋肉自慢が良くやる大胸筋の動き。それを生で見て三者三様の声を上げる。
そんな俺達の反応を置いて、井山の大胸筋は止まる事なく左右動き続けている。
そして――。
「――オーケーオーケー。僕の筋肉達もそれで良い――いや! それが良い! と言ってくれている」
確かに井山の大胸筋は両方とも上の方でピクピクしていた。
「――って! 何の茶番だよ!」
俺のツッコミが入った後に石田が「そ、それじゃどうする?」と種目を聞いてくる。
「ポーカー」
「7並べ」
「ブラックジャック」
「大富豪」
4人共全く違う答え。
「仲わっる!」
笑いながらつい口に出してしまった。
「割れたなー。俺ブラックジャックとポーカーってやった事ないわー」
石田が苦笑いで答えた。
「そんじゃ7並べか大富豪? どっちする?」
蓮が聞いてくるので俺が提案する。
「井山。筋肉で決めて」
「任せてくれ」
俺が井山にふると、彼は立ちあがり「はぁ……。ふぅ……」とリラックスポーズを取る。
「みゅうじっく! すったーと!」
彼の雄叫びに誰1人反応なし。
「みゅ……みゅうじっく!! すったーと!!」
何のこっちゃ分からない俺達3人はただただ呆然と彼を見ていた。
「みゅうじっく!!! すったーと!!!」
「あー。あいあい。分かった分かった」
何でわざわざ音楽流さなきゃならんのかは謎だが、うるせーので俺はスマホを取り出して適当な曲を流してやる。
「――日曜日午後6時半!」
俺が選曲した曲に対して、そう言うと両腕の上腕二頭筋を盛り上げてける。
「さぁーて……。今回のゲームは?」
「蓮です。実はブラックジャックって提案したんですけどルールが分からず、カッコつけて言ってみました。7並べと大富豪の2択になって良かったです」
「ちょ!」
有名な次回予告に乗って、いきなりのカミングアウトしやがった。
「石田です。実はこのトランプ、10が1枚足りません」
「無理やん! 7並べ出来へんやん! てか、そんなトランプ持ってくんな!」
俺のツッコミの後に井山が言い放つ。
「井山です――」
「お前は黙ってろ!」
「ふっ。お預けだね……。悪くない……」
コイツMなの……?
「じゃあ大富豪か?」
「だな」
「筋肉のお導きで大富豪。悪くないね」
「10が1枚足りないのに!? やるの!?」




