夏休み明け
高校2年の夏休みが終わって数日が経過していた。
クラスでは、まだ夏休みボケが残っており、授業中はまるで人文字でも作っているかの様に頭が上がっている人、下がっている人が見受けられる。
俺はというと、授業は基本的に聞くタイプだ。
自分で言うのもなんだが成績は良い。
だけど勉強は好きじゃない。
だからこそ、授業中に先生から発せられる「ここテスト出るよー」って言葉に耳を傾け、家ではほとんど勉強しないでおこうというスタイルだ。
それに少し前に一夜漬けをして痛い目を見た思い出があるので、改めて授業はしっかりと聞く様になった。
そんなクラス全体で作られる人文字も、ある音が鳴り響けば崩れてしまう。
チャイムだ。それも6限が終わる。
頭を下げていた連中の頭が次々に上がっていき、実家の様にノビをし、身体をほぐして帰り支度を始める。
その流れに乗って俺も帰り支度を始めると横から声をかけられる。
「やーやー涼太郎くんやい」
隣の席に座るリアルDr.スランプア◯レちゃんみたいな奴――海島 夏希が俺、南方 涼太郎を名前呼びでキャラブレブレな喋り方で絡んでくる。
「夏休みは相棒と何処か行ったのかい?」
彼女の言う相棒とは俺の愛車である250ccバイクのYZF忍250 、通称(実際は俺しか呼んでない)【忍たん】の事である。
彼女の趣味は機械弄り。
俺はバイク好き。
彼女は機械全般の弄りが好きみたいだが、バイク好きの俺とは気が合い、よく趣味について話し合う。
そこに恋愛感情はない。
「山道走った位かな」
「そうですかい。そりゃワイゼットエフ様もおつかれでしょう。そうでしょう」
「触らせないぞ」
彼女が発する前に断りを入れる。
「ガビーん。何でですやい!」
「ろくな事にならなそうだから」
「そんな事ありやせんぜ」
「自分の親父の車とかバイク諸々を潰しておいてよく言えるな! そもそも、夏希と喋っていると――」
ろくな事がない。それを言う前に1人の男子生徒がやって来る。
「相棒と聞こえてやってきたよ。南方くん!」
俺は掌を顔面に持っていき首を横に振った。
言わんこっちゃない。うっとうしいのが来た。
夏希の事が好きで一生懸命夏希の趣味に話を合わせる極限の一方通行片思い野郎の井山だ。
「誰が相ぼ――って……。え?」
俺は井山の身体を見て驚く。
井山といえば、ヒョロくて、弱々しい感じが特徴の暗めの男子生徒だったのだが……。
今、俺の前に立つ井山という男子生徒は俺の知っている情報とは違う人物が立っている。
半袖のワイシャツから見える腕は太く、制服越しでもわかる大胸筋。そして大腿四頭筋がエグい。ズボン越しで分かるぞ。どうなってんねん、そのフトモモ。
「ごめん。情報が追いついてないわ。お前の」
井山に言ってやるとボディビルダーがやりそうなポージングをとり、言ってくる。
「男子、三日会わざれば坊主さ!」
男子、三日会わざれば刮目して見よな……。
だるいからツッコミしないけど……。
「この夏、僕、井山 優は変わった」
あ……。コイツ優って名前なんだ。同じクラスになり半分位が過ぎて初めて知った。
「苦しいトレーニングにトレーニングを重ねてここまで来たんだ」
普通、筋トレして結果が出てくるのは3ヶ月。それも、ようやく自分で「筋肉出てきたかな?」となるレベル。
他人から「身体デカなってない?」と言われるのには半年位かかるはず……。
それを夏休みの2ヶ月でここまで仕上げてくるなんて……。気色悪い。
「変わったんだ!」
そう言って俺の肩に手を乗せてくる。
その腕がピクピクと動いている。
「触るなっ! 今までは感情的にキモかったけど、今は物理的にきもいわっ!」
そう言うと「つれないぜ」と嬉しそうに呟く。
ほんと、きしょい。
「もう誰も止められないよ」
そう言って井山は両手を後頭部に持っていき腹筋に力を入れながら夏希を見る。
「海島さん――いや! 夏希! 今日僕と帰らないか!?」
え!? お、おお!? 急展開。
井山が絶賛片思い中の夏希を名前呼びして誘っている。
なんなの? まじで止まんねーな! コイツ。恋に凄い積極的。
「あははー。ごめんねー。今日バイトなんだー」
「――っな!?」
井山 優は膝から崩れ落ちた。それはもう漫画みたいに。
そして悔しさのあまり拳を床に叩き下ろす。
「足りなかった……。筋肉が足りなかったのか!?」
叩き下ろされた拳のせいで軽く地面が揺れる。
ちょ! 大丈夫。足りてったから。足りてっから今すぐドンドンするのやめろ。
「あははー。バイトない日にまた一緒しようね」
夏希から井山に希望の声が降り掛かった。
それを聞いた井山はまるで死にかけてた所に舞い降りてきた天使を見るような瞳をしたあとに立ち上がり夏希を見ながら言う。
「約束だよ!」
「あ、あははー……」
夏希が苦笑いを送ると、それでも嬉しいと言わんばかりの表情で自分の席に戻って行った。幸せなやつ……。
マッチョになって、見た目が変わっても夏希ハイパーラブだな……。
しかし、夏希が好きならば機械弄りをこの夏休みに極めれば良かったのでは? と疑問に思うのだが……。筋トレに行ったか……。筋トレは良いよね。筋トレしてると楽しくなるもんね。
「――そういや夏希。ようやくバイトを始めたんだな」
彼女の発言が気になり質問をする。
夏休み前はやる気はない様な事を言っていたのでどういう心変わりがあったのだろうか……。
「欲しい物が出来てね」
「欲しい物? それは――」
少し気になり何が欲しいのか聞こうとしたところ、いきなり首の袖を引っ張られる感覚と共に真後ろに身体が傾く。
そしてそのまま後ろの席に後頭部をドンッと強打したあとに、振り子の様に元の位置に戻る。
「いっでえええ!!」
頭を抑えながら後ろを振り返る。そこには美少女がいた。
「何すんだよ!?」
俺の後ろに座る自他共に認めるショートヘアクールビューティー波北 綾乃に言ってやる。
「女神の一撃。対象は死ぬ。お茶の間爆発」
「死ねるわっ! マジでいってぇかんな! あと最後は意味わからん」
「そんな事より今日もいつもの場所で」
コブが出来たであろう強打をそんな事扱いされて、クールに言われてしまう。
「あ、ああ……。わーったよ」
俺の返答に波北 綾乃は無表情に頷いたのであった。
♦︎
我が高校には校舎から離れた位置に使われていない旧校舎がある。
普段自分達が使っている校舎から歩いて行き、その裏手に回るとローマの休日に出て来そうな――なんて大袈裟だが、そんな風な階段があり、そこを下った先には古い門があった。これが旧校舎を使っていた時の正門だと予想するが答えは分からない。まぁこれが正門かどうかなんて別に気にならないから誰にも聞いてないがね。
門を背に右手に屋根付きのだだっ広い空間がある。その空間は駐輪場だったと予想している。
そちらの方へ歩いて行くと右手に駐輪場、左手にはちょっとしたトンネルみたいなスペースがあり、そのスペースには自販機とベンチとテーブルがあった。そこに座って1人スマホを弄っているショートヘアの美少女を発見する。
「アヤノ」
「いつも通り遅いね」
言いながらアヤノは立ち上がる。
「アヤノが早すぎるんだって。てか、一緒に行けば良くない?」
「それは……。前一緒した時ちょっと……。恥ずかしかったから……」
照れた様な言い方をされて、こちらも照れてしまう。
アヤノとはこの夏に想いを伝えて恋人同士になった。
それまでは少しだけ奇妙――というか特殊な関係にあった。
彼女は高層マンションの最上階に住むお嬢様。
母さんは個人的にアヤノの父親から清掃代行の仕事を依頼されて高層マンション最上階の部屋の清掃――家事を任されていた。
ある日、母さんが風邪をひいたので、俺が清掃代行の代行を任された。
その時初めて知ったが、母さんの職場、そこはクラスメイトのアヤノの家であった。
後から知ったが、アヤノの両親とウチの両親は幼馴染らしい。だからアヤノのお父さんも母さんを雇いやすかったみたいだな。
俺の仕事振りを見て? アヤノの父親からアヤノの世話のバイトを依頼される事になり、俺は給料も良かったので引き受ける事にしたんだ。
そんな彼女の世話をするというバイトをやっていたのだが、彼女と過ごしていくうちに恋愛感情が芽生え、付き合い出したという話だ。
恋人になり、一緒にいるのに給料が発生するのはおかしな話なのでお世話のバイトは辞める事にした。
だが、事実上は変わらずにお世話をしている現状だ。
ま、俺が好きでやってるから良いんだけどね。
別に隠れて付き合っている訳じゃないが、まだ付き合って日の浅いカップルだ。人の目が気になる気持ちは分かる。
そんな初々しい空気がまだ残る中、アヤノが俺の後ろに立つ。
「頭大丈夫?」
「それは俺の頭がイカれてるって意味?」
「ち、違うよ。その……。思いっきり打ってたから……」
「誰のせいだよ!」
「だって……」
アヤノは正面に回り込んできて拗ねる様に言ってくる。
「他の女の子とずっと喋ってるから……。ちょっと……」
嫉妬してくれたみたいだな。
その気持ちは素直に嬉しいので顔が少し緩んでしまった。
そんな俺の顔を見てアヤノが言ってくる。
「べ、別に……。その……。喋らないで! って訳じゃなくて」
「そっか、そっか」
嬉しさを込めて言ったつもりだが、アヤノは悔しそうな声で言ってくる。
「リョータローは……。私が他の男の子と喋ってたらどう思う?」
その質問に軽く想像してみる。
うん。確かに良い気持ちにはならないな。
「そりゃ……。ちょっと嫌かも……」
答えるとアヤノは嬉しそうに誇った顔をした。
「ま。私、この学校に友達いないけどね」
「何でドヤ顔して悲しい事言うんだよ……」
「そういえば……」
俺のツッコミをスルーしてアヤノは何か思い出した様に言ってのける。
「リョータローって結構クラスの人と喋るの見るけど、私との会話で友達の話題になった事ってあんまりないよね?」
不意に言われ、痛いところを突かれた感じがし、頬を掻きながらなんと答えて良いか悩んでしまう。
友達! なんて呼べる奴はこの学校に――いや、俺にはいないのかもしれない。
アヤノの言う通り、クラスの人と会話をしたりはするけど、それは友達としての会話ではなく……。何処か無意識に自分で距離を取ってしまっている様な感じ。
地元でもたまに一緒に遊ぶ奴もいるが、それが本当の友達と呼べるかどうかは微妙だ。お互いに友達というより、一緒に暇つぶしをしているといった感覚。
友達を作るのは面倒だけど、孤立は嫌だという矛盾な考え。
いつからだろう……。そんな考えになっていたのは……。
「――あはは……。そうだっけ?」
濁す様に答えた後に話題の矛先を彼女に向ける。
「つか、アヤノも目標を立てたんだろ? 友達作るって。それはどうなんだ?」
「うっ!」
アヤノも性格が災いして、友達と呼べる数が極端に少ない。元々口数が多い女の子ではないからな。
しかし、彼女はこの夏に友達の大切さを実感したらしく、友達作りを目標にすると言っていたのだが……。
溝うちをくらった様な声を出したから進歩はなさそうだな。
「そ、それよりも今は【文化祭】だよ」
話を変えるという事が進歩のない証明となる。
「そうだな。文化祭な」
だが、この話はお互いに不利益となる為に、俺はそのまま彼女の話題変更に乗っかる。
「でも、この歳で【白雪姫】をやる事になるとは思わなんだ」
つい最近のLHRにて、来月に行われる我がクラスの文化祭の催し物が白雪姫に決定した。
そして配役はそれぞれ公平にクジにて決める事となり、幸か不幸かアヤノが白雪姫役を引き当てた。
まだクラス全体での練習は始まってないのだが、今日、人気のないここに来たのも劇の練習をする為である。
「獅子はウサギを狩る時も全力を尽くす。例え簡単な劇でも手は抜かない」
まるで自分は演技の才能がある様な発言。
ここから俺の試練が始まるのであった。