首都へ(初日早朝)
『きゃははー。おまっ!』
『やっば! あっひゃひゃ!』
『おまえらサイコーかよ! サイコー。サイコー! 親友だぜ』
『やっぱおれらサイキョーだよな! めちゃくちゃサイキョーなおれらだよ!』
楽しそうな少年達の声が聞こえてくる。
親友とかいう言葉を聞くと虫唾が走る。
サイコーとか、サイキョーという単語を容易に多様している辺りに精神年齢の低さが伺える。
『おまえらと同じでよかった』
『サイコーの思い出だ』
『このメンツサイキョーだもんな』
『これからもおれら4人ずっと一緒だよな!』
ズキっと心が痛くなった。
そうだ……。この言葉だ……。これが今の俺を作り出した決定打になったんだよな。
5人ではなく4人。
あの時は辛かったな……。
「――それって本当にそう言ってたの?」
後ろから女の子の声が聞こえてきた。振り返ると、髪の長い女の子が無表情で見てきていた。
「そう言っ――」と発言しようとして、自分の声が妙に高くなっている事に違和感があり、言葉を詰まらせてしまう。
「――言ってたよ」
違和感がありながらも言い切った。
「本当に?」
「本当だよ」
「それはリョータローの被害妄想かもしれないよ」
「被害妄想?」
「あの時のリョータローは年齢的にも幼くて、色々な感情が渦巻いて正常な精神状態じゃなかったと思う」
確かに、彼女の言う通りであった。あの時の俺は自分でも嫌になる位に様々な感情がぐるぐると渦巻いていたんだ。
「もしかしたら聞き間違いだったかもしれないよ? それか、そういう意味で言った訳じゃないかも」
そう言って彼女は1歩近づいてくる。1歩進むと成長して、身長が伸びた。美しい髪はそのまま綺麗であった。
「今更真実は分からないけど、逃げずに近づけば真実が見えたかもしれないよ」
そう言いながらまた1歩近づいてくる。また成長して大人っぽくなり、美しい容姿となる。長く綺麗な髪とおっぱいに変化はなかった。
「本当は後悔してるんでしょ? 悲劇のヒロイン演じて『俺から去ってやった』みたいな感じにして『もう深い友人なんていらない』とかカッコつけて。本当は親友とかそういうのが欲しいくせに」
俺の深層心理をえぐりながら目の前に立つ。
「素直になりなよ。いつまでもキャラ守ってないで。学生生活最後の修学旅行なんだし――」
彼女の綺麗な髪は短くなり、この世で1番美しいといっても過言ではない顔がハッキリと分かる様になる。
「もう少し歩み寄っても良いんじゃない?」
そう言って俺を優しく包んでくれる。
「失敗したって良いじゃん。何思われても良いじゃん。自分の思いに素直に行動しなよ。大丈夫。どんな結果になっても――」
彼女は頭を撫でてくれる。まるで年上のお姉さんの様に。
「――ずっと私が側にいるから」
♦︎
ふと目が覚めた。
寝起きの為、視界が霞んで見えるが、いつもの天井。
深い眠りについていた様で頭がボーッとする。
夢を見ていた。今日の夢の内容ははっきり覚えている。
昨日アヤノとそういう関係の話をしていたからそんな夢を見たのだと思われる。
段々と意識が覚醒していく。
背中にはいつもベッドの感触。左手には柔らかい感触。そして甘く性欲を掻き立てる匂いがした。
――ん……?
左手に寝返りうつ。そこには夢に出てきた少女の顔があった。
「――ぬおっ!?」
俺が驚いて上半身を起こすと「う、うーん……」と少女は目を擦りながら目を覚ます。
「おはよ……。リョータロー」
寝ぼけた声を出しながらアヤノが言ってくる。
「お、おはようございます」
訳が分からないが、朝の挨拶は大事だよな。
「――じゃなーい! 何でアヤノがここに!?」
「えー……っと……」
瞬きをパチパチといつもの何倍も早くしながら、寝起きの頭で考えているアヤノ。
「昨日は眠れなくて……。寝坊する前にここに来た」
「おー! 賢――とかの次元じゃないわ! どうやって入った!?」
俺の質問に無表情で鍵を見せてくる。
「合鍵」
「何で持ってるんだよ!」
「昔、恵さんから預かっていた。もし、何かあった時にいつでも来れる様にと。そして、今日がもしもの時」
「あ、あー……。なるほどな……」
妙に納得してしまった。
それに俺だって彼女の家の鍵を持っているんだ、お互いさまだ。なので、家の中への侵入に関しては反論の言葉が出なかった。
「それにしたって、いつの間にベッドに……」
「リョータローうなされてたから、ギュッとしてあげた。そしたら落ち着いて私も寝ちゃった」
「そ、そりゃどうも……」
俺は恥じらいながら部屋の時計に目をやる。
それを見て、恥じらいの心が焦りの心に変わる。
「6時じゅっ!?」
頭の中がパニックになり、枕元のスマホを手に取りアラーム機能を確認する。
「ちょっ!? え!? いつの間にアラーム消して……」
「私達の邪魔だったから消しておいた」
そう言いながらアヤノが親指をたてて、いいね、を送ってくる。
「嬉しいけど不正解な行動っ!」
「くっ……。リョータローとの添い寝が気持ち良すぎて……」
「悔やんでないよな? その態度全然悔い改めてないよな!」
俺は飛び起きて「ちょっ! 待っとけよ!」とアヤノに言い残してリビングから和室に向かう。
集合時間は新幹線の駅に7時30分。ここから電車で行けば乗り継ぎ等の関係で大きく迂回するはめになるので1時間半はかかる。それだったら遅刻だ。
しかし、車を使えば下道で約50分。だけれども、早朝といえど通勤ラッシュに捕まれば1時間以上は絶対にかかる。
だが、高速を利用したなら渋滞回避で50分以内、早ければ30分で着くはず。まだ6時代だ。高速は渋滞していないと思われるので間に合うだろう。
「涼太郎くん。おはよう」
「おはざっす」
アヤノのお父さんに対して適当に返してしまい俺は和室の襖を開けて「父さん!」と叫ぶ。
結構な声量に対して、布団で寝ている両親は熟睡してしまっている。
「父さん! おいっ! 起きろ!」
父さんを起こすがビクともしない。
「おいい! 起きろおお! クソ親父いい! 起きんかい!」
胸ぐらを掴んで揺するがビクともしない。
なんで、こんなに深い眠りについてんだよ! いびきもかかずに、眠り姫かっ!
「隆次郎は仕事で朝帰りだったから深い眠りにつくはずだ。ここまで来たら起きないと思うが……。どうかしたのかい?」
「寝坊した。普通に行ったら間に合わないから――」
そこで違和感に気が付いた。
襖の所に立つ、年齢詐称でもしてるのじゃないかと錯覚する位に若々しい男前の中年男性を見る。
「――お父さん?」
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ」
お父さんは苦笑いをして答える。
俺は父さんを投げ捨てる。
「え? なんで? え?」
脳内が全く追いついていない。
「今日修学旅行なんだろ? 綾乃達の集合場所付近で今日は私も仕事があってね。ついでに送ってあげると綾乃に涼太郎くんへ伝える様に言ったのだが……」
「あれー?」
俺は未だに頭が追いついていないところ、アヤノがリビングにやって来る。
「リョータロー。行くよー」
「おまっ! 知ってての余裕かよ」
「当然」
何でドヤ顔なんだ……。
「教えろよ……」
「ドッキリ大成功」
「こんなドッキリは嫌だわ……」
そんなやりとりを見て、お父さんが言う。
「何はともあれ、30分には家を出たいからな。涼太郎くん。準備したまえ」
「あ、は、はい」
♦︎
アヤノのお父さんである波北 秀さんの高級車にて修学旅行の集合場所へと向かう。
高級車に乗る機会なんて中々ないのでアヤノに頼んで助手席に座らせてもらう。
高速に入った辺りで後ろを見るとアヤノはこっくりこっくりと船をこいでいた。
「あはは。綾乃はほとんど寝れていないみたいだったからね。これは新幹線でも寝てしまうかもしれないな。涼太郎くんは大丈夫かい?」
「僕はガッツリ寝ましたので大丈夫です」
「そうかい。なら良かった。日本の首都といえど中々行く機会が多い訳ではないから、しっかりと楽しんで来なさい」
「はい」
そんな会話からお父さんが「しかし――」と話題を変えてくる。
「――まさかキミと綾乃が付き合う事になるとはな」
きまじぃ……。彼女のお父さんから振られる話題にしては気まず過ぎるぜ。
まだ、この高級車で莫大な屁こいだ方がましな位に気まずい。
「あの時『バイトをやめたい』と言われた時は本当にショックだったが、それが理由なら合点がいくという訳だ」
「あ、あはは……」
夏休みの事を思い出し、苦笑いで返すとお父さんは笑って言ってくれる。
「そんな気まずい笑いはやめてくれ。何もキミ達の事を反対している訳じゃないんだから」
「お父さん……」
「君のお父さんになった覚えはないが?」
なんなの……。どっちなの?
俺の困惑にお父さんがまた笑いだす。
「あっはっは! 冗談だよ。まぁ言わせてくれたまえ。これが娘を持つ父親の仕事みたいなものなのだから」
「そんなものですか?」
「そんなものさ。幾ら仲の良い幼馴染の息子が、私の義理の息子になるとしてもな」
そう言った後に笑いながら言ってくる。
「――おっと……。それは流石に気が早すぎたかな?」
「いやー。どうでしょう?」
頭をかきながら答える。
「まさか……。娘とは遊びとは言わないだろうね?」
次はドスのきいた声を出してくる。
こえぇ……。こえーよ。この人。
いや、本当は仏みたいに優しくて良い人って知ってるけど、今日は絡みずれーよ。
「あはは……。将来なんて分からないか……。でも、キミ達がそうなって1番喜んでいるのは霧乃だよ」
「霧乃さんですか?」
霧乃とはアヤノのお母さんの波北 霧乃さんの事だ。
「恐らく覚えてないと思うがキミが小さい頃、紗雪くんが産まれた時位かな? 出産祝いをしに行った時にキミと会っていてね、霧乃が恵くんに『この子を私の息子にします! だから綾乃と結婚させましょう』って言ったんだよ。あはは。懐かしい。その時は綾乃も連れてきていたが……。覚えてないよね」
「そうですね。すみません。全く記憶にないです」
「ああ……。いや、そりゃそうだ。キミが物心つく前か、ついた頃か……。ただあの時、涼太郎くんが霧乃のバイクにやたらと興味を持っていてね。2、3歳にしてバイクのエンジンをかけた時に霧乃が『天才だわ』って喜んでいたのを覚えているよ」
そう言われて俺は脳の奥底にある記憶が蘇った。
「あ! 俺がバイクを好きになったきっかけだ!」
「ほう。それは覚えていたのかい?」
「あ……。いえ。鮮明にではないですが、昔々に誰かにバイクを触らせてもらった事で好きになったのは覚えていたので。でも、誰だったかなー? 誰に触らせてもらってたのかなー? って感じだったんで」
「凄い記憶力だな。それくらいの歳の記憶があるなんて」
「いや、でも、本当に薄ーく覚えてた位なので」
「そうだとしても、覚えていてくれたのなら霧乃も喜んでいる事だろう。その子が未だにバイク好きで娘と付き合っているんだからな」
そう言った後に小さくボソリとお父さんが言った。
「――あの時からこうなる運命だったのかもな……。良い運命だ……」と。




