首都への突入計画①
文化祭も終わり、ようやくお日様がゆっくりクールダウンを始めた季節。
お昼を過ぎても暑くならなくなったのは、お日様が空気を読んだと解釈してよさそうだな。
そんな季節なので、クローゼットにて眠っていたブレザーの封印を解き放ち、久方振りに袖を通す。
1シーズン着なかっただけで着心地に違和感があるのと、校内では、この前まで白いワイシャツの軍団だったのが、紺色のブレザー軍団に切り替わったので視覚的にも違和感があった。
まぁそれらもすぐに慣れるだろう。また長い間よろしく頼むよブレザーくん。
しかし、これはあくまで俺、個人の意見なのだが……。女子のブレザー姿って良いよね。
男子はいずれ絶対誰かが議題にする学生服問題。
セーラー服派とか、カーディガン派とか、ワイシャツ派とか色々あると思う。
その中でも俺はブレザー派だな。
いや、俺はワイシャツ派だったんだよ。朝まで。そう! 今朝まではまごうことなきワイシャツ派だったんだ。夏万歳! 薄着万歳! ワイシャツ女子めっちゃ良い! 最高! みたいな状態で、正直衣替えが億劫だった。今年ももうワイシャツ女子見れないと考えると……。
しかし! それが今朝に覆されたのだ。
波北 綾乃。
ショートヘアにしてから初めて見せてくれる彼女のブレザー姿に俺はもう……。なんだろ……。複雑な日本語表現が出来ない。単純で簡単な安易な言葉しか出て来ないんだ。
ありがとうございます! お嬢様! としか……。
「――はーい! ちゅーもーく!」
――頭の中でめちゃくちゃにくっだらねぇ事を考えていると、まるで秋の風の様に涼しげで爽やかな声がクラスに響いた。
5限のLHRはこの間まで文化祭の準備として使われていたので、この時間にブレザー着て席に座っているのが少し変な感じだ。
そんな中、教卓に立つ美男美女ペアの風見 蓮と水野 七瀬。
その美男の方が手を叩きながら視線を集めていた。
つか、2人並ぶとやっぱお似合いだわぁ……。さっさと付き合えば良いのに……。
あ……。そう言えば水野から色々聞こうと思ってたのに何があったか聞けてないな……。
「今から【修学旅行】の班決めしまーす」
そんな蓮の声に「ウオオオオ!」と盛り上がるクラス。
その歓声が落ち着いた頃合いに水野が説明してくれる。
「修学旅行の班は男子4人女子4人の1組で、その班で食事の席や基本的な行動を取ってもらいます。ホテルの部屋は男女別でその班の男子4人1部屋。女子4人1部屋で泊まってもらいます」
「とりあえず男子と女子に分かれて自由に4人班を決めて、男女がっちゃんする時は後で決めたいと思いますので、男子廊下側。女子窓際でお願いします」
蓮の声かけにクラスの連中は素直に従いガヤガヤと移動が始まった。
「一緒になれると良いね」
後ろの席のアヤノが立ち上がる際に小さく言って窓際に移動する。
こちらが答える前にはもうあちらに向かっており、女子の輪の中に入っていった。
その光景を机に肘ついて見てしまう。
アヤノは文化祭が終わってからクラスの連中と話す機会が増えたみたいだ。
人気者! とまではいかないが、普通に女子の輪の中に違和感なく溶け込んで何やら楽しそうに話をしていた。
これは明らかな文化祭の効力といえよう。
文化祭の劇で主演を務め、皆と密に話をして交流を深めた。
更に言えば後夜祭でのあの歌唱力。あれが彼女の存在感を光らせた事だろう。
彼女は自分が目標にしている【友達作り】に大きく前進しているのだった。
対して俺は心の中で溜息を吐いてしまう。
修学旅行の班決め。
俺みたいなポジションの人間には少し難易度が高い。
俺は基本的に少しだけ広く、かなり浅い交友関係を築いている。
広いといっても、薄ーくペラペラで、浅いといっても、浅瀬も浅瀬。めちゃくちゃ浅い。
クラスの連中とも、会話はしたりするが、彼等は何が好きで、放課後は何をしているか。趣味や特技なんかもっての他だ。全然知らない。
そんなんだから、いくつかある男子グループに俺は入っていない。
こういうとき、グループに入っている奴らは楽だな。
いや――。
「どうするよ?」
「公平にジャンケン?」
「負けたくねぇ……」
「あみだとか?」
「うはぁ。えぐいあみだだなぁ……」
―― 5人グループの所は誰を抜くかで話し合いが行われているな。これは楽なんかじゃなく過酷だな。
しかし、こういうのがキッカケで―― 。
『ごめんな涼太郎。ま、班違くても関係ないって』
『そうだよ。部屋とか来いよ』
『待ってるからな』
『絶対来いよ』
昔の事が少しフラッシュバックしたので俺は軽く頭を横に振る。
嫌な事思い出しちまった……。あー……この後位だったか……。交友関係が今みたいな感じになったのは……。
いや、別にハブられた訳じゃないけど―― 。
―― おっと……。昔の事なんかどうでも良いか……。
とりあえず3人グループの所があったはずだ。適当に声かけて入れてもらうか。
席を立ち、彼等の元へ向かおうとした時だ。
「南方くん!」
あちゃー。変な奴とエンカウントしちまった。
「一緒に組もう」
「遠慮しとく」
俺の言葉に「ふふっ」と笑ってくる。
何で笑ったのか……。きしょいよ……。
「後2人だね! どうしようか……」
「話聞いてた?」
「聞いてたさ! ふんっ!」
そう言うとサイドチェストを俺に見せてくる。
俺はボディビルダーの審査員ではないのだが……。
「しかし! 君は僕と組む運命共同体!」
「嫌な共同体だな……」
そう言い残して彼をかわし、いつも3人で連んでいるグループの所へ向かう。
3人は前の方の席に座り、駄弁っていた。
「や。1人余ってない?」
そう尋ねると3人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた後に、1人の男子生徒が代表で答えてくれる。
「ごめん南方くん。もう……。決まっちゃってさ」
うそーん……。
「あ、あはは。そうなんか」
「ごめんなー」
「いやいや。全然全然。こっちこそ、ごめんー」
適当に声を出して、手を上げて自分の席に戻る。
自分の席付近に戻ると俺の右肩へ太い腕が置かれる。
見ると井山が悟った顔をして頷いてくる。
「これが運命。筋肉のお導きさ!」
そして両手を後頭部に持っていき、アブドミナルアンドサイを見してくる。
「まじなの?」
こんなボディビルダーもどきみたいな奴と修学旅行行くの?
掌で顔を覆い首を横に振っていると「南方」と後ろから声をかけられたので振り返る。
「あ、王子様」
「だっ……。やめてくれよ。もう終わっただろ」
石田が焦りながら答える。そしてそのまま続けて言ってくる。
「班決まった?」
石田の質問に俺の代わりに井山が答える。
「まだ僕と2人だけさ!」
上腕二頭筋を見せつけながら答える井山。何でコイツは会話の度にポージングを取るのだろうか……。
「いや、こいつとは―― 」
「なら良かった。組もう」
俺の言葉はかき消されて石田くんが誘ってくれる。
あー……。もう良いや……。なんでも……。
「そうだな。組もう」
頷くと石田は「よろしく」と返してくれた。
「ふふ……。ようやく受け入れてくれたね。筋肉を」
「もう勝手に言っといてくれや……」
まぁ……。元々このクラス―― というか、俺に深い関係の友人はいないのだから、ボッチになるよりは何倍もマシだろう。
「―― 男子ー! 班決まったー?」
蓮が男子全員に聞こえる様に質問してまわる。
「決まったー」
「こっちもー」
「つか、蓮はー?」
何組かのグループが手を上げて返事をすると共に、蓮へ逆に質問すると彼は笑いながら答えた。
「あ! やっべー。ははっ! 皆が決まるの待ってたから、決まってないわー」
そう言うと「なにやってんだよー」とか「もう俺ら決まったぞー」なんて声が上がる。
そんな声が上がる中で俺と目が合い蓮がこちらへやって来る。
「涼太郎の所は? 決まった?」
「一応3人……」
「じゃあ悪いんだけど、俺も入れてくんない? つか、ここに入るしか選択ないんだけどな」
爽やかに笑いながら言うと井山が腕を曲げて胸元近くに持っていく、モストマスキュラーを見せてくる。
「勿論さ!」
もう、彼に対して何のツッコミも思い付かない。
「体育祭の時の騎馬戦チームだな」
石田が言うと蓮が笑いながら「あ! ホントだ!」なんて爽やかに言ってのける。
「ほんじゃ、こっち決まったし、ちょっと女子の方へ行ってくるよ。男子はそのままグループで待機しといて」
そう言い残して彼は窓際に向かって行った。
♦︎
「――それじゃあ男女の班が決まったので、これから男女混合の班決めまーす! 公平にクジで決めようと思いますけど、何か異論ありませんかー?」
全員が元の席に座り、再度蓮と水野が教卓に立ち皆に声をかける。
しかし、誰1人として反論の声がなかった。それは、それで良い――いや、何でも良いと言った発言の裏返しだろう。
「あはは。まぁそうなるだろうと思って――」
言いながら蓮は2つの箱を取り出した。
「作って来てたんだよなー」
そう発言すると「流石蓮!」「段取り早いー」なんて彼を称賛する声があがる。
「ありがとー。――じゃあ、一応説明するけど、この2つの箱に4枚ずつA〜Dと書かれた紙が入ってるから、男女それぞれの班の代表が1人ずつ引いて、同じアルファベットを引いたところで、がっちゃんするって事でー」
蓮の簡単な説明が終えると自席に座ったまま各グループ同士が軽く会話する。
俺達のグループも蓮に視線を送ると、蓮が軽く胸を叩いた。
「俺行くよ」と言った合図だろう。
それが妥当なので俺達は特に言葉を放つ事なく、蓮が引く事になった。
代表が決まり、男子3名プラス蓮。女子3名プラス水野が代表で引く事になる。
「七瀬。俺らは最後でも良いかな?」
「そうだね」
軽く蓮が言うと彼女は頷いた。
「ほんじゃ引いてってー」との蓮の声かけに順次引かれていくクジ。
「Bかー。女子のBはー?」
「ウチのとこー」
「Cの男子はー?」
「俺らー」
「うげー」
「D誰か引いたー?」
「はいはいー。ウチらD」
B〜Dのアルファベットが聞こえてきたので、俺達は必然的にAとなる。
「ほんじゃ俺らはAだな」
蓮が水野に言うと、視線を逸らして「そ、そうだね」と答えていた。
蓮達はクジを引く事なく、蓮は箱をしまった。
「オッケー! 決まったところで今からそれぞれの男女グループで話し合いしてもらうので、Aから窓際の順でDが廊下側に集まってくださーい」
蓮の言葉に俺達は指定された席に移動する。
水野の班か……。一体誰と一緒なのか……。アヤノは……多分いないよな……。なんて考えていると――。
「――あ……」
声が漏れた。
まさか、アヤノと一緒になるとはな……。
俺と目が合うとアヤノは嬉しそうに微笑んでくれていた。