後夜祭
文化祭が幕を閉じようとしている夕暮れ。
今日は晴れ後曇との予想の中で、朝方は曇1つない晴天だったが、時間が経つにつれて、薄い曇が上空に出現したこともあり、綺麗なオレンジ色が見えた。
綺麗だが、同時に文化祭の終わりを迎えるので、心の中で虚無感が芽生えてしまう。
「あ、兄さん! やっと見つけた!」
そんな中庭で黄昏ていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
そちらを向くと妹のサユキが友達と一緒にこちらにやってくる。
「こんにちは。南方先輩」
「ああ。こんにちはユイカちゃん」
この子はサユキの同級生で仲良くしてもらってる斉藤 唯香ちゃんだ。小学生の頃からたまに家に遊びに来る顔見知り程度の仲。
「ちょっとちょっと! 兄さん。そんな呑気にしてて良いの?」
「何を喚いているんだ?」
妹に指差しながらユイカちゃんに聞くと苦笑いで答えた。
「先輩の彼女の唇を奪った王子様にサンドイッチラリアットをお見舞いしてやるって言ってるんです」
あ、忘れてた……。
「ほら! 行くよ兄さん! 南方家秘伝のサンドイッチラリアットお見舞いしてやるよ! 奴はどこ!?」
自分で言うのもなんだけど……兄妹だなぁ……。
「サユキ。あれはな――」
『あ、サユキちゃん』
ふと後ろから聞こえてきた声にサユキの怒りは収まって、猫撫で声で彼女の名前を呼ぶ。
「綾乃さーん」
サユキは従姉妹の大好きなお姉ちゃんに会ったみたいなテンションで綾乃の所へ向かう。
「来てくれてたんだ。嬉しい」
「綾乃さんの演技めっちゃ良かったです。しかも白雪姫の衣装めちゃくちゃ綺麗でした!」
「ふふっ。ありがとう」
「――だからこそですね……。あの王子様役の野郎をぶっ飛ばさないと気が済まないです!」
「え?」
いきなりの怒り口調にアヤノが困惑の顔して俺を見てきたので、苦笑いだけすると、空気を読んでアヤノがサユキに説明してくれていた。
「――あれが南方先輩の彼女さんですか。めちゃくちゃ綺麗な人ですね」
「自他共に認める女神様だよ」
「あはは。あれ程のレベルなら頷けます」
笑いながらユイカちゃんはアヤノをジッと見つめた。
「似てる気がするけど――」
「似てる?」
彼女の独り言に反応してしまうと、ユイカちゃんはパタパタと手を振った。
「あ、いえ。ホントに大した事じゃないんです。全然」
「気になるな。なに?」
まさか、生き別れの姉妹……とか? なんて夢物語を妄想してしまう。あり得ないけど。
「ホント大した事ないですよ?」
「そう言われると気になる。教えてくれよ」
そう聞くと「まぁ別に隠す事でもないんで良いですけど――」と説明してくる。
「あの人、私のお爺ちゃんのお墓でたまに見る人に似てると思っただけです」
「お墓?」
全然思ってたのと違う答えが返ってくる。
「あ、お墓というか、墓地ですね。前、先輩のバイト先教えてくれましたよね?」
「教えたっけ?」
そう言うとユイカちゃんは頬を軽く膨らませる。
「教えてくれましたよー。私、そこに行く機会がたまにあるかもしれないから、先輩がバイトしてたら顔出すって」
「あー……。そう言えばそんな事言ってた気がするな」
「ま、結局行かないんですけどね」
「こうへんのかい!」
俺のツッコミに軽く笑って話を続ける。
「その、そこ行く機会って言うのが、先輩の働いているコンビニの先にある峠を越えた高台の墓地なんです。たまにお爺ちゃんの所へ家族で顔を出すので」
「なるほどね。だから俺の働いている所に行く機会があるってな」
「そうです。それでですね、同じ墓地で見かけるその人も、とても綺麗な人で、皆2度見は必須って感じで。見たら忘れられない位に綺麗な人なんです」
ユイカちゃんは再度アヤノを見て続ける。
「でも、綺麗なんだけど、どこか近寄り難いというか……。その人に顔が似てるけど、髪型というか、雰囲気が違い過ぎるからやっぱり別人みたいです」
「ふぅん」
「大した事ない話でしょ?」
「ホントな」
即答するとユイカちゃんはまた軽く頬を膨らませる。
「ほらー。だから言ったのにー」
「あはは。そりゃユイカちゃんが意味深な感じで言うから気になるだろー」
そう言うと、少し悔しかったのか、ユイカちゃんがその話題を続ける。
「でも、ちょっとだけ面白かったのは、その人、以前見かけた時はヘルメット持ってました。バイクで来たのかな? って思ったけど、近くにバイク無かったし、なんでヘルメット持ってたのだろうって思いましたね。美人が変な行動取ると目立ちますよね」
「ヘルメットねぇ」
「普通ヘルメット持ってウロウロしませんよね?」
「そりゃ普通じゃねーな」
「そうですよね。美人も精神的に疲れるんですかね」
そんな会話をしているとアヤノとサユキの会話が終わり、サユキがこちらにやって来る。
「兄さん。早く言ってよ。私、結構ギラギラの目で男子連中睨んでたよ」
「あ、あははー。わりぃわりぃ」
手を出して軽く謝ると、溜息を吐かれた。
「全く……。ま、中々ロマンティックな話聞けたから良いけどね」
途端に機嫌が良くなる。
「ロマンティック?」
サユキの言葉にユイカちゃんが首を傾げる。
「うん。高校生の文化祭って凄いなーって思ったよ」
「なになに? なにがあったのー?」
「それはねー――っと、綾乃さん。兄さん。もう文化祭も終わりみたいだし、私達帰るねー」
「あ、ああ」
「バイバイ」
アヤノが手を振るとサユキはブンブンと振り返して、ユイカちゃんは軽く会釈し「それでねー」「うんうん」と楽しそうに帰って行った。
♦︎
高校2年の文化祭は幕を閉じた。
他の学校等では2日行われていたり、3日なんて事も聞いた事ある。
長すぎるのも考えものだが、やはり1日で終わるのは早過ぎる気もするな。
まぁ、3年生の進路も決まってくる頃合いだ。
進学組の人達も推薦入試が始まる時期が迫ってる。指定校推薦の人は楽だろうがね。
就活だって、いくら企業側から学校側へ求人が来てるといっても、確実に就職出来るわけじゃない。入社試験だってあるし、面接の練習もしなければならないだろう。
よって3年生の事を考慮すれば、文化祭の準備期間も入れて1日だけで良いのかもな。
まぁ俺にとっては他人事だ。来年同じ立場になれば「足りねーよ」なんて文句言うかも知れないけど……。
来年……か……。
1年後には俺も今の3年生と同じ立場。その頃には自分のやりたい事を決めて、それを叶える為に進路を決めて頑張っているのだろうか……。
本当に残り1年――いや、それじゃあ遅すぎる。半年―― 3年生になる前にやりたい事は見つかるのかな?
「リョータロー?」
グラウンドのステージ付近。そこで後夜祭が行われる。
後夜祭は自由参加だが、ほとんどの生徒が集まっている事だろう。
文化祭が終わりセンチメンタルになっていたので将来の事に少し不安を抱いていると隣に立つアヤノに話しかけられる。
「どうかした?」
心配そうに首を傾げてくる。
その質問に俺は首を振って「なんでもない」と答える。
将来の事は不安だけど、アヤノとは一緒にいる事には変わりないよな。
そう考えるだけで思考がポジティブに切り替わる。
「――で? アヤノの出番は?」
「確か中盤辺り」
「そうか……」
公開処刑までは少し時間がありそうだな。
今回は一緒に練習してないだけに、彼女の実力は未知数である。
もしかしたら、未来から来た青タヌキの所のガキ大将と同レベル……とか?
それは、それで気になるな……。
いや、決めつけるのは早く――ないか……。
今までの経験から、アヤノはしっかりとフラグを回収してきている。
この流れから、悲惨なライブになる事は必須。未来予想図が容易に想像出来る。
やはり、今からでも止めるべきか?
「リョータローが私に惚れなおす姿が容易に想像出来る」
やめて! これ以上フラグを立てないで! 彼氏として悲しくなるから!
♦︎
「あ、いたいた。あやのーん」
独特の呼び方で聞いた事ある声が聞こえてくると、先程アヤノをスカウトした3人組ガールズロックバンドがこちらにやってきた。
「そろそろ。出番だから準備してー」
「分かりました」
アヤノの返事を聞いた後に俺はリーダー風の長い髪の由美さん? にボソリと言ってのける。
「解散ライブ見届けますよ」
嫌味を込めて言ったつもりだが、彼女はきょとんとした顔をして「解散?」なんて言ってのける。
どうやら、俺の嫌味の意味が理解出来なかったみたいだ。
「それより彼氏くん……。えっと……。りょーたろーくんだっけ? 期待しときな」
そう言ってグッジョブを送ってくる。
「え?」
俺の疑問の念を無視して短い髪の薫子さん? がクールに言ってくる。
「最前列で見てみ。最高のライブにしてあげる」
「は、はぁ……」
そして、最後に長いフワフワの髪の英美里さん? が言ってくれる。
「ふふ。演奏する側も、見る側もきっと楽しいライブになるよ」
「ほ、ほぅ……」
それぞれが言い残してステージの方にある控え室に向かって行った。
もしかして――もしかするの?
いや、でも、そもそも3人は自称歌下手。そんな人達の評価なんてたかがしれているのでは……。
やっぱり心配だ。
ともあれ、俺は薫子さんの言いつけ通りに最前列に向かう事にした。
向かう途中に、加藤さんと目が合った。その隣には石田くんの姿が。
2人の手はガッツリ恋人繋ぎで繋がれていた。
まぁ、つまり、そういう事だ。
加藤さんは俺を見ると照れ臭そうに微笑んでくれたので、俺も軽く微笑み返した。
すげーな。文化祭。青春だ。
♦︎
『みなさーん。盛り上がってるかーい!』
『イエー!!』
後夜祭中盤は盛り上がり最高潮で、まるで本物のライブの様な景色。
ステージに立つ由美さんがギターを弾くと会場は大盛り上がりとなる。
『私達【YUEKA】のライブにようこそー!!』
『イエー!!』
あんたらの単独ライブじゃねーよ。というのと、由美と英美里と薫子でYUEKAというシンプルなバンド名にツッコミを入れるのは無粋か……。
『今日は新メンバーを加えた新しいYUEKAライブだよー!』
『ウェーイ!!』
『あやのー! カモーンぬ!!』
ドラムの薫子さんがダムダムダムと叩きながらステージ袖から登場するアヤノ。
ステージ中央に着くと由美さんがまたギターを弾く。
『あやのは急遽駆けつけてくれた私達のホープだよ! 彼女がいたら、もう私達に罵声浴びせたりペットボトル投げたり出来ないからね! 覚悟しろよー!』
『フォー!!』
しかし、ノリの良い観客達だ。もうこれ、何言っても盛り上がるんじゃない。
『あやの! 軽く挨拶!』
『おおおお!?』
『アヤノどす。よろしゅうおねがいします』
『うおおおお!!』
アヤノの緊張の効果発動。
この効果により場にいる波北 綾乃は京都弁となる!
――が、そんな事は関係なく盛り上がる観客達。
カオスだ。
『それじゃ司会役がこちらを睨んでるから早速始めるよ! ごめんね! 真斗くん! 段取り崩しちゃって! もう始めるから!』
司会役の人に一言詫びを入れると司会役の人は苦笑いしか出来なかった。
由美さんMC上手いなぁ。なんて呑気な感想を述べている場合じゃないな。
とうとう始まってしまうのか……。
しかし、この会場の盛り上がりなら、なんとかなるか?
『聞いて下さい! YUEKAで【いろいろな愛の形】』
ドラムスティックの音が鳴り響き、ベース音とギター音、そしてドラム音が会場に鳴り響く。
それは昼間に聞いた彼女達との音楽とは一味違っていた。
特に由美さんのギターが素人レベルでも分かる位に力強い。
そうか、ボーカルしながら歌うって難しいけど、ギター1本に集中するとこうもレベルが上がるのか。
少し武者震いしてしまったのも束の間、アヤノがマイクを口に近づけて、歌い出した――。
観客達は最初は黙っていた。しかし、段々とリズムを取り出し、手を上げる者が出てきたと思えば、飛び跳ねる奴まで出てきた。
『ゥヮァァアアアア!!』
そして観客達の歓声が解き放たれた。
アヤノ――くっそ上手い。いや、普通に上手すぎるだろ。プロの方ですか? あかん。鳥肌止まらない。
そんな呆気に取られている顔のまま、アヤノと目が合うと、彼女はウィンクしてくれた。
『ホオオオオオオ!!』と観客達のボルテージがMAXになった。
――こんなん……惚れなおしてまうやろ……。
♦︎
辺りはもう暗くなってしまった。
後夜祭が終了して、軽い打ち上げを終えると、もう良い子はスヤスヤしなければならない時間となる。
夜も遅いし、アヤノの家まで送る事にした。いや、別に夜遅くなくても送るんだけど。
「疲れた……」
「そりゃあんだけもみくちゃにされちゃぁなー」
彼女達のライブが終わるや否や、観客達からの猛烈な質問攻め。しかも盛り上がってたから、奇声ばりの騒音がグラウンドに鳴り響いていた。
そしてアヤノは休まる事なく、クラスでの打ち上げで囲まれ取材的な事をされていた。
まぁ、元々主演だったのと相まって、プロ顔負けの歌唱力を披露したんだ。そうなるのも頷ける。
慣れない状況にアヤノは疲労困憊といったところだろう。
「しっかし、アヤノにあんな才能があるなんてな」
マンション前に着き、後夜祭ライブの事を思い返して言うとドヤ顔で言ってくる。
「言ったでしょ。自信あるって」
「いや、今までが今までだったから」
「どういう意味?」
「分からないなら良いや」
舌を出して視線を逸らす。
そんな俺の反応を無視してアヤノが言ってくる。
「今日は楽しかったね」
「ああ……。アヤノが歌がうまいって事が分かった」
「リョータローがヘタレって事も分かった」
「なっ!?」
「『¥&@$€#!?』」
ぷくくと笑われてしまう。
「早く忘れなさい」
「忘れないよ。だって――」
アヤノが首を傾げてくる。
「そういうところも含めてリョータローの事が好きなんだから」
そう言われて俺は照れてしまう。
アヤノも自分で言って照れながら話題を変えてくる。
「あ、明日からまたいつも通りだね」
「そうだなー。でも、言うてる間にビック(グ)イベントが始まるがな」
「ビック(グ)イベント?」
首を傾げて分からないと言った表情をする。
「修学旅行。もうなんやかんやですぐだぞ」
「あ……」
ポンと手を叩いて思い出すアヤノ。文化祭が忙しくて頭から抜けていたみたいだ。
「行先日本の首都だっけ?」
「そうだけど、日本人がそこをそう言う風に表現するなんて中々コアな奴だな」
アヤノは俺に微笑んで言ってくる。
「楽しみだね」
「だな。楽しもうな」
修学旅行でもなんでも、大好きなキミと一緒なら何処でも、何でも楽しいよ。
なんてキザな事を口に出そうとしてアヤノの顔を見る。
だが、彼女の顔を見て言葉を引っ込める。
だって、俺の思いがアヤノに伝わっていると確信したから。
それに、彼女の表情からも俺と同じ事を思っていると分かったから。
言わなくても伝わる。そんな深い関係に俺達はなってきていた。