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父が会いに来なくなった。
最後に会ってから三か月は経っただろうか。この殺風景で狭い部屋から出られない俺は、ひたすら寝転がって父が持ってきた本を退屈しのぎに読んでいた。
ふと、閉じ込められた当時のことを思い出した。
幼い時分、地面でもがいている小鳥を助けるために掌で包んで家に持ち帰ると、道中でぶくぶくと膨れ上がり、見る間に肉塊になった。
その肉塊は、拍動していた。羽は抜け落ち、嘴も埋もれてしまって元の姿など見る影もないのに、あちこちから血を噴き出しているのに、肉全体が収縮と膨張を繰り返す。
父に診てもらっても、混乱するばかり。それはそうだろう。魔素過多症なんてものは、限られた状況でしか発症しない。なにより、魔素過多症の患者を見る機会は、一般人であればほとんどない。
肉塊の扱いに困り、とりあえず庭に埋めた。
数週間経って似たような出来事がまた起きた。次は野ウサギだった。捕まえて遊んでいたら、見る間に肉塊になった。俺のせいだと、薄々感づいた。このときには父も情報収集して事情は概ね把握していたらしい。
漏れ出す魔素が目に見えるほどになったのもこの頃だっただろうか。
徐々に魔素が濃くなっていくことに父も気付いた。相当焦ったのか、ある日突然、奇妙な衣服を纏った父に街はずれまで連れていかれ、この部屋に閉じ込められた。
———お前は、ここから出ちゃいけない。わかってくれ。
俺も感づいていたし、家から出る気もなかったので抵抗せずに従った。
それから父と会うのは一月に一度になった。部屋を訪れた父は部屋の壁や天井、床を張り替え、家具を燃やし、少しばかり会話をして、最後に本を渡して去っていく。そんな生活が長く続いた。
そういえば、もう三か月も張り替えていないのか。父によると、長い間魔素に晒されたものには魔石が宿り、魔素を吐き出すようになるという。
このままここに居座ったとして、先に待つは死だけではないのか。いや、魔素を吐き出すものが魔素を吸い込んで死ぬのか。死なぬとしても、暇をつぶすものが本一冊だけでは退屈で死んでしまう。しかし出られないのであればこの思考も無意味…。
考えながら部屋を歩き回り、何とはなしに扉に触れると、開いた。軋みながらゆっくりと。
外が見えた。ざわざわと音が聞こえ、うす暗がりに草が生い茂っているのがわかる。自然の匂いも濃くなった。
それと同時に、扉が開いた先に箱が置いてあることに気づいた。父が置いて行ったものだろうか。
箱の中には、父が俺と会うときに必ず纏っている奇妙な衣服が入っていた。白く弾力のある素材で、全身を包むようにできている。
この特徴、間違いなく魔素防護服だろう。魔素だまりと呼ばれる現象が起こった際に、それを対処する者が纏うと父から聞いたことがある。
魔素だまりとは、樹木などに魔石が宿ることによって、異常に活性化し魔素を吐き出すようになる現象らしい。そのため、魔素だまりの周囲には霧が立ち込めている。魔石を宿っているものから引き剥がすことによって吐出を止められるが、防護服が無ければたちまち魔素過多症を患う。
ということは、俺から出る魔素から周囲の生物を守ることもできるはずだ。持ち帰るのが面倒だったのか、はたまた逃げ出してほしかったのか。父の魂胆がどうであれ、ひとまず会いに行こう。新しく本を持ってきてくれるのであれば、部屋に戻るのもやぶさかではない。
俺は防護服を着こみ、外へと踏み出した。