どこでも*ア
ワームホールという理論がある。
知っている人も多いだろうが、空間に穴を開けることで、2つの地点を結ぶショートカットルートを作るというものだ。要するに、山の向こうに行きたいなら、峠を越えるよりトンネルを掘ってしまおう、その方が近いじゃん、という理屈である。
これを実現する手順は、次の通りだ。
まずは街へ行って、家を買う。中古の適当な家でいい。住むわけではないから、大きさも小さいもので十分だ。
その家の中にある適当なドアと、魔王城の中にある適当なドア。この2つに「分離」を使う。2つのドアの間にある空間的な隔たり――つまり「距離」を「分離」してやると、2つのドアは距離がゼロになって、一方のドアに入ると、もう一方のドアから出ることになる。
これで魔王城の周囲を発展させる手間などかけなくても、事実上、魔王城を街に持っていった形になる。
「うわー……無茶苦茶だー……。」
電機女が苦笑い。
魔王は逆に感心していた。
「なるほど、そう来たのね。」
奴隷は驚いて言葉を失っている。
「こっちの家の掃除も頼む。」
「は、はい!」
そういうわけで、魔王城の不便は解消された。
「そういえばさ、その鞄をたくさん作って売れば儲かるんじゃない?」
電気女が俺の鞄を指して言う。
確かにそれは正しい。
「だが断る。」
「なんで?」
「泥棒の手に渡ったら大変じゃないか。」
同じ理由で、転移の扉も秘匿する。悪用されたら大変だ。予防するには、いくつかの方法がある。まず最も確実なのは、テレポートという概念を与えないこと。思いつかなければ作ろうとしない。次に具体的な理論としてワームホールを教えないこと。方法が分からなければ、思いついても作れない。さらに「現に存在する」という情報を与えないこと。実現可能だと知らなければ、非現実的だと考える者がほとんどだ。電話でさえ、そうだった。
さて、こうなると、今度は街に買った家の警備が必要になる。空き巣被害にあっても、盗むようなものは何も無いが、転移の扉の存在がバレたら大変だ。買収や脅迫などへの対策として、人を雇うよりもゴーレム的なやつとかブービートラップとかのほうがいいだろう。
魔王城で過ごしている間、街では「家に入っていったのに、やたら静かで留守みたいだ」という状況になるが、これは放置でいいだろう。電気女はSランク冒険者だし、侵入してまで様子を探ろうなんて命知らずは滅多に居ないはずだ。居ても警備システムで対策できるようにしておこう。