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ふたり使い  作者: 即位田 多聞
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第七話

 道生は、会うごとに歩美が快方に向かっていると感じていた。

 最初の頃は、無理に作って笑っているように見えたが、今は自然に笑えているように思う。身振り手振りを交えて話すようにもなった。服や化粧も明るいものになり、このまま順調に行けば、ウツを抜けられそうに感じた。


 道生は、会話が弾むにつれ、自分の素性がバレないように気を使った。想定問答も考えた。しかし、歩美に出来るだけ嘘はつきたくなかった。

 だから誕生日を聞かれた時、双子の歩美と同じ日を言う訳にはいかず、誕生日は九年前、慰霊の日になったと答えた。それは嘘ではなかった。

 311を連想するように仕向けたが、しかし、慰霊するのは、地震や津波で亡くなった人達ではなく、母の慰霊だった。道生の母は、一月十九日に道生と歩美を産むと、その日に死んでしまった。母は、その危険があるのを知らされていたが、産む決断をした。

 道生も九年前、中学三年のときに初めて知ったのだ。道生の誕生日と母の命日が同じ日だと偶然知った。父を問い詰め、白状させた。父は、道生に母の出産死という重荷を背負わしたく無かったのだ。それ以来、誕生日は祝いの日ではなく、慰霊の日に変わった。しかし、道生が双子だった事はさらに隠し通された。


 道生が妹のことを知ったのは、大学を出て社会人になった、一年前だった。

 父が脳卒中で急死した。不思議と悲しみは少なかった。それはまるで、子供を全力で育て上げると心残りなく死んでゆく野生動物のように、いさぎよい死であった。道生が初めてもらった給料を父に渡した日、父はそれを仏壇に供え、長い間、手を合わせていた。その顔は、妻から命に代えて託された子を無事育て上げた満足感と安堵に満ちていた。

 道生は母の元へ去った父に感謝し、自分も父のように生きたいと願った。


 葬儀を済ませ、遺品を整理していて、遺書を見つけた。父のものではなく、古く変色した母の遺書だった。

 そこには、妊娠中のエコー検査で双生児だとわかった事、もう一人は女の子であると記されていた。女の子は、生前の母の強い希望で里子に出された。道生は二十三年間、その事を知らなかった。一人っ子ではなく、姉か妹がいたのだ。


 道生は父から二人分の愛情をそそがれて育ったのだ。父は誕生日ケーキやクリスマスのプレゼントを二つ買ってくることがよくあったし、三月三日もお祝いするのが、道生の家の習わしだった。幼なじみのミヨちゃんが遊びに来ると、父は鬱陶しいほど一緒に遊んでくれた。養護施設に赤いランドセルを寄贈したり、街で双子用のベビー・カーを見かけると……

 道生は今まで不可解だったすべてに合点が行った。そして、父の気持ちを思った。

 今度は死ぬまで隠し通すつもりだったのだろうが、突然の死で、父は遺書を処分できなかったのだ。

 それと、遺書には古い写真が一枚入っていた。七五三の祝いで撮った写真だった。小さな女の子が神社の境内で、千歳あめを持って笑っていた。裏に父の字で、歩美(妹)、と書かれていた。


 双子の兄妹は、訃報を伝えに生まれて来た、二人の使者だった。

 ふたりの産声は、家の戸口で弔意を告げる、使いの声だ。


 道生は、妹を二人目の使者にするつもりはない。養父母に育てられ、実の親子と信じている歩美に、いまさら、人生の重い課題を背負わすつもりはなかった。そのための嘘だったし、歩美が快方に向かっている今、そろそろ潮時を考えていた。歩美から離れねばならない。


 そんな時だった。道生は家で、いつもの様にパソコンでメールをチェックしていた。すると迷惑メールが二百通近く来ていたので驚いた。いつもなら多くて十通ぐらいだった。迷惑メール・フォルダーを開くと日本語の件名が並んでいた。もちろん、メールを開くような事はしなかったが、件名は、文章を切断した一部のようだった。しばらく考えて、コイツのしていることが分かった。件名だけで本文を書いているのだ。メールを開封せず安全だから読んでくださいと誘っているようだった。道生は日時表示を昇順に設定し直した。そして、二百通のメールの表題を順番に読み始めた。


 道生は、その文章を読みながら、次第に顔が強張こわばってゆくのが分った。読み終わると、手が震えていたが、すぐにパソコンの内蔵無線LANのスイッチを切り、パソコンをシャットダウンした。そして、近くにあったWi-Fiルーターの電源を引っこ抜いた。


 メールの書き出しはこうだ。


 はじめまして。歩美の弟のMです。

 姉さんに双子の兄がいるとは知りませんでした。

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