表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたり使い  作者: 即位田 多聞
2/13

第二話

 歩美は天井を見つめていた。

 ウツで眠れない夜を数え切れないほど経験してきたが、今夜は違った、高揚して眠れないのだ。

 歩美は今日の出来事を思い返した。


 ―― 彼の歌を聴いて大泣きし、病的なほど興奮した。たぶん発作が起きたのだろう。最近はなかったが、入院中は結構あったのだ。パニック障害を伴うウツだった。

 感情が落ち着いてきて、周りを意識できるようになると、私と彼は、いつの間にか抱き合っていたようだ。公衆の面前で、バカップルのように。その上、彼は私の背中をさすりながら、なぜか私よりも大声で泣いていた。


 私は恥ずかしくて、彼をはねのけて逃げ出した。

 地面に押し倒されて、彼も正気に戻ったのだろう、ギターを抱えて私の後を追いかけてくる。

 広場の端まで来たとき、私は捕まってしまった。彼は、ゴメン、ゴメンと言いながら私を引き止めた。幸い、周りにもう人はいなかった。

 私は全力で走って息が上がってしまったので、近くあったベンチに座り込んだ。彼はベンチの前まで来て、膝に手をやり、中腰のまま肩で息をしていた。

 息が治まってきた私は、彼の方を見た。ギターの弦が一本切れていた。


 私は首筋の汗をハンカチでぬぐい、その手でギターを指差した。彼もそれに気づいて、切れた弦の先をつまんで、あれーと言って笑った。その仕草があまりに子供っぽくて、私も思わず笑ってしまった。笑いが治まると、今度は、あーあと言って、切れた弦を私に見せつけ、さらに笑わせた。


 先程まで大声で泣き合っていた二人が、今は、ギターの弦が切れたといって、無邪気に笑っていた。

 警戒心が解けた私は座り直して、ベンチの横を空けた。それを見て彼は、軽く手を上げ、どうもと言って隣に座った。

 夏の陽射しは少し傾きかけ、ベンチの周りまでビルの影が伸びていた。広場の中心、二人が抱き合っていた辺りは、もう何事も無かった様に人が行き来していた。


「あなた、ギター下手ね」私は、いじわるを言った。

「オレはボーカル担当だからさ、普段は弾かないんだ」

 彼はマイクを持つような仕草をした。

「メンバー、どうしたの。この前、一緒にいた」

「みんな仕事あるからね。おとといは久しぶりに集まったんだ」

「社会人なの、大学生かと思った」

 特に彼は若く見えた。

「二十四だよ、オレは消防士なんだ。非番なんで、単独ライブやってたんだ」

 切れた弦をギターから外しながら彼が言った。

「二十四、私と同じ歳だ。年下かと思った」

「いやいや、そっちこそ年下かと思ったよ」

「もうオバアちゃんだよ、わたし」

 彼はこちらを向き、私の顔をのぞき込み、首を左右に振った。

 それから、

道生みちおっていいます。ストリート・ライブって書くんだ。きみは?」

「私は、歩美あゆみ。ウォーキング・ビューティよ」

 人に冗談を言うのは久しぶりだった。

「うわぁ、オレよりカッコいい! ウォーキング・ビューティ!」

 二人で顔を見合わせて笑った。

「暑いなか走ったら、のど渇いたね。お茶でも飲もうか」道生が誘った。

「いいけど、少しだけね」正直、発作を起こした後で、かなり疲れていた。


 二人で近くの喫茶店に入った。冷房が効いていて、気持ちが良かった。

 私はカウンター席を選んだ。人と向き合って話すのは、まだ苦痛だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ