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ふたり使い  作者: 即位田 多聞
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第一話

 歩美あゆみはバイトの帰り、駅まで続く並木道を歩いていた。歩美はこの道が好きだった。自転車道まで整備された並木道は、我が物顔で走り回る自転車に悩まされず、ゆっくりと歩くことができた。寒い季節には、落ち葉が足元でカサカサ鳴り、少し孤独を癒してくれた。春には桜が満開に咲き、少し希望を与えてくれた。そして、この暑い季節には、繁った葉から漏れる夏の日差しが、少しだけ歩美を開放的にした。


 歩美のアパートは、ここから二駅先にある。歩美はもう二年近く時刻表のように正確に、この道をかよっていた。

 人手不足のご時世、もっと近くに割りのよい仕事があるのだろうが、フルタイムで働く気力も体力も、歩美には無かった。人とあまり接しなくて済む、病院から紹介された今の仕事は、ウツの抜け切らない歩美にとって都合がよかった。


 このトンネルのような日常に、出口はあるのだろうか。時折り明るくなって気を持たせたが、それは更に下るための誘導灯だったりした。出口にたどり着くには、あと何が必要で、何を我慢すればよいのか、歩美にはよく分からなかった。


 歩美は並木道を抜け駅前まで来た。大きなターミナル・ビルのある駅前は、朝夕や週末、かなり混雑するのだが、七月も終わりの午後三時、陽をさえぎる物の無い中央口の広場に、此のところ、人影はまばらだった。

 歩美が中央広場まで来ると、大学生だろうか、同世代ぐらいの男たちが路上ライブをやっていた。路上ライブ自体は珍しくなかったが、休日でもない、しかも、こんなに暑い時間帯にやるのはどうしてなのだろうか。

 歩美は広場を通り抜けようとしたが、曲がビートルズ・ナンバーに変わったので、つい足を止めてしまった。歩美は高校時代、ガールズ・バンドでキーボードを弾いていたのだ。しかもビートルズの曲をよく演奏していた。


 一瞬、高校時代の懐かしい思い出がよみがえり、日差しの中、立ち止まって、そのバンドの歌に聞き入った。演奏はそれほど上手うまくはないが、ボーカルの男の子が帰国子女なのか、ネイティヴっぽく唄っていて、様になっていた。

 次の曲は知らないグループのカバーだったので、チップを百円、ギターケースに投げ入れて、歩美はその場を離れた。


 次の日の帰り、中央広場を通ると、また路上ライブをやっていた。

 今日は、昨日のボーカルの子が一人で、ギターの弾き語りをしていた。楽器はあまり上手じょうずではなく、コードを弾くだけだが、その声は高音まで淀みなく伸び、中低音は地声にならず艶があった。声量にやや不安があるが、Jポップを唄うと、情感も豊かで、つい聴き入ってしまう。

 しかし、暑さのせいもあるのか聴いている人は誰もいなかった。歩美は広場のかなり離れた木陰のベンチで、しばらく彼の歌を聴き、二本遅れの電車で家に帰った。


 三日目の帰り、予期していた通り、彼は同じ場所でライブをしていた。

 今日も聴く人はなく、歩美は少し大胆に、彼の正面、三メートルくらい前で足を止めた。歩美を見て、照れたように軽く会釈をしてきた。歩美もつられてお辞儀をする。顔が三日間のライブで赤く日焼けしていた。


 彼は、アビイ・ロードの「Here Comes The Sun」を一人きりの聴衆である歩美に向かって唄い始めた。

 歩美はその歌を聴き、大泣きしてしまう。


 それは、高校のときバンドを組んでいたが彼氏にふられ、傷心を慰めるために唄った曲だった。そしてその後、ライヴ活動でいつも最初に唄うオープニング・ナンバーとなっていった思い出深い曲であった。歩美は涙が止まらなかった。


 男との別離、病院での日々、退職、その後の虚ろなバイトの日々。

 わずか数年で、すっかり変わってしまった身の上が回想され、激しく動揺した。


 歩美が下を向いたまま、嗚咽おえつしていると、ボーカルの彼が演奏を止め、心配そうに近づいて来て、そして、やさしく背中をさすった。普段なら激しく拒絶して逃げ出すだろうが、その時の歩美には、まるでそれが、免罪を与える聖職者の神聖な行為のように思えた。

 彼の名は、道生みちお。トンネルを抜ける予感がした。

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